北にやられっ放しの支那の歴史 ~ 高校生が習う「世界史」はニセモノなんです

    習近平 金正恩

    遊牧民(ゆうぼくみん)あるいは遊牧民族(ゆうぼくみんぞく)は、人類の生活類型の二大区分である移動型と定住型のうちの移動型の牧畜(遊牧)を生業とする人々や民族を指す。

    騎馬遊牧民は、銃砲の時代の到来まで、その人口に比して極めて大きな軍事力を発揮した。農耕民族は、農地や地場産業を維持する必要上、外征戦においてはその人口の1/30の動員がせいぜいであり、またそのような大量動員の際には非熟練兵士を多く抱えることとなる。騎馬部隊は少数の補助戦力にとどまるため、機動力を発揮しにくい。対して遊牧民は老幼の者と奴隷以外のほとんどの男性が熟練した騎兵となり女性と非戦闘員男性もその後方から随伴し生産と補給を並行して行った。また一箇所に留まらないためその根拠地を掃討することも困難である。また、生身の人間には到底太刀打ち出来ない圧倒的な速度と重量を併せ持つ騎兵の一斉突撃は歩兵の陣形を容易に蹴散らすことが可能であった。

    世界史上もっとも大きな影響を及ぼした遊牧民は、北アジアのモンゴル高原から中央アジア、イラン高原、アゼルバイジャン、カフカス、キプチャク草原、アナトリアを経て東ヨーロッパのバルカン半島まで至るY字の帯状に広がった騎馬遊牧民たちである。彼らは匈奴、サカ、スキタイの時代からパルティア、鮮卑、突厥、ウイグル、セルジューク朝、モンゴル帝国などを経て近代に至るまでユーラシア大陸全域の歴史に関わり、遊牧生活によって涵養された馬の育成技術騎射の技術卓越した移動力騎兵戦術に裏打ちされた軍事力で歴史を動かしてきた







    戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。

    そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。

    私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、

    客観的に情勢を判断する必要があります。

    それでは、この書物を見ていきましょう!




    『 最初に断言しておきます。【日本人が学んでいる「世界史」はニセモノです】

    ポイント 31

     高校生になると、「世界史」の授業があります。しかし、あれは【「世界史」の看板を掲げているだけで、本物の世界の歴史ではありません】

    ポイント 32

    お願いだから、【「中華と西欧」みたいに、看板を正しく書き換えてほしい】と思います。

    女性 ポイント 10

    それで悪ければ、【「東洋史の一部と西洋史の一部の野合」みたいに、正確な表記にしてほしい】ものです。

    ポイント 000

     大学の史学科に入ると、専攻日本史東洋史西洋史分かれます。では、東洋史とは何か「中華様とその他の歴史」です。西洋史とは何か「イギリス、フランス、ドイツを中心としたヨーロッパとその他の歴史」です。

     地図で見てください「中国、イギリス、フランス、ドイツ」など、【人類のごくごく少数の人たちにすぎません】

    世界史地図

    なぜ彼らが人類の中心なのか彼らが「自分こそ世界の中心である」と言い張り、それを【真に受けた東洋史や西洋史の研究者が鵜呑みにして、教えているから】です。

    ポイント 23

     だから、【日本で教えられている「世界史」は、世界の歴史でもなんでもない】【偏った歴史になる】のです。

    ポイント 女性

     日本人が描く西洋史にかかれば、ロシアやアメリカの歴史などはマイナー分野です。ロシアもアメリカも、ギリシャ・ローマに始まるヨーロッパ文明を源とする発想です。ロシア人やアメリカ人が勝手にギリシャ・ローマを崇拝するのはかまいませんが、【なぜ日本人までがそんな歴史観に付き合わねばならないのか】。そもそも、【ギリシャやローマなど、どれほどの文明だったのか】

    悩む女の子2

     東洋史家に至っては、周辺民族のことを「塞外(さいがい)」などと呼びます。まるで研究する価値がないかのような扱いです。では、現在は中華人民共和国の少数民族扱いされている【満州・モンゴル・回族(イスラム教徒)・チベットが、そんなに価値のない人たちなのか】。子供だって、【ユーラシア大陸に大帝国を築いたチンギス・ハンがモンゴル人】だったことは知ってきます。

    モンゴル帝国

    【モンゴル人は中国の一少数民族ではなく、むしろ過去に偉大な歴史をもつ民族】です。

     【イスラム教の理解を抜きにして、現在の世界を語るのは不可能】です。西欧にも中華世界にも多大な影響を与えています。しかし既存の東洋史や西洋史の枠組みのなかで、イスラム教に正当な評価が与えられてきたでしょうか

     以上のことを並べてみただけでも、【日本人が教えられてきた「世界史」が、いかにニセモノで、世界の歴史を知るのに不十分であるかがわかる】と思います。

    ポイント 21

     日本人は幸い、ユーラシア大陸の殺し合いの歴史から超然としていられましただからこそ【公平に世界の歴史を記すことができる】はずです。

     そして、ここ数百年ほどは不幸なことに、日本も超然と暢気に生きることができなくなってしまいましただからこそ【生き残るためには、世界の歴史の真実は何なのかを知らねばなりません】

     本書では、“日本人ならばこれくらいは知っておくべき”教養としての世界の歴史を講義します。』

    日の丸

    いかがでしょうか?

