5000年前の日本人が、北海道と青森県の間を船で輸送していたモノ

    宮崎神宮御神幸列圖(1940年)
    宮崎神宮御神幸列圖(1940年)

    宮崎神宮の大祭(みやざきじんぐうのたいさい)は10月26日に催行され、例祭後最初の土曜日・日曜日に御神幸祭が宮崎市内で行われる

    特に御神幸行列と神賑行列から成る御神幸祭は神武さま(祭神の神武天皇の意)と称され宮崎県下最大の祭事として親しまれている。御神幸祭は五穀豊穣を祝う目的も兼ねる

    現在の主催は宮崎神宮御神幸祭奉賛会(宮崎商工会議所)。御神幸祭の観客数は2日間で約15万5,000人(主催者発表、2008年)。英語表記は(2008年の場合)Miyazaki Shrine Grand Festival in 2008となる。

    5901.jpg







    戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。

    そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。

    私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、

    客観的に情勢を判断する必要があります。

    それでは、この書物を見ていきましょう!




    『 私たちの先祖は、【日本列島に早くから定住】した。そして【遅くとも旧石器時代3万年前】には、ガラスのような【黒曜石(こくようせき)】存在に気が付いた

    アメリカ合衆国オレゴン州レイク郡で採取された黒曜石

    そして【石器をはじめとする道具の製作】を始めた。

    日本の石鏃(黒曜石製)
    日本の石鏃(黒曜石製)

    昭和21(1946)年の群馬県【岩宿遺跡(いわじゅくいせき)】の発見が最初である。



    さらに、昭和28(1953)年、大規模な黒曜石の露呈がある【日本最大の黒曜石産出地】の北海道遠軽町(えんがるちょう)字上【白滝村(しらたきむら)】で、【3万年前の石器生産現場である遺跡が発掘】された。



     白滝村では220万年前の火山の噴火大量のマグマが噴き出し、それが湖水で急冷されてガラスのような火山岩になった。それが【黒曜石】で、赤石山などに露頭している。黒曜石は鋭い破片に割れて加工しやすく、【ナイフや弓矢の矢じりとして利用】できる。

    黒潮を渡った黒曜石・見高段間遺跡 (シリーズ「遺跡を学ぶ」) 

     【金属器が発明されるまでは、この黒曜石の石器が大変有用だった】ただし【産地が限られる】ので、その塊の核は、【遠方まで輸送】されていた。だから物々交換の時代に貨幣のような役割をしていたかもしれない。

    国別黒曜石原産地数(国際黒曜石学会サイトの原産地カタログによる)
    国別黒曜石原産地数(国際黒曜石学会サイトの原産地カタログによる)

     例えば、【縄文前期に栄えた青森県の三内丸山村】では、この【北海道白滝産の黒曜石石器が使用されていた】ことが、遺物から判明している。

    北の黒曜石の道・白滝遺跡群 (シリーズ「遺跡を学ぶ」) 

    すなわち、遅くとも【5000年前の縄文期には北海道と青森県の間で船が輸送に利用されていた】。』

    日の丸

    いかがでしょうか?

    今回ご紹介させていただく書物は、第一級の日本の科学者である著者が、科学的な見地で、日本の古代史の考察から、現代に至るまで連綿と続く、私たちの日本文明について、諸外国には決して見られないその独特な民族性について、国史を辿りながら解説をなされている良書になります。

    読書 女性 8

    さて、当ブログでは、以前から繰り返し書かせて頂いておりますが、古事記に記されているお話は、日本人東から西へと移動したお話なのではないかと考えています。

    日本地図

    何故なら、その冒頭で、東日本が出てこないからです。

    詳しくはこちらをご参照❤

    古代の日本は、実はスゴ~く、資源大国だった?!

    ラノベ古事記 日本の神様とはじまりの物語 

    北海道とか、東北とか、関東って、どうして出てこないのでしょうか?

    女性 悩む 02

    ユダヤ教も、キリスト教も、イスラム教も、その根っこは、すべて同じで、「旧約聖書」に描かれている時代に、唯一かつ絶対の「神さま」が、この世界を創造したと信じられています。

    その神さまが、世界を創造した日と信じられている日が、西暦換算で紀元前3761年10月7日になります。

    ところが、私たち日本人からすれば何の冗談を言っているのかさっぱり分からないレベルの「戯言(たわごと)」になってしまうんです。

    女性 笑い 笑う

    私たち日本の国史、それをマラソンに例えてみますと、縄文時代の始まりとされる紀元前14,000年、そこをスタート地点として、私たちが生きている現代をゴールとしたとき、神さまが世界を創造したとされるのは、私たち日本人すでに3分の2ぐらいまで走った時代に当たります。

    日本の歴史 時代区分 マラソン 6

    本文中に、青森県三内丸山遺跡北海道白滝産の黒曜石石器との関連が書かれていましたが、その三内丸山遺跡は、聖書の「神さま」の創世時代には存在していたものと考えられていて、五階建てのマンションの高さに相当する木造建築物を作れるほど発達した技術を持っていたことや、北海道と同一の文明圏を形成していたと考えられています。

    詳しくはこちらをご参照❤

    日本にあった「バベルの塔」 ~ 三内丸山遺跡のスゴイところ

    英国人記者が見た 世界に比類なき日本文化 

    で、古事記の冒頭に、北海道とか、東北とか、関東が、出てこないのは神々の世界である高天原東日本にあってそこを起点として、西日本の方へと移動が起こったのではないでしょうか、と考えているんです。

    今から4000年ほど前の遺跡で、東日本の影響が強く反映されている本野原遺跡(もとのばるいせき)が、宮崎県に存在しています。三内丸山遺跡と同様大規模集落の痕跡が残っているんです。

    本野原遺跡 6

    詳しくはこちらをご参照❤

    関東風の遺跡が九州に存在するナゾ ~  西日本最大級・宮崎県の「本野原遺跡」

    タネをまく縄文人 

    そして、この宮崎県から、神武天皇が関西へと向かう「神武東征」が始まっています。

    本日の最後に、つい先日行われた「神武さま」の愛称で知られる「平成29年宮崎神宮大祭御神幸祭」の動画を御紹介させて頂きます。私たち日本の初代天皇・神武天皇のお祭りです。



    続きは次回に♥




    ランキング参加中で~す^^ ポチっとお願いします♥
    ↓↓↓↓↓↓↓

    にほんブログ村 本ブログへ
    にほんブログ村


    人気ブログランキングへ
    関連記事
    Category: 国史
    Published on: Fri,  10 2017 00:01
    • Comment: 0
    • Trackback: 0

    0 Comments

    Post a comment