司馬遼太郎の書いたもので、歴史を学ぶ「愚」 ~ 名将 乃木希典

    乃木希典 2

    乃木 希典(のぎ まれすけ、嘉永2年11月11日(1849年12月25日) - 1912年(大正元年)9月13日)は、日本の武士(長府藩士)、軍人教育者日露戦争における旅順攻囲戦の指揮や、明治天皇の後を慕って殉死したことで国際的にも著名である。

    階級は陸軍大将栄典は贈正二位勲一等功一級伯爵第10代学習院院長に任じられ迪宮裕仁親王(昭和天皇)の教育係も務めた「乃木大将」「乃木将軍」と呼ばれることも多く、「乃木神社」「乃木坂」名前を残している








    戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。

    そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。

    私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、

    客観的に情勢を判断する必要があります。

    それでは、この書物を見ていきましょう!




    『 いよいよ司馬遼太郎さんの「乃木愚将論」が、本格的に正されるべき時代になったー―。

    司馬遼太郎
    司馬遼太郎

     今回、乃木希典大将日露戦争実像を詳細に描き出した本書復刊されるのは、まことにその思いを強くさせるものである。

    乃木希典
    乃木希典

     本書はもともと、陸軍士官学校五十二期で中野学校にも学んだ桑原嶽さんが、【司馬遼太郎さんの『坂の上の雲』や『殉死』に描かれた乃木像の「誤り」】正すべく

    ポイント 女性 重要 5

    中央乃木会(乃木神社の崇敬会)の機関誌『洗心』に昭和五十八年(1983)から六十二年(1987)まで連載していたものである。その後、中央乃木会が発刊する私家本のようなかたちで『名将 乃木希典』と題されて一冊にまとめられ、平成二年(1990)に発刊されていた。だが、ほぼ乃木神社での社頭のみでの販売だったこともあり、まさに【知る人ぞ知る伝説の書】のような存在であった。

    ポイント 女性

     桑原さん以前にも、「【司馬さんの描く乃木像は間違い】だ」と声を挙げた人々はいた。しかし、それらはまとまったものとは言えず、大きな潮流になることもなかっな。そして司馬さんの『坂の上の雲』が大ベストセラーになり、広汎な読者層を得ていったので、国民一般には、「乃木は精神主義だけで、戦が下手な愚将であった」という認識が広まり、定着していった。そのような風潮の中で、【桑原さんは乃木大将と第三軍の戦いの軍事的な意味を、詳細に論じてみせた】のであった。…

    ポイント

     本書を一読されればおわかりになるとおり、その知見を十二分に活かして【「戦場の実際」を合理的に分析し、次々と実証的に描写されていく様は圧巻】というほかない。

    ポイント 23

     桑原さん砲兵出身であることも、本書にとってはきわめてプラスに作用していると言える。砲兵というのは、ある意味で合理的思考の極致ともいうべき兵種である。そんな国際水準の専門性を備えた砲兵科のプロフェッショナルが、旅順戦を考察した意味も大きい。

    旅順要塞への28サンチ砲の砲撃
    旅順要塞への28サンチ砲の砲撃

     実際に戦場という特殊な極限状況に身を置き多くの部下を率いた経験も踏まえつつ、いわば「身を切られる」ような思いで戦史を検証することの「重み」については、私などがあらためて指摘するまでもあるまい。

    鴨緑江に架けた仮設橋を渡る第一軍部隊
    鴨緑江に架けた仮設橋を渡る第一軍部隊

    司馬さんの【『坂の上の雲』の軍事学的な誤り】を指摘する本は、桑原さんの本が発刊された後に、いくつか出版されたが、本書はそれらの本の「ものの見方」の端緒となった一冊であるばかりでなく、【実際に「昭和の大戦」を戦わねばならなかった当の人物が精魂を傾けて日露戦争を論じた力作】という意味でも、【きわめて貴重な書】と言える。

    渡河を実施する奉天のロシア軍
    渡河を実施する奉天のロシア軍

     本書では、【司馬遼太郎さんの作品の軍事的な誤りが、完膚なきまでに次々と指摘されていく】

    ポイント 22

    それは、今も多い司馬さんの小説の愛好家にとっては、ある意味で【目を蔽(おお)いたくなるような過程かも知れない】・・・』

    日の丸

    いかがでしょうか?

