日本人は「超人」なんです ~ 近代を超克した日本、古代のままの支那

    フリードリヒ・ニーチェ
    フリードリヒ・ニーチェ

    自己超克とは哲学用語の一つ。これはフリードリヒ・ニーチェによって提唱された言葉である。自己が置かれている現状を超えるような価値を創造したり道徳を形成することから、人間としての本来あるべき自己を形成していくということである。『ツァラトゥストラはこう語った』では、全ての存在というのはその存在自身を越える何物かを創造してきたと言うことが歴史であるがゆえに、人間というもの自身は何者かによって超えられるべき存在であるというわけである。また創造者というのは人間にとっての意義と未来を与える者、そして善悪は何であるかを創造する者である。そしてニーチェの提唱する超人というのは自己超克を成しうる創造者というべき存在にあてはまる。







    戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。

    そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。

    私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、

    客観的に情勢を判断する必要があります。

    それでは、この書物を見ていきましょう!




    『 私自身が強く感じていたのは、やはり【伝統と近代を調和させるうえでの、日本人のもつ驚くべきほどの合理性】なのである。

    ポイント 女性

     日本で生活してまず驚きつつ感心したのは、【アジア有数の近代国家となったこの国では、「伝統」が至るところで生きている】ことである。日本の友人の家に招待されると、洋風の応接間の隣に畳の和室があることが私の眼にはまず新鮮に映ったし、お家の奥様が玄関に正座して私たち外国青年を迎えるときの昔ながらの礼儀は、実に感動的であった。何らかの祭りのときに、町を歩く和服姿の日本人女性はいかにも美しく、あちこちに点在する由緒ある神社やお寺の佇(たたず)まいは、この国の歴史の重みを感じさせるものである。

    日本 桜 着物 女性

     その一方、【日本人は伝統を大事にしていながら、けっしてそれに囚われず、むしろ伝統と現代の調和を心がけている】。和室が好きだからといって家全体を畳の部屋にしている人はむしろ少数派だし、和服に愛着のある人でも洋服で仕事にいくのは普通である。お葬式は伝統の様式に従って仏教の僧侶を呼ぶ家は多いようだが、同じ家の父親は、娘が教会で結婚式を挙げることにたいして、とくに抵抗感をもたない。そして国家の政治制度においても、天皇の伝統的な地位に最大限の敬意を払う一方、実際の政治は天皇とはまったく無関係なところで、典型的な議会制民主主義の原則に基づいて運営されている。

    菊のご紋

     つまり【日本人は伝統を重んじる一方、生活様式から国家の運営まで全部、「近代」の原理原則に従って行われている】のである。【伝統に対するこのような極めて合理的な態度】こそは、【多くのアジア民族と異なった日本人の思考様式の特徴の一つ】であろう。そして【それこそが、日本を近代化の成功へと導いた大きな要因の一つ】ではなかろうかと思う。

    ポイント 女性 重要 5

     多くのアジア民族は、【「伝統」に束縛されて近代への脱皮に踏み切れない】ケースがあまりにも多かった。たとえばアジアの大国のインドの場合、古いカースト制度は今でもこの国の近代化の妨げとなっていることはよく知られている。あるいは本書でも取り上げるように【中国人の抱く根強い「中華思想」というものが中国という国の近代化にとっての最大の足枷】になっている。

    ポイント 22

     それに対して、【アジアの中で日本だけは「伝統」と「近代」との溝をいかにも簡単に飛び越え】てしまい、【伝統を保持したままで国の近代化にいち早く成功】した。

    靖国神社 2

    【日本民族が生まれつきのようにもっている卓越した合理精神】は、日本とその他のアジア諸国の明暗を分けた大きな要因の一つであり、日本が近代国家の建設に成功した理由の一つであろう。

    ポイント 21

     そして、伝統を保持したまま近代国家の建設に成功した日本は、単に近代化に成功しただけでなく【むしろ「近代」を超克した】とも言える。

    巫女 1

    つまり、西洋から「近代」を学んで自国の近代化に成功しながら、【生活様式と心は「西洋化」されることなく、日本的精神と日本的情緒を根っこに持ちつづけるところに、日本の近代化の特色がある】のである。』

    日の丸

    いかがでしょうか?

