Toward an Alliance of Hope (希望の同盟へ)

    安倍総理 希望の同盟 2
    希望の同盟(きぼうのどうめい Alliance of Hope)は、日本とアメリカ合衆国の政治的・軍事的同盟関係(日米同盟)の別称である。

    日本の安倍晋三内閣総理大臣が訪米し、現地時間2015年4月29日にアメリカ議会上下両院合同会議で日本の首相として初めて演説を行った。その演説の中で安倍首相は、日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約(日米安保条約)に基づく日米の同盟をこう呼ぶことを提案した。演説のタイトル自体も「希望の同盟へ」(英語題名"Toward an Alliance of Hope")となっている

    安倍総理 希望の同盟 3

    日本語訳

    未来への希望

     『 まだ高校生だったとき、ラジオから流れてきたキャロル・キングの曲に、私は心を揺さぶられました。  「落ち込んだ時、困った時、...目を閉じて、私を思って。私は行く。あなたのもとに。たとえそれが、あなたにとっていちばん暗い、そんな夜でも、明るくするために」。

     2011年3月11日、日本に、いちばん暗い夜がきました。日本の東北地方を、地震と津波、原発の事故が襲ったのです。

     そして、そのときでした。米軍は、未曾有の規模で救難作戦を展開してくれました。本当にたくさんの米国人の皆さんが、東北の子供たちに、支援の手を差し伸べてくれました。

     私たちには、トモダチがいました。

     被災した人々と、一緒に涙を流してくれた。そしてなにものにもかえられない、大切なものを与えてくれた。

     ――希望、です。

     米国が世界に与える最良の資産、それは、昔も、今も、将来も、希望であった、希望である、希望でなくてはなりません。

     米国国民を代表する皆様。私たちの同盟を、「希望の同盟」と呼びましょうアメリカと日本力を合わせ世界をもっとはるかに良い場所にしていこうではありませんか

     希望の同盟――。一緒でならきっとできます。』

    英語版

    Hope for the future

    When I was young in high school and listened to the radio, there was a song that flew out and shook my heart.

    It was a song by Carol King.

    “When you're down and troubled, ...close your eyes and think of me, and I'll be there to brighten up even your darkest night.”

    And that day, March 11, 2011, a big quake, a tsunami, and a nuclear accident hit the northeastern part of Japan.

    The darkest night fell upon Japan.

    But it was then we saw the U.S. armed forces rushing to Japan to the rescue at a scale never seen or heard before.

    Lots and lots of people from all corners of the U.S. extended the hand of assistance to the children in the disaster areas.

    Yes, we've got a friend in you.

    Together with the victims you shed tears. You gave us something, something very, very precious.

    That was hope, hope for the future.

    Ladies and gentlemen, the finest asset the U.S. has to give to the world was hope, is hope, will be, and must always be hope.

    Distinguished representatives of the citizens of the United States, let us call the U.S.-Japan alliance, an alliance of hope.

    Let the two of us, America and Japan, join our hands together and do our best to make the world a better, a much better, place to live.

    Alliance of hope.... Together, we can make a difference.

    安倍総理 希望の同盟 1







    戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。

    そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。

    私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、

    客観的に情勢を判断する必要があります。

    それでは、この書物を見ていきましょう!




    『 (問題) 次のうち正しい記述を選べ。

    アメリカは、自国の経済的及び安全保障上の利益を守るためにアジアの同盟諸国を必要としている

    アジアの同盟諸国は、【中国の拡張主義】から自国を防衛するためアメリカの安全保障の傘を必要としている

    アジアの同盟諸国との同盟関係破綻すればアジア地域はさらに不安定化する。

    1~3のすべて

    悩む女の子2

     アメリカにとって、今ほど【アジアで同盟関係を構築するのに絶好の時期】はない。

    安倍 トランプ 4

    だが同時に今ほど最悪な状況もない

    驚き顔

     絶好の時期だという理由は、2008年以来特に顕著になった【中国の拡張主義的な行動】アジアの近隣諸国が危機感を募らせ、【強力な対中国同盟の必要性】に目覚めたことである。

    安倍 トランプ 3

    それ以来、日本フィリピンなどの従来からの同盟国は、アメリカとの連携の強化を求めている。インドインドネシアマレーシアシンガポールベトナムといった他の国々も、アメリカの安全保障の傘とのさらに密接な関係を結ぼうと(あるいは結び直そうと)するようになった