    この書物を読み進めていきますと、清々しく気持ち良いぐらいに司馬遼太郎の唱える「嘘」白日の下に晒されていきます

    司馬遼太郎の唱える「嘘」は、今ではすっかり有名ですが、相変わらず、司馬遼太郎の本を読んで「歴史を勉強する」という「愚」を犯す方々が散見されます♥

    当ブログは、「書物」をご紹介するのが目的ですが、池上彰と同様司馬遼太郎の書いたものは、ご紹介するにはあたらない「愚書」と位置づけをしております♥

    池上彰 101

    現代の日本人の問題点は、こんな池上彰や司馬遼太郎の「嘘」を見抜けず「間違った知識」を刷り込まれていることに気が付かず、その「嘘」を丸暗記したものが組織の上層部にいたりするという点にあります♥

    「 戦後の日本では「嘘」がまかり通り、この「嘘」を一番良く覚えた者が頭の良い人であり、成績優秀になり、有名大学に入り、大学教授、政治家、官僚、新聞、出版社、教師、会社幹部などになっていく。

     そして戦後70年が過ぎても、わが国だけの特異現象「頭が良く成績優秀な者ほど愚か」というパラドックスから抜け出せていないようです。」


    詳しくはこちらをご参照♥

    間違いだらけの司馬遼太郎 ~ 「韓のくに紀行」にみる妄想



    「 先に一般論を言っておきましょう。戦後、皆さんが一高・東大という旧制高校や帝国大学を褒めちぎりますが、「今よりマシ」というだけであって、実は大失敗でした。・・・

     明治時代の大学は、東大法学部を頂点に、あっという間に特権の巣になっています。大学の暗黒の歴史は明治時代から始まっています。 こうして高等教育がどんどんおかしくなっていって、結局、試験秀才の官僚が昭和のバカな戦争でトンチンカンなことをやってしまったんです。」


    詳しくはこちらをご参照♥

    実は大失敗だった「一高・東大」 ~ 大学の暗黒の歴史の始まり



    「 財務省のホームページに公開されている「採用昇任等基本方針に基づく任用の状況(平成24年度)」という資料には、キャリアおよびノンキャリアの官僚の出身大学と学部の情報が掲載されています。
     この資料をまとめると次のような恐ろしい事実が判明します。」


    詳しくはこちらをご参照♥

    財務官僚の学歴



    「 幕末維新の物語は司馬遼太郎が描くイメージに偏っているのが困りものです。司馬の問題点は、あまりにもフィクションが多すぎて坂本龍馬の描き方がほぼ架空の人物になっていたり、『坂の上の雲』で高平小五郎や桂太郎のように大活躍した人々を思い込みで貶(おとし)めたりしているところです。…

     司馬遼太郎ってものすごく影響力がありますよね。「国民文学」と言われているくらいですし、政治家の中にも司馬とか、半藤一利(はんどうかずとし)、保阪正康(ほさかまさやす)の歴史の本を読んでいる人は多いみたいです。

     それが困るんです。世のオジサンたちが、司馬あるいは半藤一利や保阪正康などをありがたがっているんですから、日本人の教養が劣化するのも理の当然でしょう。オジサンたちが「少しは司馬遼太郎でも読め」と偉そうにお説教したときに、「まだあんなものをありがたがっているの?」と見下すような若者が大量発生する日まで、日本の未来はないでしょう。」


    詳しくはこちらをご参照♥

    世のオジサンたちが、ありがたがる空想作家 ~ 司馬遼太郎、半藤一利、保阪正康



    それでは、昨日の続きです。

    私たちの日本のために、余計なことに、「仮の憲法」である日本国憲法を創ったソ連のスパイ、それがトーマス・アーサー・ビッソンです♥ つまり現在の「仮の憲法」である日本国憲法は、GHQのアメリカとスターリンのソ連合作で拵(こしら)えたものです♥

