習近平も金正恩も、スペイン語の「マラーノ(marrano)」です

    豚

    ブタ(豚、英名:pig)とは、哺乳綱鯨偶蹄目イノシシ科の動物で、イノシシを家畜化したものである。

    中東

    イノシシの家畜化は、8,000年以上前からユーラシア大陸の東西行われ、各地で独立に家畜のブタが誕生したと考えられている。今はイスラム圏となった古代オリエントや古代エジプトでも豚を食用としていた古代エジプトではブタを飼う民は賤民とされていたことが、エジプトを脱出した古代イスラエル人と、その宗教を受け継いだユダヤ人のユダヤ教カシュルート、およびユダヤ教の影響を受けて誕生したイスラム教においては、豚肉の肉食が食のタブーとなった原因とする説がある。実用上の理由としては、過去に生の豚肉を食べて食中毒になる人が多かったからという説がある。宗教上の理由としては、ユダヤ語聖書レビ記では、「四足の獣のうち、反芻しないもの」の肉を食べることが禁じられクルアーン(コーラン)ではブタは不浄な動物であるとされているからである。

    ヨーロッパ

    古代ローマ人豚を食べなかったわけではないがブタの飼育が発達したのは北方森林地帯のゲルマン人やケルト人の食文化においてだった。日照時間が短く寒冷で、土壌のやせたヨーロッパでは、穀物の生産性が低いため、秋になるとナラ(オーク)の森にブタを放してドングリを食べさせて太らせそれを屠畜して食塩と硝石で処理して主要な保存食にしたのである。後にアメリカ大陸からジャガイモやトウモロコシがもたらされると、土地あたりの収穫量が多いそれらが飼料として利用されることになる。ドイツやスペイン、イタリアなどのハムやベーコン、ソーセージはこういった伝統を受け継ぐ






    戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。

    そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。

    私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、

    客観的に情勢を判断する必要があります。

    それでは、この書物を見ていきましょう!




    『 1336年【足利尊氏】【後醍醐天皇の建武の親政を粉砕】し、【政権を樹立】します。2年後には【将軍宣下(せんげ)】を受けます。…

    後醍醐天皇像(清浄光寺蔵)
    後醍醐天皇像(清浄光寺蔵)

    伝足利尊氏像(浄土寺蔵)
    伝足利尊氏像(浄土寺蔵)

     【室町】において、【言葉は武器】でした。

    ポイント 女性

    己の才覚のみ生き抜くしかない室町時代【力とは何か】

    悩む女の子2

    【鉄と金と紙】です。鉄とは軍事力金とは経済力紙とは【「言葉の力」】です。

    ポイント 女性

    「言葉の力」とは何か。陰謀、交渉、演説、法、権威、文化的教養。物質力以外のあらゆる位相において「言葉の力」は存在します。

     【力がすべての室町時代】経済力軍事力の基礎にすぎません。金がなければ奪えばいいそれが室町です。そうした室町において力となりえるのは軍事力です。ではその【軍事力はどのようにしたら身に付くのか】

    悩む女の子2

    【言葉によって集める】のです。

    ポイント 女性

     【室町の人は何のために戦うのか】一所懸命、すなわち【一族の所領を守るため】です。この人についていけば、己の所領が守れる一族が繁栄する。そう思うからこそ命懸けで戦うのであり、平気で人を裏切るそれが室町です。

    驚き顔

     だからこそ【言葉の力が大事】なのです。

    ポイント 女性

     現代の政治選挙で決するように、この時代の戦い軍事力によって決します。では【軍事力とは何か】【軍勢を集める力】です。

    安倍総理 1 売国奴一掃

    【合戦などは選挙における投票のようなもの】で、【大勢はそれ以前の政治工作で決まります】要するに味方を多く集めた方が勝ちなのです。

    安倍総理

    この原理平安末期の保元の乱から戦国最後の大坂夏の陣まで一貫しています。もちろん、現代の選挙でも投票日に波乱が起きることもあるように、いざ戦ってみたら番狂わせが起きたということもありますが、それは例外です。

