朝鮮戦争のときに、韓国の味方であるはずの国連軍が・・・

    seoul-1024x576.jpg

    大韓民国における売買春は違法であるが、韓国女性政策研究院によれば、韓国における性売買の規模2007年には合計14兆大韓民国ウォン(130億米ドル)と推計され、これは韓国の国内総生産 (GDP) のおよそ1.6%に当たる。

    法的制裁と警察による取締にもかかわらず、売買春産業韓国で栄え続けており、売買春産業に従事するものは国の活動に対して活発に抵抗し続けている。

    1989年のYMCAの調査では、売春女性の数は、15~29歳の女性620万人の約1/5に当る120万~150万人にもなり、売春業の年間総売上高は国民総生産(GNP)の5%に当る4兆ウォンを超えるという報告が出ている。

    韓国の男性の相当数「買春は社会生活の一部」と考えており、女性家族部がソウル大学女性研究所に依頼して実施した2010年性売買実態調査によると、買春経験者は49%で、買春回数は8.2回だった







    戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。

    そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。

    私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、

    客観的に情勢を判断する必要があります。

    それでは、この書物を見ていきましょう!




    『 ここで私は、ある人物の日記を読み、それを分析しようとしている。

     この日記は、【戦地の「慰安所」で「帳場人」として勤めた人のもの】であり、いわゆる従軍慰安婦問題を理解する上で最も価値あるものである(「帳場」とは、商店や旅館・料理店などで帳場付けや勘定などをするところ)。日韓における慰安婦問題が解決した時には、このような資料は全く価値を持たないのかもしれないが、それでもこの日記は、少なくとも日本植民地時代の朝鮮人の生活史を知る上で貴重なものであり、【戦後の歴史観のバイアスがかかっていない一次資料として、大変に貴重なもの】だと思っている。…

    ポイント 32

     日記は万年筆で書かれており、そのインクが濃くなったり薄くなったりしていることから、彼が、毎日日記を書いていたのか、2、3日まとめて書いたのかがわかる。日記の言語は、ハングルと、日本語の漢字や平仮名、片仮名まじりで書かれている。…

     いわゆる【「従軍慰安婦」の問題】が、【日韓関係上で不和の火種になっている】。この最悪の日韓関係の中で、反日や嫌韓などの書物が氾濫している。は、そうした類に加わるのではなく【戦争とセックスの関係】【性と政治が深く関わっている韓国社会】理解するために、【より根本的な問題に挑戦】している。…

    ポイント 23

     【戦争とセックス】に関する私の考え方の原点は、1950年の【朝鮮戦争】にあり、私が10歳の時の体験にある。そして、【韓国の味方であるはず】【国連軍によって】行われた【婦女暴行が凄惨(せいさん)を極めた】のを、私は体験的に知っている

    ポイント 21

     私の生まれ故郷は、【儒教的な倫理観】強かった村であったが、戦争という不可抗力と、性暴力の恐怖によって、住民たち【売春婦、つまり「米軍慰安婦」】認めざるを得なかった

    ポイント 女性

     国連軍平和軍であり共産化赤化から民主主義を守ってくれる天使のような軍だと思われていた

    ポイント 女性 重要 5

    だからみんなが手を振って迎えたのに、【村の女性に性暴行する】とは、思いもよらないことであった。その国連軍に翻弄された小さな私の故郷の村は、【売春村】となった

    ポイント 31

     人間の性欲【満足】させるか【抑制】させるべきか。…

     【満足か抑制か】前者の例は遊郭などでの【売春】であり、後者の例【去勢】による宦官制度である。…

     私は、【日韓間の政治的な葛藤の問題】も、【性の認識に対する根本的な差がある】と思う。それは、【韓国はセックスについての貞操観を主張する】のに対して、【日本は性を満たすような点があり】、このあたりが【対照的】に感じるのである。そして、【それをあえて政治に利用している】のではないかと思っている。…

    女性 ポイント 10

     こうした状況の中、私はこの【「慰安所帳場人」の日記を検討】する。この日記は、ある【朝鮮人】が、【終戦直前にビルマ(現在のミャンマー)とシンガポールで書いた日記】である。…私はこれを、【慰安婦の本質を知る上で非常に貴重な資料】だと思っている。

    ポイント

     この日記については、【日韓に相反する意見がある】【韓国】では、日本軍による朝鮮人女性の強制動員の【決定的資料】だとされているしかしこの日記には慰安婦の募集の過程が書かれておらず、【強制連行、軍が業者に強制して連れて行った、などということには、一切触れていない】。この日記からは、【それは読み取れない】のである。…

    ポイント 22

     慰安婦問題に関する多くの戦争中の軍関連文書が発掘されても、慰安婦が日本軍の【「従軍」であったという説】には、【なかなか納得いかない点がある】。…本当に軍の組織の中に慰安婦制度を作ったのだろうか、という【疑問があり】、戦時中の軍による文書を読んでも、そのあたりの【判断がつき難かった】。また、【「慰安婦か売春婦か」という議論も古くからある】。…

     ここまで何度か、私の経験をもとに【朝鮮戦争時の慰安婦】について触れたが、実際には【「慰安婦」という言葉は、全く使われていなかった】【韓国では、「慰安婦」ではなく、「洋(ヤン)セクシー」「洋公主(ヤンコンジュ)」などと呼ばれた】

    子供 笑う 女性

     【一般用語としては「売春婦」であった】が、韓国で「慰安婦」が多く使われるようになったのは、恐らく日本からの影響であると思う。』

    日の丸

    いかがでしょうか?

