客家とキリスト教とユダヤ人

    キリスト教宣教師と広東省恵州市の女学校の客家の生徒たち 1921年
    キリスト教宣教師と広東省恵州市の客家の女生徒たち 1921年

    客家(ハッカ)とは、客家語を共有する漢民族の一支流と規定され、中国の少数民族の扱いは受けていない。

    そのルーツを辿ると古代中国(周から春秋戦国時代)の中原や中国東北部の王族の末裔であることが多い。歴史上、戦乱から逃れるため中原から南へと移動、定住を繰り返していった移住先では原住民から見て“よそ者”であるため客家と呼ばれ原住民との軋轢も多かった

    主な居住地域は、中国広東省福建省江西省など山間部であり、梅州、恵州、汀州、贛州は客家四州と呼ばれる。

    客家の人々は、周辺に住む他の集団とは異なり、山間部に好んで居住することが多く、独特の言語・文化を持っている。言語は古代の漢族語を今に伝えているといわれる。そのために歴史的に他の集団と軋轢を起こすことも多い。しかし、少数派であるがゆえに劣勢であるため中央政権や王朝と良好な関係を保とうとする傾向がある。

    田螺坑土楼群
    田螺坑土楼群

    裕昌楼の建築構造
    裕昌楼の建築構造

    初渓土楼群を見下ろす
    初渓土楼群を見下ろす

    集慶楼
    集慶楼






    戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。

    そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。

    私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、

    客観的に情勢を判断する必要があります。

    それでは、この書物を見ていきましょう!




    『 河添 : 【20世紀初頭の中国】において、【客家(ハッカ)】欧米日への留学が目立ち、日本社会を含む【西側に通じる革命家や支配層になっていきました】

    ポイント 女性 重要 5

    【清朝に反乱】を起こした【客家の革命家ら】は、【「キリスト教の信仰を紐帯(ちゅうたい)」】としました。

    ポイント 女性

     【太平天国】の指導者である【洪秀全(コウシュウゼン)】

    洪秀全
    洪秀全

    【辛亥(しんがい)革命】の指導者であり【中華民国の国父】である【孫文(ソンブン)】

    孫文 2
    孫文

    【宋慶齢(ソウケイレイ)】【宋美齢(ソウビレイ)】

    宋慶齢 1937
    宋慶齢

    宋美齢
    宋美齢

    孫文の金庫番だった、【廖仲愷(リョウチュウガイ)】と妻の【何香凝(カコウギョウ)】

    廖仲愷
    廖仲愷

    何香凝
    何香凝

    その息子で【対日交渉の最高責任者】で1963年から亡くなるまで【中日友好協会会長】だった【廖承志(リョウショウシ)】

    廖承志
    廖承志

    【フライング・タイガース(飛虎隊)を指揮】したクレア・L・シェンノート将軍の寡婦【陳香梅(チンコウバイ、アンナ・チェン・シェンノート)】なども【客家】です。

    クレア・リー・シェンノート(2度目の妻、陳香梅と)
    クレア・リー・シェンノート(2度目の妻、陳香梅と)

    宮崎 : 【鄧小平(トウショウヘイ)】、台湾の【李登輝(リトウキ)】元総裁も【客家】だね。

    鄧小平
    鄧小平

    李登輝と安倍総理
    李登輝と安倍総理

    河添 : 2016年5月から【台湾の総統】に就いた【蔡英文(サイエイブン)】さんも【ハーフ客家】

    蔡英文と安倍総理
    蔡英文と安倍総理

    それから民進党の【呂秀蓮(ロシュウレン)】元副総裁もです。

    呂秀蓮
    呂秀蓮

    東南アジアにおいても、政治家や銀行を所有する大物実業家らを多く輩出しています。【シンガポール建国の父リー・クワンユー】、息子【シェンロン】首相、

    リー・クアンユー
    リー・クアンユー

    リー・シェンロン
    リー・シェンロン

    第二代首相で現上級名誉相の【ゴー・チョク・トン】

    ゴー・チョク・トン
    ゴー・チョク・トン

    【タイのチナワット家】の史上初の女性首相【インラック・チナワット】【タクシン】元首相、

    インラック・シナワトラ
    インラック・シナワトラ

    タクシン・チナワット
    タクシン・チナワット

    【フィリピンのコファンコ家】【コラソン・アキノ】元大統領や【ベニグノ・アキノ三世】なども【客家の血】が流れています。

    コラソン・アキノ 1986
    コラソン・アキノ 1986年

    ベニグノ・アキノ3世
    ベニグノ・アキノ3世

     【タイガーパーム】で有名な香港の【胡文虎(コブンコ)】さん、

    胡文虎
    胡文虎

    【インドネシアのサリム財閥】【スドノ・サリム】

    スドノ・サリム
    スドノ・サリム

    【リッポー(力宝)財閥】、それから【李鵬(リホウ)】元首相、【朱徳(シュトク、中国人民解放軍の初代元帥)】【葉剣英(ヨウケンエイ、中国軍元老)】、九州帝大医学部卒の【郭沫若(カクマツジャク)】なども【客家】です。