     ところが【室町は、この番狂わせが異常に多い時代でもある】のです。なぜならば、【「戦場での裏切り」が日常茶飯事だから】です。

     そうした世界で生き残るのに、【一言ひとことの重み】、おわかりいただけると思います。

    ポイント 女性

     たとえば元号です。北朝も南朝も、独自の元号を使い続けました。北朝も南朝も分裂したことがありますから、同時に3つの元号が存在した時期もあります。どの元号を使うか己がどの党派に属するかを表します【負け組に付いたら、死ぬか一族滅亡】です。【言葉を使うのは、命懸け】なのです。

    ポイント 32

     また、【足利尊氏の「尊」の字は、建武の親政の恩賞】として、【後醍醐天皇の諱(いみな、本名)である「尊治」の一字を与えられたもの】です。だから【尊氏に裏切られた後は、南朝は文書では「高氏」と呼び続けました】

     前著でも、【後醍醐天皇に始まる南朝の怨念】が、我が国の近代史に及ぼした影響もお話ししました。現代でも南朝に連なる人は、温厚な人でも「足利ッ!」と聞いただけで顔色が変わったりします(私はこれを【“足利スイッチ”】と名付けた)。

     鉄、金、紙。室町の人々は、日本人離れした逞しさですべてをぶつけ合いました。

     【日本史最大の戦乱、観応の擾乱(かんのうのじょうらん)の御開帳】です。』

    日の丸

    いかがでしょうか?

    今回ご紹介させていただく書物は、以前に御紹介させて頂いております、同じ著者による室町時代に関する書物の続編になります。

    倉山満が読み解く 太平記の時代―最強の日本人論・逞しい室町の人々 

    詳しくはこちらをご参照❤

    倉山満  倉山満が読み解く 太平記の時代―最強の日本人論・逞しい室町の人々

    世界屈指最長不倒、そして悠久の歴史を持つ私たち日本の歴史、それをマラソンに例えてみますと、縄文時代の始まりとされる紀元前14,000年、そこをスタート地点として、私たちが生きている現代をゴールとしたとき、「室町時代」というのは、ゴールまであと2キロほどの時代になります。

    日本の歴史 時代区分 マラソン

    実は、現代の日本人の文化に見られる多くのものが、この時代に形成されています。そして、この時代の日本人が、とんでもないのですが、それは本書をご覧頂くと理解できると思います。

    読書 女性 6

    読書 女性 15

    さて、昨日のところまでで、「リベラル」や「リベラリズム」とか、「共産主義」や「マルクス主義」が、同じ範疇に入り歴史的に一連の流れで生じてきたものだ、ということを書かせて頂きました。

    左翼リベラル 3

    そして、その国の伝統ある文化を破壊し、革命をもたらし国家そのものを転覆しようとしている、それが隠れマルクス主義者である「リベラル」考えていること彼らの思想そのもの、もっと正確に申し上げますと、彼らの「信仰」「宗教」だということも書かせて頂きました。

    ポイント 31

    そして、その大本となっているのが「ユダヤ教」で、昨日のところでは、ポーランド・リトアニア共和国について見てきました。

    ユダヤ

    私たち日本で、「室町時代」「戦国時代」を迎えていた頃、中世のヨーロッパで、最大のユダヤ人の人口を誇っていたのがポーランドで、ユダヤ人の財力もあって、のちにヨーロッパ有数の大国へと発展していくのですが、「宗教改革」を経てキリスト教が分裂することになる、まさに、その先駆けの動きが、このユダヤ人を大量に抱えるポーランド周辺で起きたことは、決して無視することができない事実です。

    そして、そんなポーランドが、隣国のリトアニア大公国一つになってさらなる強国となります

    ポーランド・リトアニア共和国
    ポーランド・リトアニア共和国

    ポーランド 4

    ポーランド 5

    ヨーロッパ地形図

    ご覧頂くと一目瞭然だと思いますが、バルト海から黒海周辺に至る東部ヨーロッパの平坦地をほぼ手中にしていることが理解できると思います。

    商人・高利貸しのユダヤ人からすれば、東部ヨーロッパを押さえている訳ですから、次に狙ってくるのはどこでしょうか?

