ローマの伝統♥

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    ピュロス全身像
     ピュロス(希:Πύρρος、羅:Pyrrhus、紀元前319年 - 紀元前272年)は、古代ギリシアのエピロス王(在位:紀元前286年 - 紀元前284年および紀元前273年 - 紀元前272年)、およびマケドニア王(在位:紀元前286年 - 紀元前284年および紀元前273年 - 紀元前272年)である。ピュッロスあるいはピュルロス、ピュロス1世とも表記される戦術の天才として名高い
     当時の新興都市国家ローマがイタリア半島南部の都市国家タラス(ラテン語ではタレントゥム)と戦うことになった時、常備戦力をほとんど持たない経済都市タラスは、当時既に武将として盛名をあげていたピュロスを莫大な報酬を約束して傭兵として雇い入れた。ピュロスは当時はまだほとんど無名であったローマ軍を見て「あの蛮族は陣形を見る限り野蛮ではないようだ」と評したという。ピュロスはローマ軍と戦い(ヘラクレアの戦い(紀元前280年)、アスクルムの戦い(紀元前279年))これを連戦連勝で撃破したが、ギリシアから遠征してきたピュロスの軍勢は戦うごとに数を減らし、またローマが講和に応じないため、戦勝の慶びを述べた部下に対して、「もう一度戦ってローマ軍に勝ったとしても、我々は全く壊滅するだろう」と言った。このことから、割りに合わない勝利のことをピュロスの勝利と呼ぶようになった。このローマとの講和の時に、捕虜の身代金を持ってきたローマに対し「私は商売に来たのではない。戦場で決着をつけようと答え講和の前祝としてローマ軍の捕虜を無償で返還した。これを受けて、ローマ側は「講和が成立しなかったら捕虜を戻す」と約束し、結果として講和条件をのまなかったため律儀に捕虜をピュロスに戻した。同じ頃、ピュロスの侍医がピュロス毒殺をローマに持ちかけるがローマはこれをピュロスに知らせ、感謝したピュロスは先の捕虜を再び返還、これを受けてローマ側もピュロス軍の捕虜を返還したというエピソードがある。結局ピュロスはシチリアからの援軍要請を受ける形でローマ軍の前から去った。

    PyrrhusVSrome.jpg
    ピュロス軍の進路

    『 紀元前二七二年前後の話だが、その時期のローマは

    ギリシアの勇将ピュロスに攻めこまれて苦戦していた。

    それも二度までも敗北を喫したのだ。

    ローマの指導者たちもさすがに気が落ち込んだのか、元老院は

    ピュロスの提案してきた講和の受諾に傾きはじめていた…

    RomaViaAppiaAntica03.jpg
    アッピア街道(ローマ市内)

    それを知って激怒したのが、老齢のために引退していたアッピウス・クラディウスである。

    アッピア街道を敷設させたことによって、政・戦略的意味をもつローマ街道建設の端緒を開いた男だ。

    …「財務官(ケンソル)アッピウス」とか、「盲目のアッピウス」とか呼ばれている。

    ピュロス相手にローマが苦戦していた時期のアッピウスは、老齢のために目がほとんど見えなくなっていた。

    Appiuscaecusstele01.jpg

    歩くことも不自由になっていたアッピウスは、人の肩にすがって久しぶりに元老院に登院した。

    そして、元老院議員たちを前に、演説するというよりも叱りつけた

    ピュロスがイタリアから出ていくことが講和の前提条件であり、

    われわれの家の庭に踏みこんで居坐っている敵は、

    講和であろうが何であろうが交渉の相手にはなりえない、と言ったのである。

    これが、元老院の空気を変えた

    (このエピソードは)ローマ人にとっては、一時期の話では終わらなかったのである

    敗北したときにはローマは講和を結ばず

    ローマにとっての講和とは勝利した後で敗者と結ぶものであるという、

    ローマ伝統の「一理塚」になったからであった。

    大国カルタゴを向こうにまわして死闘をくり広げたポエニ戦役中でも、

    ローマは、ハンニバルが提案してきた講和を、歯をくいしばりながらも拒否している。』

    日本にアッピウスがいたなら、朝鮮・ロシアも、交渉の相手にはならないって叱られたんでしょうね♥

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    塩野 七生

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    Category: ローマ
    Published on: Tue,  14 2014 15:40
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