    そこで、まず、この写真。

    Philip_Jaffe_and_others_1937.jpg

    写真の左端が「左翼ユダヤ人」「共産主義者」フィリップ・ジャフィで、その右隣が中国学者で、太平洋問題調査会(IPR)の中心的スタッフだったオーウェン・ラティモアです。

    フィリップ・ジャフィ
    Wikipedia 「Philip Jaffe」

    で、「太平洋問題調査会(IPR)」というのが、色々なところに繋がっているわけです♥

    「 元朝日新聞記者の尾崎秀実はもちろんのこと、コミンテルンによる資金援助で支えられていた太平洋問題調査会(IPR)主要メンバーと、「朝日新聞」関係には根深いものがあったことは周知の事実だ。

     しかも、太平洋問題調査会と「朝飯会」会員「朝日新聞」の主要メンバーほとんど重なっていた。」


    「朝飯会」と「朝日新聞」 ~ 尾崎秀実、牛場友彦、風見章

    日本を「敗戦から革命へ」と導く水先案内人たち



    山本五十六って、だれ? ~ 東京裁判で裁かれたのは「陸軍」だけでした



    ここまでが、昨日のお話でした♥

    Philip_Jaffe_and_others_1937.jpg

    で、今度は女性と腕を組んでいる「笑顔のオッサン」

    これが、毛沢東同村出身で、ヘタレ支那軍隊のトップだった朱徳(しゅとく)です。

    朱徳 3
    朱徳

    以下は、Wikipediaからの抜粋です。

    「 朱徳(しゅ とく、ヂュー・ドゥー、1886年12月1日 - 1976年7月6日)は中華民国・中華人民共和国の軍人、政治家。原名は朱 代珍、朱 建徳、字は玉階。中国共産党入党以来軍事部門を指導し、中国人民解放軍の「建軍の父」と評される。」

    朱徳(右から二人目)と毛沢東(右端)
    朱徳(右から二人目)と毛沢東(右端)

    この朱徳日本共産党、そして、あの「通化事件」のお話は、こちらをご参照ください♥

    破防法調査対象の日本共産党と、終戦後の「通化事件」 その三



    Philip_Jaffe_and_others_1937.jpg

    そして、その朱徳と腕を組んでいるのが、フィリップ・ジャフィ(左端)の嫁です。この嫁も、社会主義者のAlexander Newmarkの娘でした♥

    ここまでで判ることは、アメリカの社会主義者中国共産党の結びつきです♥

    でも、「ソ連」が出てきませんね?

    悩む女の子2

    「仮の憲法」である日本国憲法を創ったソ連のスパイトーマス・アーサー・ビッソンのお話は、何処にいったのかと思われませんでしょうか?

    それでは、もう一度、この写真を見てください♥

    Ft296nb15t_00003.jpg

    こちらのWikipediaのフィリップ・ジャフィのページの写真からは、消されちゃっているんです♥

    フィリップ・ジャフィ
    Wikipedia 「Philip Jaffe」

    その消されている男こそが、「仮の憲法」である日本国憲法を創ったソ連のスパイトーマス・アーサー・ビッソンなんです♥

    トーマス・アーサー・ビッソン 5
    コンサバペディア

    いかがでしょうか?

    左翼的Wikipediaが、必死に隠しているモノ、それが当時の「アメリカの社会主義者」「中国共産党」「社会主義国家ソ連」強固な結びつきです♥

    ポイント 22

    もう、お判りですね♥

    ガッキー

    本日の最後に、いくつかの参考になるリンクを貼っておきますので、ぜひ、御覧になってみてください♥

    アメリカを巻き込んだコミンテルンの東アジア戦略

    コミンテルンが歪めた憲法の天皇条項

    ヴェノナと現代史再検討 福井義高


    続きは次回に♥




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    Category: 国史
    Published on: Mon,  17 2016 00:01
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