魯迅と村上春樹

    魯迅 2
    魯迅(ろじん 1881年9月25日 - 1936年10月19日)は、中華民国の小説家、翻訳家、思想家である。浙江省紹興市の士大夫の家系に生まれた。父は周鳳儀、母は魯瑞、弟に文学者・日本文化研究者の周作人(1885-1967)、生物学者の周建人(1888-1984)がいる。中国で最も早く西洋の技法を用いて小説を書いた作家である。その作品は、中国だけでなく、広く東アジアでも愛読されている。日本でも中学校用のすべての国語教科書に彼の作品が収録されている。

    魯迅の人生の最後の6年間は、左派的な理念によって育まれた多くの人にとって突出した文化的英雄であった。彼の死後、ほどなくして20巻からなる『魯迅全集』が出版されたが、これは現代中国文学界における空前の出来事であった。中国現代作家の中で、このような栄誉に浴したのは魯迅以外にはいない。このような栄誉は、中国共産党により作り出されたものである。国民党との奪権闘争を通じて、かれは中国共産党にとって人民に愛される反政府的な愛国主義を宣伝する代弁者として非常に利用価値の高い存在だったからである。毛沢東は、国防文学論戦ですでに魯迅を盾にして党内の敵対派閥を叩くという巧みな戦術を展開していたが、魯迅の死後には中国共産党統治の正統性を宣伝するために徹底的に魯迅を利用していった。日中戦争開始直後の1937年10月、共産党中央と中国紅軍総司令部が置かれていた延安では、魯迅逝世1周年を記念する集会が開かれ、毛沢東が「魯迅の中国における価値は、わたしの考えでは、中国の第一等の聖人とみなされなければならない」と講演した。民国期の言論界で、欧米・日本の帝国主義国に対し抵抗しつつ、その近代文化を主体的に受容しようとした点、および左翼文壇の旗手としての国民党批判者としての「戦歴」により、魯迅中国革命の聖人へと祭り上げられた





    戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。

    そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。

    私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、

    客観的に情勢を判断する必要があります。

    それでは、この書物を見ていきましょう!




    『 本章で取り上げる人物は、【日本でも高名な文学者、魯迅(ろじん)】である。

    魯迅
    魯迅

     魯迅が文学者として世に知られるようになったのは、1918年に北京において【「狂人日記」という短編小説】を発表してからのことである。

    『狂人日記』 魯迅
    『狂人日記』 魯迅

    以来、魯迅は多くの小説や散文や詩を続々と発表して「大文豪」としての地位を不動のものにした。1920年代から現在に至るまで、彼の作品中国ばかりでなく日本や世界各国で広く読まれ続けている

     中国では、中華人民共和国となって久しい現在においても魯迅の作品一貫して中学校や高校の国語教科書の定番掲載文である。そして中国と日本、双方で「魯迅」をテーマとする研究が盛んとなっており、いわば「魯迅学」一つの研究分野として定着してきている観がある。

     魯迅があらゆる意味において中国の近代文学を代表する大文学者であることを否定する人など、まずいないだろうが、後述するように、【魯迅が文学の道を歩むことを決心したのは、やはり日本留学中のこと】であった。本書に登場した多くの人びとと同様【魯迅もまた、日本が育てた「中国近代の傑物」の一人】なのである。…

    ポイント 女性

     ここではまず、【魯迅の出世作であり、代表的な作品の「狂人日記」】から見てみよう。…

     タイトルのとおり、この小説は、一人の「狂人」狂気のなかでいろいろと日記を書いたとの設定で、「日記」の内容そのまま小説にしている

    ポイント 女性

     日記のなかで「狂人」は、自分の家族を含めた周りの者が全員「人食い人種」となって自分を食べようと企んで居ると見て怯えて居る

    驚き 女性 いや 

    つまり、「自分が周りの人間たちに喰われようとしている」という「狂人」の被害妄想小説の内容となっているわけだが、もちろん魯迅はたんに、一人の「気狂い」の被害妄想を面白く書こうとしているわけではない