    李鵬
    李鵬

    宮崎 : 少数派として迫害されてきた人々にとって、一番大事なのは何かっていったら【生き延びるための情報とカネ】だよね。

    河添 : そのためにも、【時の権力者に擦り寄った】のでしょうね。

    宮崎 : 【客家人】は処世術に長けているよね。インドネシアの金融危機で一時大変だったけれど、大手財閥の【リッポー・グループ(力宝集団)も客家】だし、タイで流通を牛耳っている【チャルーンポーカパン(CPグループ)も客家】。こういった客家の発想は、流れ着いた先でもしぶとく生きて、そのために何をすればいいかといえば、【製造業はやらないという共通項】があるね。スーパーとか流通を押さえる。あの東チモールにも数千人の客家がいます。

    河添 : 【東南アジアの銀行も、客家による経営が多い】ですよね。【もとは高利貸し】でしょう。

    宮崎 : 【そこもユダヤ人と同じ】。銀行家というのは多いね。

    女性 ポイント 10

    河添 : 何よりも、【エリート客家人】【左派ユダヤ系】は、【政治とメディア、金融支配などで】1世紀以上、【世界各地で深く連動】し合ってきました。

    ポイント 31

    【日本人にとって最悪】なのは、【彼らが強烈な“反日プロパガンダ”で連携してきたこと】です。

    ポイント 32

    情報戦スタートしたのは、1931年9月18日、【満州事変が勃発】し、翌年3月に日本が【満州国の建国を宣言】した頃からです。

    ポイント 23

    中国国民党【蒋介石と宋美齢】

    蒋介石と宋美齢とシェンノート(1937年)
    蒋介石と宋美齢とシェンノート(1937年)

    タイム社を創業した【ヘンリー・ルース】などが【結託】していきます。

    ヘンリー・ロビンソン・ルース
    ヘンリー・ロビンソン・ルース

    当時の雑誌【『タイム』『ライフ』の役割】は、中国国民党の蒋介石と宋美齢を持ちあげ【捏造写真を使ってまで日本のネガティブキャンペーンを繰り返すこと】でした。

    「タイム」誌の表紙を飾った宋美齢と蒋介石(1931年)
    「タイム」誌の表紙を飾った宋美齢と蒋介石(1931年)

    宮崎 : シナ事変が始まると、上海で撮影された例の有名な写真、「ガレキのなかにたった1人ポツンと取り残された赤ん坊」雑誌『ライフ』に掲載された。【この写真が、ヤラセだったことは後に証明されている】けどね。

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    河添 : ただ、【このヤラセ写真が何千回とコピーされて拡散】されたことで、【欧米諸国の人たちは、日本の虐殺を信じ強く非難するようになった】のです。…【ヘンリー・ルース】は、1898年に中国山東省【メソジスト派】宣教師の家族に生まれた【「新キリスト教徒や改宗ユダヤ系」などとカテゴライズされるユダヤ系】です。…

    ポイント 31

    【「親中」「反日」の構造は、メディアの体質として綿々と引き継がれています】

    ポイント 女性

     1967年に他界したルースについて、「アメリカの雑誌文化の原点を築き1代でアメリカの雑誌ジャーナリズムを築いた男」などと評価されていますが【ジャーナリズムって一体何なの?】と。

    【プロパガンダそのもの】です。

    女性 メガネ

    【「フェイクニュースの原点ここにあり」】ですね。』

    日の丸

    いかがでしょうか?

