洗礼者ヨハネとサロメ

    フランツ・フォン・シュトゥック 『サロメ』1906年
    フランツ・フォン・シュトゥック 『サロメ』1906年

    『サロメ』(Salomé)は、オスカー・ワイルドの戯曲新約聖書を元にした内容。フランス語で書かれ、1891年にパリで出版された。三年後(1894年)に出版された英訳版ではオーブリー・ビアズリーの挿画が使用されている。英訳したのは、ワイルドの同性愛の相手であるアルフレッド・ダグラス。内容の背徳性から、しばらく上演できなかった。

    オーブリー・ビアズリーによるイラストレーション(1894)
    オーブリー・ビアズリーによるイラストレーション(1894)





    戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。

    そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。

    私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、

    客観的に情勢を判断する必要があります。

    それでは、この書物を見ていきましょう!




    『 一世代前自由者義的な政策が制定され、諸条件がその制定に都合よく揃(そろ)っていた頃、一般民衆は、まだ【ユダヤ人に対する往年の敵意】を抱いていたかもしれない。しかし【西ヨーロッパのユダヤ人の数は非常に限られていた】(フランスとイングランドを合わせても数千人たらずで、イタリアもさほど多くはなかった)。

    世界のユダヤ人人口、1700年~2014年

     ユダヤ人の大部分は、大きな町貧民とは直接に競合し合わない階級に属していた。また田舎にはユダヤ人はいなかった。…【当時、宗教が急速に衰退した】ことにより、一つの障壁が打ち壊されたが、【支配者階級が旧来の領主から近代の財閥に代わった】ことで、また別の障壁も崩れ去った。【18世紀の特徴であった国際的な貴族社会が崩壊】したことで、ユダヤ人は、彼らがたまたま寄留することになった国、あるいは少なくとも最後に住んでいた国の市民と今まで以上に見分けがつかなくなり、その区別をしない習慣がさらに強化されていった。

    世界のユダヤ人人口の分布割合 : 1880年~2014年

     新しい産業が富を生み出したことや、【新しい国際的金融が登場】したことも、同じような区別をなくす結果に一役買った。その一方で、【ユダヤ人もままた自由業のあらゆる分野にうまく参入しはじめた】。だが、【まだ何も支配するには至ったいなかった】。…

    ポイント 女性

     この時代では、【ワーテルローの戦から、1870年から71年の戦争(※普仏戦争のこと)でフランスが敗北した直後の数年までの間】に、西洋文明圏で【ユダヤ人の重要性と地位が、かつては想像できなかったほどに向上】した。けれども、それでショックを与えることはなく、またほとんど注意を引くこともなかった。彼らは【議会や、貴族階級の至るところに入り込み、大学にも大量に入り込んだ】

    ベンジャミン・ディズレーリ(第40代イギリス首相)
    ベンジャミン・ディズレーリ(第40代イギリス首相)

    大英帝国の首相となったユダヤ人もいれば、イタリア復活を先導する指導者となった者もいた。

    ダニエーレ・マニン(ヴェネツィア臨時政府の大統領)
    ダニエーレ・マニン(ヴェネツィア臨時政府の大統領)

    ナポレオン3世に反旗を翻(ひるがえ)した者もいた。彼らは、【どの国の主要機関でもその数を増していた】。重要なオックスフォードケンブリッジなどのカレッジでは、【特別研究員と同等の地位】に就き始めた。…

     【ユダヤ人はまた初めてヨーロッパの外交の中にも入ってきた】。陸軍や海軍はまだ彼らの影響を受けていなかった。【ユダヤ人の血統を引く一族は、支配者階級にも存在】した。【フリーメイソンという団体(ユダヤ人とはとても密接に結びついており、そのすべての儀式はユダヤ的な性格を持つ)は急増】した。名を伏せた通信社の成長と、匿名の商業制度の増加によって【彼らの権力はさらに広がった】

    こちらもご参照♥

    アメリカの『ホワイト・ギルト』という自虐史観・・・報道されない「ポリティカル・コレクトネス」


     しかし、【この大変化を起こした原因がすべてユダヤ人にあると思っては、勘違いというもの】である。ユダヤ人がその変化を起こしたのではなくその変化に便乗していたのである

    ポイント 女性

    しかし、【それが彼らにとって有利に働いたことは明らか】である。そして最後になって気がついてみれば、【ユダヤ人は、西ヨーロッパの統治機関の代表となっていた】のだが、その人口に対する割合は他の民族との比較を絶し50倍あるいは100倍もの割合であった。【ユダヤ人は、あらゆる所で主要な一族と結婚】をした。形勢が変化する兆候が現れる前から、【すでにユダヤ人たちは現在の地位をものにしていた】わけである。そして今【彼らは攻撃を受けている】。彼らを【その地位から追い出そうとする試み】が、強力に用意されているのだ。…

     【フランスが敗北した日は、教皇の世俗的な権力も崩壊した日】でもあった。ここでもまた【ユダヤ人が一役買っていた】のである。

    ポイント 女性

    新しいイタリアの近未来で、【もうひとまわり大きな役割を演ずる機会がユダヤ人に訪れた】のだった。数年も経たないうちに、【ローマではユダヤ人の市長が誕生】することになっていた。この知事は、【ローマ市と、特に教育制度の非キリスト教化を全力で支援した】のである。』

    日の丸

    いかがでしょうか?