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    たんなる「被害妄想」を書いたものなら歴史に残るほどの名小説になれるはずもない。【魯迅はむしろ、「狂人」の被害妄想から一つの真実を描こうとしている】のである。

    ポイント 女性

     その真実とは

    「『狂人』の妄想は、別の意味においてはけっして妄想ではない」

    ということである。

    ポイント 女性

    すなわち【中国の社会はまさに人が人を喰うような社会】であり、【中国の歴史はそのまま、人が人を喰うような歴史】だ、ということだ。

    ポイント 22

     この小説が発表されると、直ちに大きな反響を呼んだが、おそらく多くの中国人とくに感覚の鋭い中国の知識人たちは、この「真実なる妄想」に大きな共鳴を覚えたのであろう。小説を読み終わった瞬間、彼らは、

    「なるほど、自分たちが生きている【この中国社会は、人が人を喰うような残酷な社会】だ。自分の周りの者たちは、虎視眈々(こしたんたん)として自分を食い物にしようとしているのではないか

    忽然(こつぜん)と悟って戦慄(せんりつ)したのである。

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    習近平 パレード2
    命だけは 習近平

     一人の少年が「王様は何も着ていないよ」と喝破したのと同じように、魯迅一人の「狂人」を妄想を通じて「中国社会は人が人を喰うような暗黒社会だ」という【誰もが薄々は気が付いて恐れていた真実を、白日の下に晒(さら)した】のである。』

    日の丸

    いかがでしょうか?

    この魯迅については、何回か書かせて頂いてますが、非常にまともな感覚を持った支那人でした♥

    司馬遼太郎のデタラメ本とともに、なぜか、日本のオジサンたちが喜ぶ「歴史もの」といえば、『三国志演義』がありますが、当の支那人である魯迅は、徹底的に馬鹿にしています♥ とくに、日本のオジサンに人気の高いキャラの「劉備」を偽善者「諸葛亮孔明」などはバケモノって断じています♥

    詳しくはこちらをご参照♥

    諸葛孔明って誰? ~ 騙されっぱなしの「三国志プロパガンダ」



    また、魯迅に弟子入りした日本人増田渉(ますだわたる)著・『魯迅の印象』の中で、当時、農民を虐殺していた中国共産党に対して、「農民を殺すのはよくない」と批判していた魯迅について書かれています。

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    詳しくはこちらをご参照♥

    中国共産党のお家芸 ~ 「AB団粛清事件」



    結局、毛沢東に利用されるだけ利用された魯迅ですが、彼の『狂人日記』を少し見てみましょう♥


    狂人日記  魯迅 井上紅梅訳

     某君兄弟数人はいずれもわたしの中学時代の友達で、久しく別れているうち便りも途絶えがちになった。先頃ふと大病(たいびょう)に罹(かか)った者があると聞いて、故郷(こきょう)に帰る途中立寄ってみるとわずかに一人に会った。病気に罹ったのはその人の弟で、君がせっかく訪ねて来てくれたが、本人はもうスッカリ全快して官吏候補となり某地へ赴任したと語り、大笑いして二冊の日記を出した。これを見ると当時の病状がよくわかる。旧友諸君に献じてもいいというので、持ち帰って一読してみると、病気は迫害狂の類で、話がすこぶるこんがらがり、筋が通らず出鱈目(でたらめ)が多い。日附(ひづけ)は書いてないが墨色(すみいろ)も書体も一様でないところを見ると、一時(じ)に書いたものでないことが明らかで、間々(まま)聯絡(れんらく)がついている。専門家が見たらこれでも何かの役に立つかと思って、言葉の誤りは一字もなおさず、記事中の姓名だけを取換えて一篇にまとめてみた。書名は本人平癒後自ら題したもので、そのまま用いた。七年四月二日しるす。