    今回ご紹介させていただく書物は、ずばり、タイトルに書かれている通り、支那人の「品性」(道徳的基準から見た、その人の性質。人格。)を、多面的に面白おかしく分析されている良書となります。また、ロシアや北朝鮮との関連の中での支那の置かれている立場などについても、非常に分かりやすく書かれていますので、お勧めです❤

    読書 女性 16

    さて、昨日に引き続きまして「客家」が出てきましたが、「ユダヤ人」の理解と共に、この「客家」を理解することも、私たち日本人にとって非常に重要なことになります。

    ポイント 女性 重要 5

    何故かと言いますと、学校でのお勉強では「ユダヤ人」も「客家」も、単なる単語として出てくるぐらいで、その実態が何なのかという本質的なこと学校教育では教えられませんし、社会に出てもその情報は、ほとんど目にすることがないため、私たち日本人の多くが「知らない」からです。

    本文中に、「フライング・タイガース(飛虎隊)」というものが出てきていますが、これはアメリカと支那との「客家」を通じた結託の一つになります。

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    『 日本海軍の真珠湾攻撃以前に、ルーズベルト大統領日本への敵対行為を行っている1940年末には、日本と交戦中だった中国国民党の蒋介石政権に対して借款を与え、正式に武器を供与しているのだ。このような行為が第3国として国際法違反であることは明白である。

     また、真珠湾攻撃以前に、アメリカ軍正規兵から募集された義勇航空隊が、日本と戦闘を行うため中国に派遣されている。…この義勇航空隊は後にフライング・タイガースと称される部隊で、表向きは義勇軍と言っていたが実態はアメリカ軍の正規兵で、毎月600ドルの月給の他、日本の戦闘機1機を撃墜するごとに500ドルの契約で雇われ、作戦終了後にはアメリカ軍への原隊復帰も約束されていた。フライング・タイガース現在もアメリカで英雄扱いを受けている…

     つまり、アメリカ真珠湾攻撃の遥か以前に、正規軍による日本への軍事行動を行っており、実質的に開戦していたのである。ルーズベルトその上で真珠湾を攻撃させ日本を非難してアメリカ世論を戦争に向かわせたのである。何とも卑怯この上ない話だ。

     南カロライナ大学のR・トンプソン教授は、「アメリカは1940年初頭には実質的に日本との戦闘を開始していたのである」と述べている。…

     戦後50年後に公開された公文書によると、東京・大阪・神戸・長崎の4都市への爆撃1941年11月1日に実施することを、当時のルーズベルト大統領は1941年7月23日付で承認していたのである。』




    『 一方、YMCA(キリスト教青年会)反日アメリカ委員会に絡んでいたこと、YMCAと蒋介石中国国民党政権とが背後で深くつながっていることも判明している。実は、反日アメリカ委員会YMCA北米同盟の支持を得て出来た組織である。

     このようにしてアメリカのキリスト教団体は、中国の統一に指導力を発揮している蒋介石を「中国のジョージ・ワシントン」、「キリスト教の保護者」と称えて熱烈に支持した。


    Preemptive Strike

     2006年にアメリカで刊行されたPreemptive Strike(先制攻撃)の著者、A・アームストロングによると、ルーズベルト大統領1941年7月23日に、アメリカが日本と開戦していないにも拘わらず日本の5都市、すなわち東京、横浜、大阪、神戸、京都の爆撃同年11月に実施することを計画し、それを承認したという文章が出てきたという。…日本人にとっては驚きである。

    フライング・タイガースシェノールト指揮官が中心となって、日本の弾薬工場、産業施設を爆撃する計画を立てていた。このことは「Pensacola Papers」という記録に記載されている。この書類はルーズベルト大統領、ノックス陸軍長官らの間に交換された秘密文書、手書きのメモをまとめたもので、海軍航空隊国立図書館に保管されている。主として木と紙から出来ている日本家屋を焼くには焼夷弾を使ったらどうかと、モーゲンソー財務長官が述べていたことが1940年9月30日の在東京駐在海軍武官からの報告書に記載されている。ルーズベルト大統領の補佐官のひとりであるロークリン・カリーが、1941年春には本計画の実質的な責任者になっていた。カリーの計画100機のP-40戦闘機150機のB-17爆撃機350名のパイロット中国へ提供し、中国人パイロットを養成することも含まれていた。』


    詳しくはこちらをご参照❤

    マッカーサーの呪いから目覚めよ日本人 

    ここで、文中に出てきた、モーゲンソー財務長官ロークリン・カリーについて確認しておきましょう。

    ヘンリー・モーゲンソウ
    ヘンリー・モーゲンソウ

    以下は、Wikipediaからの抜粋です。

    「 ヘンリー・モーゲンソウ(Henry Morgenthau, Jr., 1891年5月11日 - 1967年2月6日)は、フランクリン・D・ルーズベルト政権におけるアメリカ合衆国財務長官であり、地方検事のロバート・モリス・モーゲンソウの父である。リーマンファミリーのエリノアと結婚した。