    「ユダヤ人」に関して書かれている本書は、よくある劣悪な「ユダヤ陰謀説」の類の本ではなく、歴史の中でユダヤ人の置かれていた状況や、その時々の時代背景、ユダヤ人とキリスト教徒との摩擦が生じる原因など、キチンと論理的に解説がなされている非常に秀逸な書物です♥

    初版は、今から100年ほど前に、イギリスで出版されています。当時のヨーロッパの世相が、非常にリアルに描写されています。

    いま、ヨーロッパでは、この書籍に描かれた当時のような、「反ユダヤ主義」が頭を擡(もた)げてきています。イスラエルへと逃げ出すユダヤ人も多いようで・・・

    こちらもご参照♥

    ユダヤ人って何? ~ だれも関心すら持たないのに、勝手に「差別」されていると思い込む人々



    中東でドイツ人が褒められるワケ



    さて、ここからは前回の続きになります♥

    「イエス・キリストはキリスト教の創始者ではない」

    これを理解するためには、「ユダヤ教の分裂」の歴史を知っておく必要がります。そもそも、ユダヤ人であるイエスは、あくまでもユダヤ教徒でしかあり得ないんです♥

    紀元前140年、シリアから独立したハスモン朝は、ユダ王国が滅ぼされ(紀元前586年)てから、400年以上を経て復活したユダヤ人国家でしたが、この王朝を開いたハスモン家は、イスラエル王であったダビデの血筋に属していないため、イスラエルの統治者としては相応しくないという考え方が生じてきます。

    このハスモン家の正当性をめぐってユダヤ教の内部で、「サドカイ派」「ファリサイ派」、この二派への「分離」が鮮明になってきます。

    エルサレム神殿による祭司たちから構成されて権力側に密着したサドカイ派と、民衆の中にあって宗教者としての指導力を発揮しながらも政治的指導者とは距離をとったファリサイ派という構図です。ファリサイ派は、律法への忠実さを特色としています。

    のちに、ファリサイ派から発生しながらも、ファリサイ派と一線を画しているエッセネ派が生まれ、このエッセネ派はキリスト教の発生に影響を与え神殿崩壊後のユダヤ教を支える思想的な基礎となるものでもあったのですが、三つ巴の派閥抗争を制したのはファリサイ派でした。

    もう一つ重要な点は、新約聖書には、ファリサイ派とサドカイ派は記述されているのですが、なぜか、当時の主要なグループであったエッセネ派が一切登場しない点です♥

    グリゴリー ・ ガガーリン 『キリストの洗礼』
    グリゴリー ・ ガガーリン 『キリストの洗礼』

    王位継承をめぐって内戦が起こり、ローマ帝国の介入を招き、事実上のローマ帝国の属領となったイスラエルで、新しく王朝を開いたのが、ヘロデ大王でした。

    ヘロデ大王
    ヘロデ大王

    イエスの父親である可能性があるのが、このヘロデ大王です♥

    ヘロデ大王時代のヘロデ朝の支配地
    ヘロデ大王時代のヘロデ朝の支配地

    さて、マタイの福音書とルカの福音書だけが、イエスの出身地をイスラエル南部のベツレヘムだと書き記しているのですが、ベツレヘムの名新約聖書の他のどこにも出てきません。これは、ユダヤ人が待望するメシアである為には、ダビデの子孫である必要があり、ダビデと同じ村のベツレヘム出身でなくてはならなかった。だから、福音書に「嘘」を書いたと考えられます。

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    実際のところ、イエスはイスラエル北部のガリラヤ地方にあった小さな村「ナザレ」の出身であると考えられます。「ナザレのイエス」と呼ばれるのは、そのためです♥

    ヨルダン川の河畔で、ある人物が人々に洗礼を授けていました。この人物が「洗礼者ヨハネ」で、西暦28年ころ、当時30代前半だったと思われる「ナザレのイエス」洗礼を授かります