    安倍総理 トランプ 10

     アメリカの外交にとってこのように【望ましい政治的展開】になっているにもかかわらず効果的な同盟関係を構築するのに現在ほど最悪な状況もない問題の根本には、アメリカ議会やペンタゴンやホワイトハウスが世界中の他の問題にかまけて【注意散漫になっている】ことがあるかもしれない。

    ポイント 女性

     【最悪の状況を象徴】しているのが、アメリカのいわゆる【「アジア重視」戦略】である。

    オバマ アジア重視

    2011年、アジア地域の経済的及び安全保障上の重要性に遅ればせながら気づいたバラク・オバマ大統領は、当時の国務長官ヒラリー・クリントンの熱心な勧めに従い

    「今後アメリカアジア太平洋地域国家安全保障政策の主要な焦点とする」

    と華々しく宣言した。その一環として、【ペンタゴンは、太平洋に回す海軍艦隊の割合をおよそ60%にまで引き上げると発表】した。

     しかし、【こうした発表は口先だけの嘘の約束だと判明】した。【アメリカは、約束の実行に見事に失敗した】のである。失敗の原因は簡単な計算をすればすぐに分かる。

    オバマ 内緒

    こちらもご参照♥

    オバマと、アメリカ共産党と、ユダヤ人



     まず、アメリカ海軍の艦船保有数は、ピークであったレーガン政権時代(1980年代)の500隻以上から現在の300隻以下にまで、【一貫して縮小】を続けてきた。継続的かつ大幅防衛予算削減により、【さらに200隻程度にまで縮小する】ものと思われる。

    ポイント 女性

     この右肩下がりの艦船保有数について、アメリカ海軍大学校トシ・ヨシハラ教授は言う。

    トシ・ヨシハラ教授
    トシ・ヨシハラ教授

    【2020年までにアメリカがアジア地域に回す戦力は、2011年にアジア重視政策が始まったときとまったく変わらない】だろう。相対的な「配分」はたしかに太平洋へシフトするけれども、【絶対数が減少】しているのだから。数学的用語を使って言えば、【縮小した艦隊の60%がアメリカのアジア重視政策を振り出しに戻すだろう】、ということになる。』

    日の丸

    いかがでしょうか?

    今回ご紹介させて頂きますこの書物著者は、トランプ大統領の「四頭体制」メンバーの一人である、ピーター・ナヴァロです。

    ピーター・ナヴァロ 2
    ピーター・ナヴァロ

    著者の考え方非常にシンプルで、「支那からモノを買うな!」です♥

    ピーター・ナヴァロ 1

    つまり、中国の経済成長を減速させる中国との貿易関係の「リバランス」を図る、そして中国の軍拡を減速させればアジアにおける潜在的覇権国になることができないそのためにも「支那からモノを買うな!」ということです♥

    ポイント 女性

    そして、重要なポイントが、繰り返しになりますけれども、

    ( 日本 + アメリカ ) > 支那

    という形で、圧倒的なパワー(軍事、金融、経済、文化他あらゆる領域)で、その「差を見せつける」ことです。

    安倍総理 トランプ 4

    そして、このことはすでに既定路線であって、現在、あるシナリオに沿って世界は動いています

    中国 バブル

    詳しくはこちらをご参照♥

    トランプ新大統領誕生で加速すること ~ 世界の流れは「ABCDEFG」



    で、足元のトランプ政権が、軍事面どのような動きをしているのか、良く分かる解説動画がございましたので、ご紹介させて頂きます。さすがに動きが速いですね!私たち日本も見習わないといけません



    さて、ここからは昨日の続きになります。

    時代は14世紀ヨーロッパで中世と呼ばれ、私たち日本が室町時代にあった頃、イングランド王国は、大陸側のフランス王国との戦争を繰り返しつつ次第に現在のイギリスの形を整えていくようになります。

    国史と西洋史 4

    英国史上最低の国王と呼ばれたエドワード2世を、その王妃であるイザベラ・オブ・フランス愛人のロジャー・モーティマーとともにクーデターを起こし、捕えたエドワード2世を廃位に追いやり、皇太子エドワード3世に王位を継がせることに成功、挙句には、エドワード2世の殺害まで命じ、愛人とともに、エドワード3世の摂政として権力を握りました

    夫エドワード2世を逮捕させ、息子の皇太子エドワードとともにイングランドへ戻ったイザベラ王妃
    夫エドワード2世を逮捕させ、息子の皇太子エドワードとともにイングランドへ戻ったイザベラ王妃