     今夜は大層月の色がいい。
     乃公(おれ)は三十年あまりもこれを見ずにいたんだが、今夜見ると気分が殊(こと)の外(ほか)サッパリして初めて知った、前の三十何年間は全く夢中であったことを。それにしても用心するに越したことはない。もし用心しないでいいのなら、あの趙家(ちょうけ)の犬めが何だって乃公の眼を見るのだろう。
     乃公が恐れる理わけがある。




     今夜はまるきり月の光が無い。乃公はどうも変だと思って、早くから気をつけて門を出たが、趙貴翁(ちょうじいさん)の目付(めつき)がおかしいぞ。乃公を恐れているらしい。乃公をやっつけようと思っているらしい。ほかにまだ七八人もいるが、どれもこれも頭や耳を密著(くっつ)けて乃公の噂をしている。乃公に見られるのを恐れている。往来の人は皆そんな風だ。中にも薄気味の悪い、最もあくどい奴は口をおッぴろげて笑っていやがる。乃公は頭の天辺(てっぺん)から足の爪先(つまさき)までひいやりとした。解った。彼らの手配がもうチャンと出来たんだ。乃公はびくともせずに歩いていると、前の方で一群の子供がまた乃公の噂をしている。目付は趙貴翁と酷似(そっくり)で、顔色は皆鉄青(てっせい)だ。一体乃公は何だってこんな子供から怨みを受けているのだろう。とてもたまったものじゃない。大声あげて「お前は乃公にわけを言え」と怒鳴ってやると彼らは一散に逃げ出した。
     乃公と趙貴翁とは何の怨みがあるのだろう。往来の人にもまた何の怨みがあるのだろう。そうだ。二十年前、古久(こきゅう)先生の古帳面(ふるちょうめん)を踏み潰したことがある。あの時古久先生は大層不機嫌であったが、趙貴翁と彼とは識合(しりあい)でないから、定めてあの話を聞伝(ききつた)えて不平を引受け、往来の人までも乃公に怨みを抱くようになったのだろう。だが子供等は一体どういうわけだえ。あの時分にはまだ生れているはずがないのに、何だって変な目付でじろじろ見るのだろう。乃公を恐れているらしい。乃公をやっつけようと思っているらしい。本当に恐ろしいことだ。本当に痛ましいことだ。
     おお解った。これはてっきりあいつ等のお袋が教えたんだ。