    ヴォイチェフ・ゲルソン 『イエスと洗礼者ヨハネ』
    ヴォイチェフ・ゲルソン 『イエスと洗礼者ヨハネ』

    この洗礼者ヨハネが、どういうことを言っていたのかをみてみましょう。

    以下、Wikipediaからの抜粋です。

    「 『マタイによる福音書』3章によればヨハネは「らくだの皮衣を着、腰に革の帯をしめ、いなごと野蜜を食べ物」とする人物であった。ヨルダン川の河畔の「荒野」で「神の国」が近づいたことを人びとに伝え人びとに「悔い改め」を迫って罪のゆるしに至る洗礼を授けていた西暦28年ころにはナザレのイエスにも洗礼を授けた。イエスこののちヨハネによって創始された荒野での洗礼活動に入っている。なお、ヨハネが求めた「悔い改め」とは道徳的な改心ではなく、むしろ、従来の当時のユダヤにおける人間の生活上の価値基準を180度転換すること文字通りの「回心」であった。ヨハネは、ファリサイ派など当時のユダヤの主流派が過去において律法を守って倫理的な生活を送ってきたことを誇り、それを基準として律法を守らない人びと、あるいは、貧困などによって守りたくても守ることのできない人びとを差別し穢(けが)らわしいものとして蔑む心のありようを「罪」と考えたのである。

     なお、『ヨハネによる福音書』1:35では、他の福音書でもイエスの最初の弟子とされるシモン・ペトロとアンデレが以前はヨハネの弟子であったとしている」


    アルブレヒト・デューラー 『ヘロデ・アンティパスとイエス』1509年
    アルブレヒト・デューラー 『ヘロデ・アンティパスとイエス』1509年

    この当時、ガラリアの領主だったのが、ヘロデ大王の子の一人ヘロデ・アンティパスでした。

    ヘロデ・アンティパスは、最初の妻と離縁し、異母兄の妻であったヘロディアという女性を妻としました。

    ポール・ドラローシュ 『ヘロデヤ』
    ポール・ドラローシュ 『ヘロデヤ』

    このことを、洗礼者ヨハネは、モーセの「十戒」で禁じられている「姦淫」であると非難したのですが、捕えられて、首を撥ねられて処刑されます。

    カラヴァッジオ 『ヨハネの首を持つサロメ』
    カラヴァッジオ 『ヨハネの首を持つサロメ』

    この顛末をモチーフに描かれた作品が、冒頭でご紹介させて頂いている戯曲『サロメ』です。

    以下、Wikipediaからの抜粋です。

    「 あらすじ

     ユダヤの王エロドは、自分の兄である前王を殺し妃を奪い今の座に就いた。妃の娘である王女サロメに魅せられて、いやらしい目を彼女に向ける。その視線に堪えられなくなったサロメは、宴の席をはずれて、預言者ヨカナーン(洗礼者ヨハネ)が閉じ込められている井戸に向かう。預言者は不吉な言葉を喚き散らして、妃から嫌がられている。預言者との接触は王により禁じられているのだが、サロメは色仕掛けで見張り番であるシリアの青年に禁を破らせて、預言者を見てしまう。そして彼に恋をするのだが、預言者のほうは彼女の忌まわしい生い立ちをなじるばかりである。そして事態は思わぬ方向へ向かう。」




    以下、Wikipediaからの抜粋です。

    「 “そのころ、領主ヘロデはイエスのうわさを聞いて、家来に言った、「あれはバプテスマのヨハネだ。死人の中からよみがえったのだ。それで、あのような力が彼のうちに働いているのだ」。というのは、ヘロデは先に、自分の兄弟ピリポの妻ヘロデヤのことでヨハネを捕らえて縛り、獄に入れていた。すなわち、ヨハネはヘロデに「その女をめとるのはよろしくない」と言ったからである。そこでヘロデはヨハネを殺そうと思ったが、群集を恐れた。彼らがヨハネを預言者と認めていたからである。さてヘロデの誕生日の祝に、ヘロデヤの娘がその席上で舞をまい、ヘロデを喜ばせたので、彼女の願うものは、なんでも与えようと、彼は誓って約束までした。すると彼女は母にそそのかされて、「バプテスマのヨハネの首を盆に載せて、ここに持ってきていただきとうございます」と言った。王は困ったが、いったん誓ったのと、また列座の人たちの手前、それを与えるように命じ、人をつかわして、獄中でヨハネの首を切らせた。その首は盆に載せて運ばれ、少女にわたされ、少女はそれを母のところに持って行った。それから、ヨハネの弟子たちがきて、死体を引き取って葬った。そして、イエスのところに行って報告した。”

    (マタイによる福音書 第14章1~12)」




    ティツィアーノ 『洗礼者ヨハネの首を持つサロメ』1515年頃
    ティツィアーノ 『洗礼者ヨハネの首を持つサロメ』1515年頃

    続きは次回に♥




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    Category: ユダヤ
    Published on: Sun,  15 2017 00:01
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