    ところが、イザベラ・オブ・フランスと愛人のロジャー・モーティマーによる政治は、国民に強い不満を生じさせ、やがて息子である国王エドワード3世のクーデターを引き起こします。

    エドワード3世
    エドワード3世

    以下は、Wikipediaからの抜粋です。

    「 政治はイザベラと、エドワード3世から1328年にウェールズ辺境伯とマーチ伯の地位を与えられた愛人モーティマーが掌握した。彼らはフランスと講和し、エディンバラ・ノーサンプトン条約ではスコットランド王国の独立を認めスコットランド王太子デイヴィッド(後のデイヴィッド2世)とエドワード3世の妹ジョーンの結婚による同盟を締結するなど、数々の屈辱的外交を行い国民も強い不満を抱くようになった

     1330年10月、モーティマーによってエドワード3世の叔父ケント伯エドマンド国王の許可なく処刑された事に反発していたエドワード3世は親政の開始を望み、イザベラとモーティマーに対するクーデターを開始。ノッティンガムでモーティマーは逮捕された。モーティマーは11月末の議会で「悪名高き罪」により絞首刑を宣告された。彼は市中引き廻しの上タイバーン刑場で処刑され最後は遺体を切り刻まれた。王太后イザベラは、一切の権限を剥奪されライジング城へ幽閉された


    タイバーン・トゥリー

     イザベラカペー本家の出身であり、フランスの王位継承権を主張できる立場にあった。エドワード3世は傍系ヴァロワ家出身のフィリップ6世の即位に異議を唱え自らフランス王位継承を求めていたため、母を罪人として断罪することが出来なかった。

     28年に及ぶ幽閉の間、イザベラはモーティマーの処刑を思い出して、時折精神異常に陥ったという。1358年に死去し、遺言でモーティマーの眠るグレイ・フライアーズ僧院へ埋葬された。」


    こうして、エドワード3世による本格的な治世が始まります。15歳で即位した1327年から3年後のことです。以降、1377年まで在位期間はなんと50年にも及びます。

    さて、イングランド王エドワード3世の伯父にあたるのが、フランス王シャルル4世でしたが、1328年両国は和睦を結びます。

    シャルル4世

    そもそも、何故この両国が争っているのかは、これまでにも書かせて頂いている通り、フランス王の臣下が、フランス王国に領土を所有したままイングランド王を名乗ったことに始まります

    1172年頃のアンジュー帝国の版図
    1172年頃のアンジュー帝国の版図

    こちらをご参照♥

    イギリスにもある「万里の長城」 ~ イギリス王室とヴァイキング



    ドイツリスクとオダリスク ~ 夢見るドイツのロマン主義 

    ドイツ人の「夢見る」性格と「パヨクの素」



    で、和睦を結んだフランス王シャルル4世が、1328年、跡取りのいない状態(息子が夭折、娘しかいなかった)で死去カペー朝が断絶します。

    カペー朝の紋章
    カペー朝の紋章

    ここで、フランス王シャルル4世妹イザベラ・オブ・フランス息子であるイングランド王エドワード3世は、シャルル4世の甥であり、フランス王国の王位継承を主張することになります。

    この時に、その領有権で問題となったのがアキテーヌ地方でした。

    アキテーヌ地方
    アキテーヌ地方

    アキテーヌ公の紋章
    アキテーヌ公の紋章

    「欠地王」あるいは「失地王」と呼ばれ、「ロビン・フッド」の物語でも、悪い王様として描かれる、プランタジネット朝の第3代イングランド国王ジョンの治世以降、かろうじて残されていたのが、このアキテーヌ地方だったんです♥

    1180年と1223年のフランスにおけるプランタジネット家の版図(赤)とフランス王領(青)、諸侯領(緑)、教会領(黄)
    1180年と1223年のフランスにおけるプランタジネット家の版図(赤)とフランス王領(青)、諸侯領(緑)、教会領(黄)

    こちらをご参照♥

    「ヨーロッパの祖母」と「獅子心王」



    戦う人、祈る人、働く奴隷  ~ ヨーロッパ独自の身分制度「フューダリズム」



    やがて、このアキテーヌ領有問題を切っ掛けとして、有名な「百年戦争」へと突入していくことになります。

    シャルル7世の戴冠とジャンヌ・ダルク
    シャルル7世の戴冠とジャンヌ・ダルク

    続きは次回に♥




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    Category: 国際
    Published on: Tue,  28 2017 00:01
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