     一晩じゅう睡(ねむ)れない。何事も研究してみるとだんだん解って来る。
     彼等は――知県(ちけん)に鞭打たれたことがある。紳士から張手(はりで)を食(くら)ったことがある。小役人から嚊(かかあ)を取られたことがある。また彼等の親達が金貸からとっちめられて無理死(むりじに)をさせられたことがある。その時の顔色でもきのうのようなあんな凄いことはない。
     最も奇怪に感じるのは、きのう往来で逢ったあの女だ。彼女は子供をたたいてじっとわたしを見詰(みつ)めている。「叔(おじさん)、わたしゃお前に二つ三つ咬(か)みついてやらなければ気が済まない」これにはわたしも全くおどかされてしまったが、あの牙ムキ出しの青ッ面(つら)が何だかしらんが皆笑い出した。すると陳老五(ちんろうご)がつかつか進んで来て、わたしをふんづかまえて家(うち)へ連れて行った。家(うち)の者はわたしを見ても知らん振りして書斎に入ると鑰(かぎ)を掛け、まるで鶏鴨(とり)がものように扱われているが、このことはどうしてもわたしの腑に落ちない。
     四五日前に狼村(おおかみむら)の小作人が不況を告げに来た。彼はわたしの大(おお)アニキと話をしていた。村に一人の大悪人(だいあくにん)があって寄ってたかって打殺(うちころ)してしまったが、中には彼の心臓をえぐり出し油煎(あぶらいり)にして食べた者がある。そうすると肝が太くなるという話だ。わたしは一言(ひとこと)差出口(さしでぐち)をすると、小作人と大アニキはじろりとわたしを見た。その目付がきのう逢った人達の目付に寸分違いのないことを今知った。
     想い出してもぞっとする。彼等は人間を食い馴なれているのだからわたしを食わないとも限らない
     見たまえ。……あの女がお前に咬みついてやると言ったのも、大勢の牙ムキ出しの青面(あおつら)の笑も、先日の小作人の話も、どれもこれも皆暗号だ。わたしは彼等の話の中から、そっくりそのままの毒を見出し、そっくりそのままの刀を見出す、彼等の牙は生白(なまじろ)く光って、これこそ本当に人食いの道具だ。
     どう考えても乃公は悪人ではないが、古久先生の古帳面に蹶躓(けつまづ)いてからとても六(む)ツかしくなって来た。彼等は何か意見を持っているようだが、わたしは全く推測が出来ない。まして彼等が顔をそむけて乃公を悪人と言い布ふらすんだからサッパリわからない。それで想い出したが、大アニキが乃公に論文を書かせてみたことがある。人物評論でいかなる好人物でもちょっとくさした句があると、彼はすぐに圏点(けんてん)をつける。人の悪口(あくこう)を書くのがいいと思っているので、そういう句があると「翻天妙手(ほんてんみょうしゅ)、衆と同じからず」と誉め立てる。だから乃公には彼等の心が解るはずがない。まして彼等が人を食おうと思う時なんかは。
     何なんに限らず研究すればだんだんわかって来るもので、昔から人は人をしょっちゅう食べている。わたしもそれを知らないのじゃないがハッキリ覚えていないので歴史を開けてみると、その歴史には年代がなく曲り歪んで、どの紙の上にも「仁道義徳」というような文字が書いてあった。ずっと睡(ねむ)らずに夜中まで見詰めていると、文字の間からようやく文字が見え出して来た。本一ぱいに書き詰めてあるのが「食人」の二字
     このたくさんの文字は小作人が語った四方山(よもやま)の話だ。それが皆ゲラゲラ笑い出し、気味の悪い目付でわたしを見る。
     わたしもやっぱり人間だ。彼等はわたしを食いたいと思っている




     朝、静坐(せいざ)していると、陳老五が飯を運んで来た。野菜が一皿、蒸魚(むしうお)が一皿。この魚の眼玉は白くて硬く、口をぱくりと開けて、それがちょうど人を食いたいと思っている人達のようだ。箸をつけてみると、つるつるぬらぬらして魚かしらん、人かしらん。そこではらわたぐるみそっくり吐き出した。
    「老五、アニキにそう言ってくれ。乃公は気がくさくさして堪らんから庭内を歩こうと思う」
     老五は返事もせずに出て行ったが、すぐに帰って来て門を開けた。
     わたしは身動きもせずに彼等の手配を研究した。彼等は放すはずはない。果してアニキは一人のおやじを引張って来てぶらぶら歩いて来た。彼の眼には気味悪い光が満ち、わたしの看破りを恐れるように、ひたすら頭を下げて地に向い、眼鏡の横べりからチラリとわたしを眺めた。アニキは言った。
    「お前、きょうはだいぶいいようだね」
    「はい」
    「きょうは何先生(かせんせい)に来ていただいたから、見てもらいな」
    「ああそうですか」
     実際わたしはこの親爺が首斬(くびきり)役であるのを知らずにいるものか。脈を見るのをつけたりにして肉付を量り、その手柄で一分の肉の分配にあずかろうというのだ。乃公はもう恐れはしない。肉こそ食わぬが、胆魂きもたまはお前達よりよっぽど太いぞ。二つの拳固を差出して彼がどんな風に仕事をするか見てやろう。親爺は坐っていながら眼を閉じて、しばらくはさすってみたり、またぽかんと眺めてみたり、そうして鬼の眼玉を剥き出し
    「あんまりいろんな事を考えちゃいけません。静かにしているとじきに好くなります」
     フン、あんまりいろんな事を考えちゃいけません、静かにしていると肥りまさあ! 彼等は余計に食べるんだからいいようなものの乃公には何のいいことがある。じきに「好くなります」もないもんだ。この大勢の人達は人を食おうと思って陰(かげ)になり陽(ひなた)になり、小盾になるべき方法を考えて、なかなか手取早く片附けてしまわない、本当にお笑草(わらいぐさ)だ。乃公は我慢しきれなくなって大声上げて笑い出し、すこぶる愉快になった。自分はよく知っている。この笑声の中には義勇と正気がある。親爺とアニキは顔色を失った。乃公の勇気と正気のために鎮圧されたんだ。
     だがこの勇気があるために彼等はますます乃公を食いたく思う。つまり勇気に肖(あやか)りたいのだ。親爺は門を跨いで出ると遠くも行かぬうちに「早く食べてしまいましょう」と小声で言ったアニキは合点した。さてはお前が元なんだ。この一大発見は意外のようだが決して意外ではない。仲間を集めて乃公を食おうとするのは、とりもなおさず乃公のアニキだ
     人を食うのは乃公のアニキだ
     乃公は人食ひとくいの兄弟だ
     乃公自身は人に食われるのだが、それでもやっぱり人食の兄弟だ