    女性 悩む 02

    それは、「オランダ」です。

    イギリスフランスは、「百年戦争」と呼ばれる、1337年から1453年までの実際には116年間に渡って、戦争を続けていました。そのイギリスとフランスの「百年戦争」でフランス王の家来であるはずのブルゴーニュ公は、イギリス側に付きます。このブルゴーニュ公フランス内のブルゴーニュ地方だけではなく現在のオランダ南部ベルギー西部フランス北部にかけての地域に跨る「フランドル地方」も領有していました。

    フィリップ2世の領地

    フランドル
    フランドル

    位置関係を少し確認しておきましょう。

    ポーランド 2

    ポーランド 3

    で、イギリスとフランスの「百年戦争」のあと、1474年ブルゴーニュ戦争が勃発し、ブルゴーニュ公領はフランスへ、フランドルを含むネーデルラント17州は後にハプスブルク家へと帰属することとなり、やがてのちにフランス王家とハプスブルク家の長きにわたる抗争が勃発していくようになります。

    ハプスブルク家の絶頂期に君臨したのが、神聖ローマ帝国皇帝のカール5世(在位1519年~1556年)で、彼は同時に、スペイン国王にも就いていましたので、その領土は、現在のヨーロッパの大半を占めるほどでした。

    カール5世時代のハプスブルク家の領土
    カール5世時代のハプスブルク家の領土

    で、そのハプスブルク家の領土の東側にあったのが、ポーランド王国であり、リトアニア大公国であり、のちのポーランド・リトアニア共和国(1569年~1795年)です。

    ポーランド・リトアニア共和国
    ポーランド・リトアニア共和国

    こちらもご参照❤

    日本の鎖国中、貿易を許されていた「オランダ」って、いつ頃に出来た国でしょう?

    大間違いの織田信長 

    さて、今度はユダヤ人の動きを見てみましょう。

    15世紀に入りますと、ユダヤ人オランダへの移住を始めますが、彼らの最も重要な職業「高利貸し」ですので、都市経済に依存することになります。その一つが、オランダの「ナイメーヘン」でした。

    ナイメーヘン
    ナイメーヘン

    以下は、Wikipediaからの抜粋です。

    「 ナイメーヘン(オランダ語:Nijmegen)はオランダのヘルダーラント州にある基礎自治体(ヘメーンテ)である。オランダで初めてローマ帝国の都市権を得た街として知られる。ライン川の下流のワール川の南岸に街が形成されており、市街地中心よりドイツ国境まで7km程度の距離である。

     4世紀頃、ローマ帝国の衰退にともないフランク王国の統治下におかれ8世紀後半にはフランク王国のカール大帝によって王宮が置かれた(ナイメーヘンのほかアーヘン、ヘルスタルにも置かれとりわけアーヘンの王宮では古典文化の復興などが進められた)。その立地により水上交通の要所として発展し、12世紀には神聖ローマ皇帝・フリードリヒ1世が軍事拠点を置いた1230年にはフリードリヒ2世によって都市権が認められ帝国自由都市となった1364年にはハンザ同盟にも加盟したほか、イングランドから羊毛を輸入して毛織物工業の振興も図られた。」


    16世紀には、現在のベルギー最大の都市「アントワープ」(オランダ語:アントウェルペン)が、ユダヤ人にとって非常に重要な場所になります。

    アントワープ
    アントワープ

    ちなみに、ここでは詳細について省かせて頂きますが、ベルギーっていう国成立したのは19世紀という、ごく最近のことで、ネーデルランド連合王国から独立した国家になります。

    ポイント 21

    ところで、スペイン語「マラーノ(marrano)」という言葉の意味を御存知でしょうか?