     1891年、モーゲンソウは不動産業者であり外交官であるユダヤ人、ヘンリー・モーゲンソウの息子としてニューヨークに生まれ、現在のドワイト・スクールに通った。コーネル大学で建築学と農学を学んだ後、1913年にフランクリン・エレノア・ルーズベルト夫妻と出会い、親しくなる。」


    ヘンリー・モーゲンソウユダヤ人であり、その妻もユダヤ人であることが分かりますね。リーマンファミリーの「リーマン」というのは、あの「リーマ・ンショック」という言葉でも有名ですが、すでに破綻した大手投資銀行グループです。

    このヘンリー・モーゲンソウ財務長官のもと財務次官補だったのが、有名なハリー・デクスター・ホワイトです。

    ハリー・デクスター・ホワイト
    ハリー・デクスター・ホワイト

    以下は、Wikipediaからの抜粋です。

    「 ハリー・デクスター・ホワイト(Harry Dexter White、1892年10月9日 – 1948年8月16日)は、アメリカ合衆国の官僚。フランクリン・ルーズベルト政権のヘンリー・モーゲンソー財務長官のもとで財務次官補をつとめた。

     リトアニア系ユダヤ人移民の両親のもと、マサチューセッツ州ボストンで生まれた。

     1932年1月にロークリン・カリーらとともにつくった覚書は財政政策においてはケインジアンの先駆け、金融政策ではマネタリストの先駆けと評されている

     第2次世界大戦が勃発すると、ソ連援助を目的とした武器貸与法の法案作成に参画し、これは1941年3月に成立している。

     1941年11月17日「日米間の緊張除去に関する提案」を財務長官ヘンリー・モーゲンソーに提出、モーゲンソーは翌18日にこれをフランクリン・ルーズヴェルト大統領とコーデル・ハル国務長官に提出した。これがハル・ノートの原案である「ホワイト試案」(または「ホワイト・モーゲンソー試案」)となり、大統領命令により、ハル国務長官の「ハル試案」と併行して国務省内で日米協定案とする作業が進む。25日に大統領の厳命により、ハル長官は「ハル試案」を断念、この「ホワイト試案」にそっていわゆる「ハル・ノート」が日本に提示される

     この「ホワイト試案」の採択にはカリーとその盟友であるオーウェン・ラティモア暗躍があった。」


    ロークリン・カリー
    ロークリン・カリー

    ユダヤ人であったハリー・デクスター・ホワイトお仲間さんで、大統領補佐官だったロークリン・カリー、そしてオーウェン・ラティモアの名前が出てきていますね。実は、ロークリン・カリーユダヤ人のハリー・デクスター・ホワイトも、社会主義独裁国家であるソ連のスパイであったことが、すでに明らかになっています。

    ポイント 31

    「 ハルの周辺には、米国務省内の反日戦線派(複数のコミンテルン潜入分子を含む)の策謀が渦巻き、国策に強い影響を及ぼしていた事実が、戦後に判明している。 なかでも、「ハル・ノート」を書いたハリー・デクスター・ホワイトはその代表格である。

     コミンテルンの策謀は日米を分断するために支那救済を名目とし、結果としてアジアの共産化を図るところにあり、アメリカ国務省は彼らの巣窟だったのだ。わが国の昭和史研究家はなぜかこの点をまったく無視または素通りする。」


    詳しくはこちらをご参照❤

    日本を戦争に導いた「赤いユダ」

    昭和天皇 七つの謎 

    「 真珠湾攻撃がだまし討ちではなかったということが、最近のさまざまな文書ではっきりわかってきました。ヴェノナ文書OSS文書もそうした真実を明らかにしています。特に、ここ十年の研究は、ルーズベルト日本を戦争に引きずり込む政策を取っていたということを明らかにしています。まずハルノートが二つあったということです。また、ハリー・ホワイトというアメリカンのルーズベルト政権の官僚がソ連のスパイであったことが明らかになりました。

     ホワイトのような共産主義者何を狙っていたかというと、戦争の後日本に革命を起こすことでした。ロシア革命がそうであったように、…人々が混乱しているときを狙って社会主義革命を起こすという、レーニンなどの考え方があったのです。

     真珠湾攻撃は、山本五十六が指揮して、不意打ち的攻撃ということで成功したように戦後語られてきました。しかしこれはまったくの嘘ということがわかってきたのです。その当時、日本軍の電子信号、特に海軍が使っていた信号は全部アメリカ軍に読み取られていました。ですから真珠湾に日本軍が攻撃して来ることは、もうわかっていたのです。わかっていたがゆえに、アメリカでは、そのために4千人が死に、真珠湾に停まっていた船も壊滅しました。

