安倍総理がやっている日本の大掃除 ~ さあ、みんなで始めましょう!

    安倍総理 1 売国奴一掃

    売国奴(ばいこくど)とは、 私利私欲あるいは他国の思想信条の為自国自国民に対し不利益な行為を行う者の事である。

    「国賊」「自国の独立や尊厳、利益を故意(または過失)により傷つける者」「非国民」「思想・信条その他において異質であり国民の統一や一体性を乱すもの」という意味合い・ニュアンスであるのに対して、「売国奴」という言葉は「母国を外国に売って私益を図る者」を指している。ある国民から見てとれる「売国的行為」が、他国の思想信条の為に奉仕する者の主観では敬愛する第三国の為の「平和的行為」である場合は珍しくない

    模型的な例を挙げれば、ある国家が敵対国家の意向に遜(へりくだ)ることは、ハト派やエゴイズムの人にとっては「戦争を避け他国や自国の平和・安全を維持するための平和的行為」であっても保守派の人にとっては「自国に敵対的な国外勢力(軍産複合体、共産主義国、社会主義国家、母国を上回る国力の同盟国など)の意向に奉仕し外患誘致を目的とする売国的行為」または「平和を騙る売国的行為」である場合も多々ある

    安倍総理 産経新聞 2

    安倍総理 圧勝 1

    安倍総理 圧勝 2





    戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。

    そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。

    私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、

    客観的に情勢を判断する必要があります。

    それでは、この書物を見ていきましょう!




    『 私は【本書】で、【国連や反日施設などに潜入し、目の当たりにしたことをすべて明らかにしたい】と思います。

    ポイント 32

     【韓国は、相変わらず慰安婦問題で日本を貶(おとし)めようとしています】

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    米軍車両に轢き殺された2名の朝鮮人少女

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    「反米活動、反基地活動のシンボル」として作りかけになったままの犠牲者の朝鮮人少女像

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    【慰安婦像の真実】実は慰安婦がモデルではない?米兵に轢き殺された少女の像だった可能性。韓国ならやりかねない【知らなかったらシェア】
    ポイント 31

     15年末に【日韓両政府の間でなされた「日韓合意」】に基づき、日本政府は16年8月、元慰安婦を支援するために韓国政府が設立した財団に10億円を拠出しました。しかし、【ソウルの日本大使館前にある慰安婦像が撤去されない】ばかりか、【新たな像まで次々と設置】されています。…
    日韓合意 世論調査
    「政治に関するFNN世論調査」は、2017年5月13日(土)~5月14日(日)

     私が【慰安婦問題にこだわっている理由は、私自身が母親だから】です。…

     15年8月に発表された【戦後70年の「安倍談話」】の中で、安倍晋三首相【「子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」】と語っていましたが、【私も同じ思いを抱いている】のです。

    安倍総理 12

     【慰安婦問題は、国内の反日勢力によって捏造された問題】です。

    女性 ポイント 10

    私は大学時代や地方公務員時代に、【多くの左派系団体や活動家と対峙】してきました。だからこそ、【彼らが日本の伝統や文化を壊そうとする存在であることは熟知】しているつもりです。しかし、これまでの日本は、彼らが作り上げた嘘の問題につき合い、謝罪や補償を続けてきてしまいました。

     私は一人の母親として、自分の娘が社会に出て結婚して母親になったときに、このような嘘のために謝罪や補償を続けてもらいたくありません。だから【私たちの世代で慰安婦問題を解決する】、そう心に決め、【「なでしこアクション」代表の山本優美氏らとともに活動】しているのです。山本氏は【「慰安婦=性奴隷」の嘘に終止符】を打つことを目的に活動を続けている「同士」です。

    なでしこアクション
    なでしこアクション

     【慰安婦問題は、女性こそが取り組むべき問題】だと思っています。

    ポイント 000

    なぜなら、【反日勢力は慰安婦問題を「女性の人権問題」に仕立て上げているから】です。彼らが強姦や虐殺などを引っくるめて「戦時中性暴力」として拡散しているのは、その方が国際社会の賛同を得られるという事情があります。