    この書物は、明治維新を通じてアジア最初の近代国家となった私たち日本と、近代化に失敗して近代国家になり損なった支那とを比べて、その原因が何処にあるのかを、著者が中国人の視点で解説をしている書物です。

    その著者は、「生活様式と心は「西洋化」されることなく、日本的精神と日本的情緒を根っこに持ちつづけるところに、日本の近代化の特色がある」と、的確に、私たち日本人の特徴を捉えられています

    江戸後期から明治時代にかけての西洋化のまえ、私たちの日本が、「鎖国」をしていた理由、それは「キリスト教」の侵入を排除するためでした。

    フランシスコ・ザビエル
    フランシスコ・ザビエル

    「 天文十二(1543)年ポルトガル人を乗せた船が種子島に漂着しました。西洋人日本にやってきたのです。

     当時、西洋は大航海時代に入っていました。これは西洋人から見れば大航海でしょうが、アジアから見れば西洋人による侵略の時代です。

     西洋ではイベリア半島からイスラム勢力を追い出し、スペインポルトガル競争して東洋に向かっていました。その目的は二つです。一つは東洋にキリスト教を布教し、それを足がかりに植民地にすることであり、もう一つは東洋から香辛料などの産物をもってくることです。

     地中海はイスラム勢力に押さえられていたので、彼らはアフリカの西海岸に沿って南下し、インド洋を回る航路を発見しました。中にはスペインのコロンブスのように大西洋に乗り出し、アメリカにたどり着く者もいました。いずれも目指したのは東洋です。

     1494年、彼らは勝手にトルデシリャス条約というものを結んでいました。これはスペインとポルトガルが世界を二分して支配し、お互いの領土権を認めあうという東洋から見ればとんでもない条約です。

     この条約日本ポルトガルの側にくり込まれていました。だから最初にポルトガル人がやってきたというわけです。

    160 2

     種子島に漂着したポルトガル人日本に鉄砲をもたらしました。日本人は彼らの脅威が、ここにあることをすぐに見抜きました

     日本人たちまちこの技術をマスターし、鉄砲を生産します。

     当時日本は世界最大の鉄砲生産国になったほどです。このことは、この時代を動かす大きな要因となりました。」


    鉄砲伝来 2

    つまり、西洋からもたらされた「鉄砲」は、即座に取り入れて、あっという間に、その技術を習得してしまい、世界最大の「鉄砲保有国」になったんです♥

    ところが、もう一つ西洋からもたらされた「キリスト教」は、どうだったでしょう♥

    悩む女の子2

    「 天文十八(1549)年イエズス会宣教師、ザビエル日本にやってきました。このイエズス会というのは布教意欲旺盛なキリスト教の一派で、祭壇には銃を置いているという布教軍団です。ザビエルは、鉄砲をもたらしたポルトガル人のように偶然漂着したのではなく日本を目指してやってきたのです。

     日本に上陸したザビエルは、これまで布教してきたところと違って日本にはすでに高い文化があるのに驚きましたキリスト教で説得するのは容易ではないとも感じました。」


    詳しくはこちらをご参照♥

    日本にポルトガル人が最初にやってきた理由 ~ トルデシリャス条約



    では、何故「キリスト教で説得するのは容易ではない」と、ザビエルは感じたのでしょうか

    悩む女の子2

    「 江戸時代ポルトガル人の書いた日本報告には「日本人はわれわれのことを見下す」とある

     ポルトガルのほうが大きな船は作るし、大きな大砲は作る、はるばるここまでやってきている。「なのに日本人はまったく感心しないしわれわれのことを尊敬しない」と、不思議がるのである。

