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    オランダがイギリスを乗っ取った「名誉革命」 ~ その背後にいたのは?

    みっちゃん

    みっちゃん

    ハノーファー王家の紋章。イギリス国王の紋章を地にハノーファー国王の紋章が乗せられている。
    ハノーファー王家の紋章。イギリス国王の紋章を地にハノーファー国王の紋章が乗せられている。

    ハノーヴァー朝(ハノーヴァーちょう、英語:Hanoverian Dynasty)は、1714年から1901年まで続いたイギリスの王朝ステュアート朝の断絶を受けて、ドイツ北部の領邦君主の家系であったハノーヴァー家から国王を迎えて成立した。







    戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。

    そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。

    私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、

    客観的に情勢を判断する必要があります。

    それでは、この書物を見ていきましょう!




    『 解任された【バノン】首席戦略官と、トランプ大統領の娘婿【クシュナー】上席顧問は【対立関係】にありました。【クシュナーの頭にあるのはイスラエルの擁護】です。

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    【動画】トランプ大統領の最側近の一人だったバノン前首席戦略官、NHKのインタビューに「あなたたちは日本のCNNか」と皮肉~ネットの反応「NHKは嬉しいんかなww 馬鹿にされてるのに😅」「バノンさんとしては、フェイクニュースで括ったんでしょうねwww」

     【イスラエルにとっての危険】は、アサドのシリアもそうですが【特にイラン】です。【イラン】は依然として、はっきりと【イスラエルの殲滅(せんめつ)を唱えています】

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    <#偏向報道>バノン前首席戦略官「私はこれからNHKのことをニューヨーク・タイムズのようなメディアだと呼びましょう。あなたたちは日本のCNNに違いない」~ネットの反応「見破るのが早い」「わたしは新華社だと思ってました」

     したがって【クシュナー派は、イランをなんとかコントロールする必要】があります。ここが【バノンとの戦略の対立の大きな原因】だったろうと思います。

    ポイント 21

     【バノンはとにかくロシアとの関係を改善したかった】。しかし【クシュナーは、ロシアよりもイランを叩くことのほうが重要】だった。そういうことではなかったかと思います。

    プーチン トランプ
    プーチン大統領、トランプ氏の成果を称賛-「ドナルド」と呼べる間柄



     そして、【イランと緊密な関係にあるのが北朝鮮】です。北朝鮮を叩くというトランプの思惑には、【イランというファクター】隠されています。結局【シリアも北朝鮮と関係している】わけです。

    プーチン トランプ 3
    プーチン露大統領がシリア訪問 ロシア軍の一部撤退を発表

     トランプ政権には、【イスラエルの安全】のために、【ひとつの戦略】があると考えられます。今のところはまだ、ロシアトランプには完全に見切りをつけていないし【トランプの苦渋のメッセージ】が伝わっているとは思います。

    プーチン トランプ 2
    プーチン、ロシア疑惑でトランプを擁護「米国はスパイマニアが支配」

     しかし、今後、トランプ政権から親露派、ロシアとの関係改善派が放逐されていった場合、プーチンがどう出るかという問題がクローズアップされてきます。

     【私たちが今知らなければいけないこと】は、【アメリカが決心することで、どれだけのことができるか】ということです。【決心次第では中国も黙らざるを得ません】

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    トランプ大統領「totally destroy」→ 米国務省「北朝鮮に先制核攻撃も辞さない」と明言

     今までアメリカは、と言うより【ネオコンは、あえてそれをしてきませんでした】。そういう意味では、【中国をのさばらせてきたのはネオコン】です。

    ネオコン ヒラリー1

    アメリカはやはりすごい国であることをあらためて、【習近平も理解しているはず】です。』

    日の丸

    いかがでしょうか?