     ルーズベルト大統領は民主党員で、国民を戦争に巻き込まない、青年を他国の戦争のためにしなせないということで大統領になったので、戦争をやろうとはいえなかったのです。しかし、黄色人種によって、卑怯にも真珠湾が攻撃されたとなれば、国民を戦争に動員できると考えたのです。

     そして、日本をどうするかという問題を考えた上で戦争を進行させたのです。それが「OSS日本計画」というものだったのです。それまでにも太平洋問題協議会という日米の協議会があって、日本の社会主義化に関する意見や情報を交換していました。日本を社会主義化、ソ連化するということを望んでいました。ソ連が理想国のように宣伝されていたのです。そこでルーズベルトのアメリカがそれを援助するためにつくったのが、秘密組織OSS(Office of Strategic Service :戦略諜報局)だったのです。

     この組織は、正式には1942年6月にできましたが、すでにOWIという前身の組織が1941年の7月にはできていて、情報戦で人々を惑わしたり、洗脳を行ったりするための戦略局として機能させました。一方、OSSはドノバンという人物が中心になって、戦争が始まったら相手国をどうするかという研究をしていました。これが今まではまったく無視されていましたがCIAの前身の組織として明らかになってきたわけです。アメリカでもOSS研究が今盛んですけど、なぜか日本では一橋大学の加藤教授以外はほとんど研究がなされていません。かつてはゾルゲとかソ連のスパイのことしかいわれていませんでしたが、アメリカが社会主義化を扇動していたということがわかったのです。これが明らかになることはアメリカにとっても都合が悪いし、左翼にとっても、戦後の改革がいかにアメリカによってやらされていたかということ、また、明らかに共産主義化、革命に導こうとする、二段階革命路線というものが暴露されることを恐れたわけで、この研究をやろうとする人がなかなか現れません。しかし、そういう事実が出てきているのですから、私たちは歴史修正主義といわれようとも、事実を認識しなくてはいけないのです。

     戦争の海軍の指導者たちがほとんど戦死したということもありますが、東京裁判では、海軍の指導者が一人も処刑されていないことに注目すべきです。唯一、被告人となった嶋田繁太郎も禁固刑でした。東京裁判で裁かれたのは陸軍の軍人ばかりであるということなのです。そのことが、アメリカが真珠湾攻撃を事前に知っていたかどうかの一つの大きな証拠なのです。アメリカは日本の海軍を利用したのです。そして日本の海軍も、戦争をやらざるをえないのならば、応えざるをえなかったのです。山本五十六は、真珠湾攻撃について東条英機には12月になるまで教えていなかったといいます。東条英機は、知らなかったことを泣いていたといいます。戦争というのは、決して一方的な敵と味方ということではなくて、そこには常にそれを取り持つ、あるいはそれを利用する者があるということです。真珠湾攻撃に関しては、陸軍の人たちは必ずしも早い段階では知らなかったということです。

     ただ、こうしたことは、大陸では経験済みだったと思います。廬溝橋(ろこうきょう)事件は、結局はソ連のスパイがやっていたことでしたが、日本人がやったように仕組まれていました。そうした諜報活動が太平洋戦争では盛んに行われていたのです。」


    詳しくはこちらをご参照❤

    山本五十六って、だれ? ~ 東京裁判で裁かれたのは「陸軍」だけでした

    日本史5つの法則 

    クレア・L・シェンノートとオーウェン・ラティモアと蒋介石
    クレア・L・シェンノートとオーウェン・ラティモアと蒋介石

    で、オーウェン・ラティモアは、太平洋問題調査会(IPR)の中心的スタッフであり、蒋介石の私的顧問だったのですが、太平洋問題調査会資金的に支えていたのがソ連・コミンテルンであり、その太平洋問題調査会と、あの朝日新聞との関係が非常に根深いものがあったということは周知の事実であり、このような「真っ赤っかな繋がり」こそが、戦争を引き起こしていたという真実に、そろそろ日本人は気付かなければいけませんね。

    そして、そこに繋がっている連中は、その真実が明らかになることを恐れて事実を捏造したり隠したりしている、というわけなんです。

    詳しくはこちらをご参照❤

    日本国憲法をつくったのは誰? ~ アメリカの社会主義

    口語訳 日本国憲法・大日本帝国憲法 



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    Category: 支那
    Published on: Sun,  26 2017 00:01
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