     【日本軍の慰安所】は、【強姦などの被害から女性を守るために存在していたもの】であり、戦時中性暴力とは別物です。

    ポイント 32

    ただ、気をつけなければならないのは、男性がそれを指摘すると、国際社会では「女性差別だ」と反論を受けることになります。それを避けるためにも、【女性が率先して、慰安婦の真実を訴えていくべき】なのです。

    ポイント 女性

     【ユネスコの審査結果】が出るのは【17年10月の予定】です。私たちに残された時間はあまりありません。本書を読んでいただき日本人の中で真実を共有することで、世界に対抗できる国へと生まれ変わり、【慰安婦問題で貶められた日本の名誉を回復したい、そう願っています】。』

    日の丸

    いかがでしょうか?

    今回ご紹介させて頂く書物は、国内外の反日勢力の実態を、実際に足を運びながら精力的にレポートされている著者による良書で、メディアでは決して報じられない真実盛りだくさんな内容となっていて、非常にお勧めの書物です。

    読書 女性 15

    さて、本文中に「慰安婦問題は、国内の反日勢力によって捏造された問題」という記述がございましたが、ここが非常い重要な部分で、この「国内の反日勢力」が、あっちこっちに火をつけて回っている「放火魔」になっていて、わざと軋轢を生じさせようという魂胆が見てとれます。

    放火魔

    先日も、書かせて頂いておりますが、靖国神社への公式参拝問題化させようとしていたのも、そんな「国内の反日勢力」でした。

    詳しくはこちらをご参照♥

    放火魔 朝日新聞 加藤千洋



    現在まで続いている沖縄県で見られる左翼による暴力的な反対運動も、「国内の反日勢力」によって生み出されていったものでした。

    センター通り
    復帰直後の那覇市内(まだ自動車は右側通行のまま)

    「 沖縄県祖国復帰協議会は、教職員会や沖縄県官公庁労働組合連合会(官公労)、沖縄県青年団協議会(沖青協)が中心になって準備が進められ、最終的には社大党、社会党、人民党、教育長協会、PTA連合など教育、福祉関係の17団体が参加した。

     サンフランシスコ講和条約発効の日である4月28日に結成大会を開き、

    「 祖国の同胞が、本来日本の一県であり、同一民族である沖縄県民を一日も早く温かい手で取り戻すように、国民的な運動を展開されることを希望する」

    と、民族感情に訴えた。国連や米国上下院、日本政府、衆参両院に対し、米国の統治が国連憲章に違反することを訴え、一日も早い祖国復帰を要請する決議も採択された。

     復帰協はまず、この年の6月19日に沖縄を訪問したアイゼンハワー大統領に対し祖国復帰を訴えるデモを敢行した。全島の各家庭で日の丸を掲げ沿道には日の丸を持った住民が幾重にも列をつくり祖国復帰の意思表示を全国全世界に発信した…

     17団体でスタートした復帰協は、38年頃には57団体にふくれあがっていた。

     だが団体が増えるにしたがって復帰協の活動内容や方針にある異変が生じていった。」


    詳しくはこちらをご参照♥

    全島民一丸となって「日の丸」を掲げました



    Signature-obtaining_campaign_for_return_to_Japan.jpg

    「 保守系の元県議によると、沖縄で本土復帰運動が一段と強まった38年頃から、全国的に展開されていた安保闘争の高まりも波及、「沖縄を階級闘争の拠点に」と訴える活動家達が参入しはじめたという。