    今回ご紹介させていただく書物は、比較的新しい時事ニュースから歴史的な事件まで、その背後に隠れている「左翼リベラル」を明らかにし正しく解釈していくため物事の見方について、非常に分かりやすく解説をされている良書となります。

    読書 女性 2-3

    さて、本文中に、「私たちが今知らなければいけないことは、アメリカが決心することで、どれだけのことができるか」と書かれていましたが、最近のこちらのニュースも、「アメリカが決心すること」のひとつでした。

    これ 女性

    トランプ エルサレム
    トランプ「エルサレム首都宣言」を歓迎する米国政界 クリントン政権時代に成立した法律をようやく執行

    上の記事をご参照いただければ明らかなのですが、日本のメディアが何故か、「トランプ大統領が勝手に決めた」かのように報道していますが、約20年前に成立した法律(民主党のビル・クリントン政権時代)があって、これまで半年ごとに法執行の延期書に署名し、先送りしてきたものを、今年6月トランプ大統領も執行延長のサインをしていたのですが、上院「90対0」の全会一致即時執行を求める決議案が可決したため、今回トランプ大統領が執行しただけというのが正しい流れになります。

    つまり、トランプ大統領は、民意に従って「決心した」わけです。

    ポイント 000

    さて、ここからは昨日の続きになりますが、ユダヤ人イギリスに合法的に戻ってきた革命であった清教徒革命・ピューリタン革命(1641年~1649年)で処刑(1649年)されたチャールズ1世、その息子チャールズ2世、さらにその後継者となる弟のジェームズ2世「名誉革命」(1688年~1689年)によってクーデターを起こされ、ウィリアム3世(チャールズ1世の孫)が王位に即位しますが、これらすべてにユダヤ人が関係していて、ウィリアム3世がイギリスの中央銀行であるイングランド銀行の設立(1694年)認めたと言うところまでのお話でした。

    で、「名誉革命」(1688年~1689年)について、少し見てみますと・・・

    以下は、Wikipediaからの抜粋です。

    「 名誉革命(めいよかくめい、英: Glorious Revolution)は、1688年から1689年にかけて、ステュアート朝のイングランド王ジェームズ2世(スコットランド王としてはジェームズ7世)が王位から追放され、ジェームズ2世の娘メアリー2世とその夫でオランダ総督ウィリアム3世(ウィレム3世)イングランド王位に即位したクーデター事件である。

     偉大なる革命(Glorious Revolution)と呼ばれるのは、この革命によりイギリスのカトリックの再確立の可能性が完全に潰されイングランド国教会の国教化が確定しただけでなく、権利の章典により国王の権限が制限され、イギリスにおける議会政治の基礎が築かれたからである。ただしイギリスのカトリック教徒にとっては以後数世紀に渡る受難の始まりであり、イギリスの国王およびその伴侶がカトリック教徒であることは現在でも禁止されている。」


    イングランドへ向かうオラニエ公
    イングランドへ向かうオラニエ公

    昨日も触れておりますが、代々オラニエ公を継承するオラニエ=ナッサウ家は、ネーデルラント諸州を代表する名家であり、現在のオランダ王家となりますが、「キリスト教徒に偽装したユダヤ教徒」である「マラーノ(marrano)」(スペイン語で豚の意味)の中に移り住む者たちがいて、大規模なユダヤ人コミュニティが形成され、「西のイェルサレム」とも呼ばれるアントワープ(オランダ語:アントウェルペン)や、そのアントワープに取って代わるアムステルダムは、ユダヤ人が集まるネーデルラントの中心地でした。

    アムステルダム

    詳しくはこちらをご参照❤

    アントワープと「新しいクリスチャン」

    中学生や高校生が、知っておきたい有名事件 ~ 保坂展人って誰???

    悲しいサヨクにご用心! 