     だが、その後にこんな記述が出てくる。

    「この間、やっとわけがわかった。老婆に

    『なぜ尊敬しないのか』

    と聞いたら、

    あんたたちは奴隷を使うからね。人を奴隷にするような連中人ではない日本人はそんなことをしません

    という答えが返ってきた」

    一発食らったと正直に書いている。

    たしかに「人間を奴隷にしてもいい」とはキリスト教でも認めていない。」


    詳しくはこちらをご参照♥

    ポルトガル人を見下した日本人のおばあちゃん♥



    つまり、「西洋化」されることがなかったんです♥ 私たち日本人は、到底受け入れることができなかったんです♥

    ポイント 女性

    「 (日本の強みである)「造り変える力」とは、どのような力でしょうか。この言葉は芥川龍之介の短編小説「神神の微笑」の中に出てきます。「神神の微笑」は、安土桃山時代の日本へキリスト教の布教にやって来たイタリア人神父オルガンティノ(実在の人物です)と日本を古来守ってきた老人の霊との対話の物語です。

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     キリスト教が、1549年にイエズス会のフランシスコ・ザビエルによって日本に伝えられたことは、私たちが歴史の授業で学んだとおりです。ザビエルの後も多くの宣教師が来日して、キリスト教の布教に努めましたが、困難を極めました

     この「神神の微笑」では、日本におけるキリスト教の布教が困難なことに悩む日々を過ごしていたオルガンティノの前に一人の老人が現れ、キリストも結局日本では勝つことができないだろうと告げます。

     オルガンティノは、今日も侍が23人キリスト教に帰依したとして、キリストは必ず勝つはずだと反論します。

     これに対しその老人は、ただ帰依するだけならば何人でもキリスト教徒になるだろう、現に日本人は大部分仏陀の教えに帰依している、と言ってこう付け加えます。

     「我我の力と云うのは、破壊する力ではありません造り変える力なのです

    と。

     だから、いずれキリストも日本人に変わってしまうだろうと言い残して、老人はオルガンティノの前から消えていきます。

     つまり、キリスト教の神日本の神神との戦いは、「破壊する力」対「造り変える力」だというのです。」


    詳しくはこちらをご参照♥

    芥川龍之介の見た「日本の強さ」



    芥川 龍之介
    芥川 龍之介

    ここに、著者が述べられているように、「生活様式と心は「西洋化」されることなく、日本的精神と日本的情緒を根っこに持ちつづけるところに、日本の近代化の特色がある」、私たち日本人が日本人たる理由があるわけです♥

    要らないものは要らない必要なものは、私たち日本人に「合う」ように「融和」させ「造り変え」そうやって私たち日本人の「もの」にしてきたんです♥

    ポイント 女性

    芥川龍之介の『神神の微笑』は、以前にも書かせて頂いておりますので、ぜひ、御覧下さいませ♥

    神神の微笑 ~ 「モナ・リザ」と並んで、世界で最もよく知られている絵







    続きは次回に♥




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    Category: 支那
    Published on: Sat,  29 2016 00:01
    • Comment: 2
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    2 Comments

    カムバック  

    お久しぶりです

    私が昔何かで読んだものには、日本人は始めはキリスト教にも耳を傾けて、そんなに良いものなら入ってやってもいい。でもご先祖様も連れて行きたい。連れて行けないのならダメだ。といって宣教師を驚かせたみたいです。入ってやってもいい。この上から目線が、たまらなく日本人だと思いました。笑笑
    いつも勉強させていただき、ありがとうございます。まだまだ知らない事が多いですが、毎朝ここを見るのが楽しみです。寒くなります、お身体大切にして下さい。では。

    2016/10/29 (Sat) 06:58 | REPLY |   

    みっちゃん  

    Re: お久しぶりです

    カムバックさん、おはようございます^^

    もともとキリスト教じゃない人は、そもそも天国にはいけないため、宣教師が日本人に布教する際に、日本人から「俺たちの御先祖様は、どうしている?」と尋ねられて、宣教師が「地獄にいます」と答えると、日本人が「そんな、インチキ話なら、いらない」と言ったのだとか(笑) 間抜けですね♥

    キリスト教については、来月発売される「失われた福音 - 『ダ・ヴィンチ・コード』を裏付ける衝撃の暗号解読」(桜の花出版)を予約していますので、近々、ご紹介できると思いますが、その際にも興味深いお話が出てくると思いますので、お楽しみに♥

    イエスには妻と子供がいた!

    こんな事実が、明らかになっちゃうかも。。。

    それでは、これからも宜しくお願い致しま~す^^




    2016/10/29 (Sat) 10:03 | REPLY |   

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