    今回ご紹介させていただく書物は、戦地の「慰安所」「帳場人」として勤めたひとりの朝鮮人が書き残した単なる「日記」を読み進めながら、著者による非常に客観的な分析、あるいは偏りのない解説が随所になされ、当時の様子が、具体的にイメージでき、「慰安婦」の実態がとてもよく理解ができる良書となります。

    読書 女性 6

    さて、本文中で著者は、朝鮮人私たち日本人の、「性の認識に対する根本的な差がある」と書かれています。これが意味しているのは、「儒教」に縛られた「男尊女卑」「女性蔑視」の社会であった朝鮮半島の歴史と、他方「儒教」とは無縁の「非常におおらかな社会」であった私たち日本列島の歴史との違いが根底にあるということになります。

    ポイント 000

    イギリス人女性1894年から1897年にかけて、4度にわたり朝鮮を旅したときの紀行が書物として出されていますが、そこに描かれている当時の朝鮮半島の姿を少し確認してみましょう。

    朝鮮紀行〜英国婦人の見た李朝末期 

    『 朝鮮人は隣邦の清国人とも日本人とも著しく異なっており顔だちにはたいへんバラエティがあってしかも衣服が画一的なので…日本や清で外国人を悩ませる、現地の人々を識別する難しさは朝鮮には存在しない。…肌の色は…さまざまである。…頬骨は高くひたいは広く朝鮮はまぎれもなく山岳国であり、平野らしい平野はわずか…朝鮮の動物トラヒョウおびただしく生息し…金(GOLD)は個人の装飾や美術工芸にはほとんど用いられないが、それでも朝鮮人はわが国土の土ぼこりは金であると言ってはばからない。・・・美術工芸はなにもない。』

    イザベラ・バード
    イザベラ・バード

    『 長崎港から…釜山までは船で15時間…船が投錨してまず目に入るのは朝鮮ではなく日本である。…釜山の居留地どの点から見ても日本である。5508人という在留日本人の人口に加え、日本人漁師8000人という水上生活者の人口がある。…銀行業務は東京の第一銀行が引き受け、郵便と電信業務も日本人の手で行われ…居留地が清潔なのも日本的であれば、朝鮮人には未知の産業、たとえば機械による精米、捕鯨、酒造、フカヒレ、ナマコや魚肥の加工といった産業の導入も日本が行った。…いったい朝鮮人はどこにいるのか。…事実はいかんともしがたく日本人がいるのは釜山のれっきとした事実なのである。』

    釜山

    『 南山の斜面には…人口ほぼ5000人の日本人居留地がある。ここでは朝鮮的なものとはきわめて対照的にあくまで清潔できちょうめんで慎ましい商店街や家々が見られる。…朝鮮では反日感情が根づよい…

    南山

     ソウルの「風光」のひとつは小川というか下水というか水路である。ふたのない広い水路暗くよどんだ水が、かっては砂利だった川底に堆積した排泄物やゴミのあいだを、悪臭を漂わせながら…水ならず混合物をひしゃくで手桶にくんだり、小川ならぬ水たまりで洗濯している

    79e6f187-s_201801271123510ee.jpg

     先に触れた汚い水路でも…どこのどぶでも、…洗濯にいそしむ女性の姿が見られる。衣服は一度縫い目をほどき…三度煮る。そして…石の上に乗せて重い棒でたたく。乾かしたあと…木の棒でたたき女たち洗濯の奴隷で、洗濯棒を打ちつける規則正しい響きは、ソウルの夜の静寂を破る唯一の物音である。・・・どの家もを飼っており、…飼い犬といえどほとんど野犬にひとしい若い犬春に屠殺され食べられてしまう。・・・

    img_11.jpg

     土壁のあばら家や…汚物をたたえて緑色にぬめり悪臭を放つどぶのある、ソウルのみすぼらしい路地のひとつをとっても、地方のどんな町や村にもある通りの典型だ…ソウルには芸術品はまったくなく古代の遺物はわずかしかないし、公園もなければ、…見るべき催し物も劇場もない。他の都会ならある魅力がソウルにはことごとく欠けている。…旧跡も図書館も文献もなく、…寺院もないし、…迷信が影響をふるっているため墓地もない!

     三世紀前、…仏教が廃止され…た時点で、国家的信仰というようなものは…朝鮮から消えて…霊界に関する…認識が存在したのは、…祖先崇拝と、中層および下層階級が信仰した一種の…それも最も盲目的かつ原始的な形のシャーマニズムである。…朝鮮が宗教を持たずという考えは捨てるべきである。朝鮮人の受け入れる宗教は、努力せずに金を得る方法を教えてくれる宗教である。』


    と、ここまでが19世紀末朝鮮半島の様子です。

    では、同じころの私たち日本の様子を、どうぞご覧ください

    これ 女性





    どうしてこんなにも違うのでしょうか?

    女性 悩む 02

    その答えが、「儒教」に縛られた「男尊女卑」「女性蔑視」の社会であった朝鮮半島の歴史と、他方「儒教」とは無縁の「非常におおらかな社会」であった私たち日本列島の歴史との決定的な違いにあるということになります。

    女性 ポイント 10



    続きは次回に♥




    ランキング参加中で~す^^ ポチっとお願いします♥
    ↓↓↓↓↓↓↓

    にほんブログ村 本ブログへ
    にほんブログ村


    人気ブログランキングへ
    関連記事
    Category: 日朝関係
    Published on: Fri,  02 2018 00:00
    • Comment: 0
    • Trackback: 0

    0 Comments

    Post a comment