    ちなみに、後のお話になりますが、プロテスタントのネーデルラントから独立したのが、アントワープを擁するカトリックのベルギーで、

    1830年のベルギー革命のエピソード
    1830年のベルギー革命のエピソード

    ヘンリー・ハドソンによって発見され、オランダ東インド会社植民した新大陸の開拓地ニューアムステルダムで、

    ヘンリー・ハドソン
    ヘンリー・ハドソン

    それが、現在のニューヨークに繋がり、当時は運河がはりめぐらされた土地で、原住民やニューイングランドに入植したイギリス人からの攻撃に備えて、木材などを利用して築いた防護壁(wall)が随所に築かれたことに由来するのがウォール街(英: Wall Street、ウォールストリート)です。

    1650年代のニューアムステルダム。
    1650年代のニューアムステルダム。

    お話を元に戻しますと、「名誉革命」(1688年~1689年)本質は、血筋は繋がっているとはいえ、ネーデルラントという外国勢力の力を背景にした、オランダ総督ウィリアム3世(ウィレム3世)によるイングランド王位乗っ取りでした。

    そして、そのウィリアム3世が、イギリスの中央銀行であるイングランド銀行の設立(1694年)認めます

    1816年のイングランド銀行と王立証券取引所
    1816年のイングランド銀行と王立証券取引所

     西洋社会において、「中世」という時代から、「近代」(あるいは「近世そして近代」)へと移りゆく時代であるこの頃、西洋の王さまたちは、借金手形を乱発するようになります。ところが、身勝手な西洋の王さまたちは、しばしば借金を踏み倒したりしていました。約束なんて、知ったことか、という態度です。これですと、おカネを貸す方が一方的に不利になってしまいます。そこで、王さま個人への貸付ではなく、キチンとした契約に基づいた国家に対する貸付へと変わって行くようになります。それが、現代でいうところの「国債」へと整えられていくわけです。そして、その始まりは、オランダ(ネーデルラント)にあり、だからこそ、国営機関ではなく、単なる民間企業が、「通貨」を発行することウィリアム3世は認めてしまったのでしょう。

    以下は、Wikipediaからの抜粋です。

    「 1701年の株主は1903人であったが、このうち107人が総裁の資格たる4000ポンド以上の株式を保有していた。その107人は、創立時の出資者を多数ふくむ。ユグノーはセファルディム(スペイン系ユダヤ人)を参加させるようになった。筆頭ソロモン・デ・メディナ総裁資格をもつ107人のうち、およそ9分の1がユダヤ人であった。」

    ソロモン・デ・メディナは、軍の請負業者として功績が認められ、ウィリアム3世によってナイトの称号を与えられた「初のユダヤ人」になります。

    サー・ソロモン・デ・メディナ
    サー・ソロモン・デ・メディナ

    さて、ウィリアム3世とその妻メアリー2世のあとを、アン女王が継ぐのですが、

    メアリー2世
    メアリー2世

    アン
    アン

    このとき、アン女王に子どもが無く、また「名誉革命」(1688年~1689年)で定められたイギリスの国王およびその伴侶カトリック教徒であることは禁止という、よく分からないルールによって、ステュアート朝は断絶し、かつてハノーファー選帝侯に嫁いだゾフィー・フォン・デア・プファルツの子孫であることが望ましいとして、

    ゾフィー・フォン・デア・プファルツ
    ゾフィー・フォン・デア・プファルツ

    ハノーファー選帝侯であるエルンスト・アウグスト息子ジョージ1世としてイングランド国王に迎えられ、ハノーヴァー朝が始まります。

    エルンスト・アウグスト
    エルンスト・アウグスト

    ジョージ1世
    ジョージ1世

    「外交革命」(1756年)によって、17世紀以来の対立関係・宿敵であったハプスブルク家とブルボン家同盟を結ぶという画期的なことが起こりますが、

    「外交革命」同盟の構造
    「外交革命」同盟の構造

    このときにイギリスと同盟関係にあったのがハノーヴァーなのは、ここから来ています。



    続きは次回に♥




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    最終更新日2017-12-19
    Posted byみっちゃん

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