     この頃から復帰協は…原水爆基地の撤去を求めだす。

     さらに、ベトナム戦争激化に伴い、沖縄が戦場となり、軍事植民地支配を受けているとし、原水爆基地撤去に加え、その運動に軍事基地反対が盛り込まれていった…

     教職員会が率先して進めていた復帰優先の運動は、…安保や米国基地問題をもう一つの大きな焦点とする運動へと形を変えていった

     前出の元県議は、

    「 それまでオール沖縄だったが、それ以降は徐々に革命闘争が沖縄で展開されるようになった」

    と振り返り、こう解説した。

    「 当時は、日本全国、至る所で、安保闘争に明け暮れていた。沖縄では安保闘争より、何十倍という勢力で復帰闘争を展開していたが、復帰運動で燃える沖縄が、本土で展開していた革命闘争の影響を強く受けていった。日の丸は太平洋戦争に突入したシンボルだとして、反日闘争が展開されることになると、反体制派の活動家や学者マスコミが沖縄に押し寄せた本土でできなかった闘争を沖縄でやろうとしたのだ。彼らが沖縄を『最後の砦』と口にしていたのを覚えている。地元での戦いに敗れたが、沖縄なら勝てるとでも思ったのだろう。彼らに対しては、『沖縄を荒らすな』『沖縄なら通用するというのは沖縄に対する差別だ。本土に帰れ』と激しく議論したものだ。」

    「祖国愛」教育をしていた教職員会も、その余波で徐々に変化していくことになる。」


    詳しくはこちらをご参照♥

    「最後の砦」沖縄に集結したのは。。。



    福島瑞穂こと工作員 趙春花 2

    「 33年、あらゆる階層の利益を代表するとして活動を展開していた沖縄社会大衆党路線対立内紛をおこした結果、沖縄社会党が結成された。沖縄社会党は当初から、階級政党としての路線を鮮明にしていた。

     元教職員会のメンバーで復帰運動を展開していた元高校校長は、

    「 反安保、非武装という左翼思想を持った教員がどんどん入ってきてオルグしていった。日の丸は罪悪だとして、あと少しで祖国復帰というメドがついた頃から日の丸を掲揚しないようにと指示がきた。我々が推し進めていた純粋な復帰運動は、完全に日米両政府に対する階級闘争に変貌してしまった」

    と複雑な表情をみせ、さらに、

    「 一緒に復帰運動をした仲間に音楽の教員がいた。彼は小さな指揮棒に日の丸を巻いて運動していたのに、復帰後は社会党の党員になり日の丸反対の立場を取るようになった。ものすごいショックを受けたのを今でも忘れない」

    と続けた。」


    詳しくはこちらをご参照♥

    復帰優先から「なんでも反対」へ



    他にも。。。

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    「 1972年の日中国交正常化によって、中国内の事情が少しずつ知らされるようになると、戦争によって中国への残留を余儀なくされた肉親たちの消息を確認し、帰国させようとする活動が起こった。だが、中国側で文化大革命(死者1000万人以上、被害者1億人以上といわれる人民虐殺)が起きたり、…残留孤児探しの活動は…頓挫を余儀なくされた。

     80年代に入ると…多くの残留孤児たちが日本を訪れて、さまざまな個人データを公開し、微かな記憶やわずかばかりの物的証拠を頼りに肉親探しを行った、…肉親と再会できる幸運に恵まれた者はごく少数しかいなかった。

     こうして肉親が見つからなかった人々の落胆は大きく、焦燥した姿は見る者の涙を誘ったが、その一方で、訪日時に支給される多額の見舞金を目当てに、自ら残留孤児と称して届け出を行う者が続々と現れ、厚生省や残留孤児の帰国支援活動に取り組んできた人々がそれらの確認作業に追われる事態となった。…

     肉親に再会するなどして幸運にも日本に帰国できた残留孤児たちの中にも、言葉や文化の壁から日本での暮らしに馴染むことができず、苦悩する人々が増えていった。彼らの多くは仕事に就けず、生活保護を受給するケースが相次ぎ、一時は残留孤児帰国者の65%以上を占めるまでに膨らんだ

     それが、さらに残留孤児帰国者の二世三世の世代になると、同年代の日本人の生活ぶりに比べればもちろんのこと、一般的な在日中国人の暮らしと比べても経済格差が歴然としてくるようになった。それどころか、同じ残留孤児帰国者の中でも日本での生活や仕事に成功した者は、幸せな家庭を築き、中国から親族を呼び寄せるなど「いい思い」をしていたようだが、うまくいかなかった者は夜逃げ同然の姿で中国に帰るか、あるいは日本にある中国黒社会(闇社会)に転落していくしかなかった。」