    今回ご紹介させて頂く書物は、タイトルにも書かれているとおり、8世紀頃まで古代の世界史について概観されていて、とてもお勧めの良書です。

    高校生が学校で嫌々ながらも教え込まれるニセモノの世界史の授業では、下の地図の赤い円のところの歴史を、ちゃんと教えられることはありません

    世界史地図 2

    この書物には詳しく書かれているのですが、そもそも赤い円の部分メソポタミアやそこから生じるイスラム世界文明の先進地域だったわけですが、また、このあとの時代に活躍するユーラシア大陸中部・北部遊牧民族たちの歴史が、高校生がお勉強させられている「世界史」から欠落しているんです♥

    遊牧民族強国であったことは、支那の秦万里の長城造らざるを得なかったことからも、容易に理解が出来ます。

    秦と遊牧民族

    ところが、匈奴や月氏の歴史を、キチンと学校で教えてもらえることはありません♥ 世界史の先生の頭の中にも、そんな知識格納されてもいません重要なのは秦よりも遥かに強国だったのが北方の遊牧民族だったということです。北の方が強いのです♥

    月氏 匈奴 戦国時代

    こちらもご参照♥

    世界に飛び立つ古代日本人 ~ 「月氏」

    『太陽神の子』 ~ シュメール人と日本人



    秦が滅亡した後の漢(前漢、紀元前206年~紀元8年)についても、まったく同じことが言えます。漢よりも遥かに強国だったのが匈奴です♥

    匈奴 前漢

    当時の中央アジアには、漢など足元にも及ばない巨大な勢力が存在していたんです♥ チベットだって強かったんです♥

    紀元前2世紀、匈奴の最大版図とその周辺国。
    紀元前2世紀、匈奴の最大版図とその周辺国。

    正しい理解は、北方に強国の匈奴があって、その周辺国の一つチッポケな漢があったということです。

    女性 ポイント 10

    匈奴 世界

    続いて、後漢(25年~220年)の頃には、鮮卑帝国勢力を拡張します。

    2世紀頃、鮮卑帝国とその周辺国。

    ここでも、北方の鮮卑帝国が強国であって、後漢その周辺国の一つにしか過ぎません♥

    後漢が滅亡し、三国志の時代に突入しますが、ここでもやっぱり北方の鮮卑帝国が強国になります♥

    鮮卑 三国時代

    こちらもご参照♥

    諸葛孔明って誰? ~ 騙されっぱなしの「三国志プロパガンダ」



    このあと、魏晋南北朝時代へと移って行くのですが、ここで北方の遊牧民族らが支那を蹂躙します♥ 支那へと侵入した北方遊牧民族らが、次々と新しい国を建設します。それが五胡十六国の時代で、五胡(ごこ)は、中国の魏晋南北朝時代に、中国に侵入した匈奴・鮮卑・羯・氐・羌5つの非漢民族のことをいいます。

    tousin2.jpg

    「 中国史では漢末から隋の再統一に至るまでの約四〇〇年間は、天下大乱の時代といわれる…その魏晋南北朝の時代は…北の夷狄(いてき)である胡人にとっても、南の漢人・越人にとっても、もっともダイナミックな大移民、大植民の時代であった。漢末からの流れを追って説明しよう。

     漢末に天下が崩壊した要因として知られるのが「黄巾の乱」(一八四年)である…漢帝国は四〇〇年かかって北は長城南は長江までしか実質的には漢化(支那人による植民地化)できなかった。それも中華文明の限界だった。漢帝国が崩壊してから、漢の原郷すなわち「中国」が五胡(※5つの非漢人)の植民地となり漢の遺民江南に追われて新しい植民地を開拓した。

     そこからまた約四〇〇年かかって、隋の煬帝が開削した大運河が南方植民地の食糧を北へ運び、唐以後の北方中国の生存土台を支えたのである。北方移民(僑民)を入植させるために、はじめ仮寓の地という意味で僑州、僑郡、僑県を設置し、さらにこれを定住させたのを「土断(どだん)」という。

    ※「華僑」の「僑」とは「植民地」の意。

     当時南朝の政治、軍事、文化各方面は主に北方移民に独占され、百越の民(※越人)を支配していた。六朝時代約四〇〇年の間、中華世界の民族大移動とは北方夷狄による「中国」の植民地化「中国」からの亡命政権による百越の地の植民地化である。この大移動の原動力夷狄の遊牧民と中原の流民であった。」


    詳しくはこちらをご参照♥

    支那人の民族大移動とは♥



    いかがでしょうか?

    北にやられっ放しの支那の歴史が御理解いただけましたでしょうか(笑)

    女性 笑う 1

    続きは次回に♥




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    Category: 世界史
    Published on: Thu,  27 2017 00:01
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