    女性 悩む 02

    漢字で表現致しますと、「習近平」とか「金正恩」という漢字になりますが、お分かりになられますでしょうか?

    女性 ポイント 11

    そう「豚」です

    習近平 金正恩

    以下は、Wikipediaからの抜粋です。

    「 マラーノ(marrano)は、スペイン語、もしくは汚らしい人を示す言葉歴史的な用語としては、かつてスペインにおいてコンベルソと呼ばれたキリスト教に改宗したユダヤ人侮蔑的にマラーノと呼ぶことがあった。」

    続いて、そのスペインの「コンベルソ」を確認しておきましょう。

    以下は、Wikipediaからの抜粋です。

    「 コンベルソ(converso)は、スペイン語でユダヤ教からキリスト教への改宗者を指す。

     ディアスポラによってヨーロッパ各地に散ったユダヤ人のなかでも、最も多くのユダヤ人が向かったのが南フランスからイベリア半島南岸にかけての一帯であった。この地域に展開したユダヤ人たちセファルディムと呼ぶ。イベリア半島のセファルディム政策は西ゴート王国時代から後ウマイヤ朝、レコンキスタ期の間に排撃と受容の間を揺れ動いたが、12世紀以降カスティーリャ王国ではセファルディムの政治力・経済力をレコンキスタに利用する政策が続いた。

     しかし15世紀後半、レコンキスタの完了が近づくと、カスティーリャ女王イサベル1世とその夫のアラゴン王フェルナンド2世はイスラム教徒に代えてセファルディムを排撃の対象に設定する。これはアラゴンとカスティーリャという異質な国家を統合するための政策であった。一方、ユダヤ人共同体内部でも、政権中枢に入り込んでいた有力ユダヤ人たち次々にキリスト教に改宗してコンベルソとなっていった。この背景には、キリスト教の王権と深く結びついて利権を確保している有力ユダヤ人たちへの、ユダヤ人共同体からの批判的な視線があった。こうしてコンベルソとなった家からは、スペイン異端審問所(カトリック教会が設置していた伝統的な異端審問所とは異なる組織)の初代大審問官であるトマス・デ・トルケマーダ、あるいは17世紀前半のスペイン王国宰相オリバーレス伯爵ガスパール・デ・グスマンなども出ている。」


    トマス・デ・トルケマダ
    トマス・デ・トルケマダ

    『オリバーレス公伯爵ガスパール像』ディエゴ・ベラスケス
    『オリバーレス公伯爵ガスパール像』ディエゴ・ベラスケス

    つまり、「コンベルソ(converso)」とは、「キリスト教徒に偽装したユダヤ教徒」のことになります。

    スペイン異端審問所の初代大審問官であるトマス・デ・トルケマーダも、「キリスト教徒に偽装したユダヤ教徒」で、スペインの残虐性を世界中に言い触らしたラス・カサス「キリスト教徒に偽装したユダヤ教徒」でした。

    こちらもご参照❤

    「西早稲田2-3-18」って何? ~ 空飛ぶモンティ・パイソン 「まさかの時のスペイン宗教裁判」

    世界は邪悪に満ちている だが日本は……。 

    そして、あのクリストファー・コロンブスも、「キリスト教徒に偽装したユダヤ教徒」、つまりコンベルソ(converso)だったという説が有力で、新大陸の発見は、スペインで迫害されているユダヤ教徒のために新天地を探すためだったと考えられています。

    コロンブス
    クリストファー・コロンブス

    そんな「キリスト教徒に偽装したユダヤ教徒」、つまり「マラーノ(marrano)」が、15世紀後半以降に避難していった先が、「アントワープ」でした。



    続きは次回に♥




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    Category: 国史
    Published on: Sun,  22 2017 00:01
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