    詳しくはこちらをご参照♥

    日本にある中国黒社会と残留孤児帰国者



    「 「 私は最初、江東区の寮にいたが、そこには残留孤児関係は一割ほどしかおらず、そのほかは日本人の低所得者か生活保護を受けていた人たちだった。私たちはカネがないので、寮の前の路上や近くの公園にたむろしていろいろなことを話し合ったが、よく出たのは『小学校で日本人の級友に石を投げられケガをした』とか、『給食の中にゴミを入れられ、食べるように要求されたり、臭いだの汚いだのと罵られた』といういじめの話ばかりだった」

     そう明かすのは残留孤児二世で、後に誕生した暴走族怒羅権(どらごん)初期のメンバーでもあった飲食店店主。さらに、こう続ける。

    「 でも、校舎裏に連れ込まれボコボコに殴られたとか、マッチで髪の毛を焼かれたなんて酷いリンチをしたのは、実は日本人じゃなくて我々と同じように大陸(朝鮮半島)から渡ってきた在日韓国人の貧しい子供たちだったそこである日、皆でやり返そうという話がまとまって、十数人連れ立って韓国人の溜まり場に殴り込みにいったんだ。その時に初めて、「同胞」意識が湧き上がったような気がする。後から思えば、あの時こそ怒羅権誕生の瞬間だったかも知れない」

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     兄貴分の「一龍」は十人前後の仲間を引き連れ、主に江戸川区葛西周辺をオートバイで走っていた。それに対し、弟分の「二龍」は、江東区塩浜を拠点にしていたが、後に北区王子辺りに移り、次第に頭角を現し、十人余のメンバーを率いる暴走族のリーダーになっていた。

     二人は88年、葛西地区を拠点とする暴走族怒羅権を結成。それぞれを「怒羅権・葛西」「怒羅権・王子」など「怒羅権」という言葉を付けたグループ名で呼び合うようになった。…」


    詳しくはこちらをご参照♥

    酷いリンチは、在日朝鮮人がやっていました



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    「 「半グレ集団」と言えば、…関東連合と並ぶ二大勢力とされ、盟友関係にあったのが怒羅権(どらごん)と、それに派生するドラゴン(チャイニーズ・ドラゴン)であり、前身の暴走族時代からライバル的存在と目されてきた集団であった。

     ドラゴンという音感から「龍」を連想し、そこから「中国」のイメージが浮かび上がってくるが、その名前の通り、在日中国人が絡んだ集団であった。

     ただ、怒羅権という漢字は単なる当て字ではなく、「怒」は在日中国人へのいじめや嫌がらせ、そして、いわれなき差別に対する「怒り」を表し、「羅」はそうした相手=敵対勢力に対抗するために「羅立」、即ち結束することを意味している。そして、自分たちの「権利」を主張する、という強い意志が込められているという。つまり、怒羅権は怒り、団結、権利という意志、心を持つ集団-と言いたいようである。

     怒羅権は1988年、中国残留孤児帰国者の二世として70年に生まれた兄貴分の通称「一龍(イーロン)」と、翌71年に生まれた弟分の「二龍(アーロン)」の男二人がまとめ上げた都内の暴走族グループ「華魂」がルーツとされている。

     最初はカタカナで「ドラゴン」と書き、残留孤児二世たちが下町の公園などに集まっては、日常生活における悩みを仲間同士で語り合うサークル的な集団だった。

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     この集団が単なる暴走族集団から脱皮し、武闘派の側面を残しながらも、知能犯的要素を大いに伸ばし、中国本土とも連携しながら国際的犯罪組織に発展していくのだ…」


    詳しくはこちらをご参照♥

    中国本土と連携する国際的犯罪組織



    で、最近の事件だと、こんなことがありましたね?

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    福岡 金塊 半グレ
    主犯格・野口容疑者、事件後に「高級外車乗り回し豪遊している」…「半グレ」リーダー格か

    その背後にある繋がりが、ご理解いただけましたでしょうか?

    ポイント 002



    続きは次回に♥




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    Category: 日本
    Published on: Wed,  31 2017 00:01
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