    続きは、こちらから読むことができます♥

    青空文庫 『狂人日記』 魯迅 (井上紅梅訳)

    『狂人日記』 魯迅 魯迅
     
    いかがでしょうか?

    最後まで延々とこんな調子です♥     

    ポイント 女性 重要 5

    こんな作品読んでも、私たち日本人は何も感じませんね♥

    でも、支那人だと「ベストセラー」になるんです♥

    これが、私たち日本人と哀れな支那人との「決定的な違い」なんです♥

    ポイント 22

    ですので、支那ではコレ(↓)が受けるんです♥

    村上春樹
    村上春樹

    読むだけ時間が無駄の「駄作」を連発している彼が、どうして支那人が好むのか、それは魯迅の作品と共通しているからです♥

    「 村上春樹がドイツの文学賞を受賞した記念講演で、民主化を求める香港学生デモに対応して応援のメッセージを送った。民族、宗教、非寛容の壁は努力すれば取り除けるというようなことだった。

     大江健三郎的な人物ではあるが、彼の人気は世界的に広がっている。中華圏でもほぼ全作が翻訳されており、中国で読まれる外国文学のなかでも断然人気が高い

     なぜかと言うと、彼の作品は無国籍だからだ。ナショナルのものは一切否定しているところが受けている。もう一つは疎外感だろう。これはいまの中国の若者の心持ちにまったくピッタリくる。「中華民族の偉大な復興という“中国の夢”の実現」などとトンチンカンなことを共産党のトップのオジサンは言っているけれど若者たちはまったく無関心だ。それよりもなによりも関心があるのは、何の職にありついて、いかに高い収入を得て、いかに海外に出て行き中国からオサラバすることである。

     若者にとっては愛国心などフィクショナルなものであり、それよりも自分たちが追求するものは自分たちの人生であり、生活の向上であろう。自分たちの目標が達成できない絶望感が目の前にあって、その孤独感と焦燥感と疎外感を表現した文学が中国にはなかったそれらをすべて代弁してくれたのが村上春樹だった…

     そこが欧米では中国ほど村上春樹が受けない理由ではないか。欧米の人々バックボーンは無国籍ではなく必ず国籍があって、たとえば疎外感を持ったら右翼化、ナショナリズム化する場合が多い。いまのヨーロッパではそういう動きが非常に強まっている。…」


    詳しくはこちらをご参照♥

    村上春樹が支那で受けて、欧米では受けない理由



    それでは、最後に、こちらの動画をご覧ください(※繰り返しご紹介させて頂いてますが、それほど重要なお話だからです♥ 目からウロコですよ♥)





    続きは次回に♥




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    Category: 支那
    Published on: Sun,  30 2016 00:01
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