28年前のできごと ~ 昭和天皇最期の御姿

    昭和天皇 (2)
    譲位(じょうい)は、君主がその地位を生きているうちに後継者へ譲り渡す行為である。通常は、世襲を原則とした地位の継承について言う。

    日本最初に譲位を行った天皇皇極天皇とされている。ただし、これは乙巳の変を受けた非常事態下の譲位であり、また譲位後には皇祖母尊(すめみおやのみこと)という特別な尊号が定められている(後に斉明天皇として重祚)。平時における譲位または譲位した天皇太上天皇(上皇)の尊号を授けられたものとしての最初の事例は次の持統天皇の例となる。

    大日本帝国憲法下では、天皇の譲位は認められていなかった 。1889年(明治22年)に制定された旧皇室典範では、第10条で「天皇崩スルトキハ皇嗣即チ践祚シ祖宗ノ神器ヲ承ク」と規定し、天皇の崩御によって皇位の継承が行われることが規定されていた。又、旧皇室典範には、皇位継承の順序が明確に規定されていた。

    日本国憲法下でも、天皇の譲位は認められていない。1947年(昭和22年)に施行された現行の皇室典範は、その第4条で「天皇が崩じたときは、皇嗣が、直ちに即位する」と規定されており、この点は旧皇室典範と同様に、皇位の継承は天皇の崩御によってのみ行われることを定めている。又、現行の皇室典範でも、第2条で皇位継承の順序を、第3条でその順序の変更について規定しており、天皇は自らの意思によって継承者を指名することはできない







    戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。

    そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。

    私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、

    客観的に情勢を判断する必要があります。

    それでは、この書物を見ていきましょう!




    『 その秋、ある種の静けさ日本中を支配していた。そして、日本国民すべて静かに「その時」を待っていた

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     昭和63年秋



    Wikipedia抜粋

    「発売された直後の1988年、初期のCMキャラクターに井上陽水を起用。最初期のCMは、林の中の道を走るセフィーロを後ろからカメラが追いかけ、併走した瞬間セフィーロの助手席に座っていた井上がパワーウインドウを下げてカメラに向かって「みなさんお元気ですか?失礼します」と話しかけるものであった。これはこれで話題になったのだが、その放映を開始して間もなく昭和天皇が下血するなど体調を崩したため国内は一気に自粛ムードとなり、このCMも放映中止が真剣に検討された。ただ発売直後でありそういうわけにもいかず、苦肉の策として、映像はそのままCMソングの音量を上げて「みなさんお元気ですか?失礼します」の部分は消音したバージョンが放映されたことから、これがまた話題となった。後に井上がセフィーロのそばでホースで散水する新バージョンのCMが急遽制作され、1988年12月以降はこれを使用した。ちなみに当初は井上に運転させようと検討していたが、彼が運転免許を持っていないことが判明したため、助手席に座っていた。井上はこの車のCMに1990年頃まで出演しており、彼はずっと助手席に座っていた。CM放映終了後、井上は1991年、42歳の時に免許を取得した。」

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     新聞は連日一面で「脈拍数100を超える」「新鮮血輸血を続行」などと陛下の病状を克明に報じ、ふだん聞き慣れない「下血」という言葉をテレビで女子アナが口にしていた。

     当時、ぼくは『週刊文春』の編集長をしていた。

     ある日、自由学園の高校三年生17歳の女子生徒から分厚い手紙が来た。しっかりした文章である。

    ――今、新聞が連日陛下の病状をこと細かに報じている。実は2カ月ほど前に亡くなった自分の母陛下と同じ病気だったが、本人には本当の病名は告知せずに隠していた母だけに隠していたことが自分には辛かった

     ところがこのところ、毎日新聞が陛下の病状を報じている同じ病気で治療中の母新聞を読んだら、自分が陛下と同じ病気だということを知ってしまう

     日本全国にはきっと同じ病気で治療中の人たくさんいるであろう。陛下の病状を新聞はここまで詳しく報道する必要があるのだろうか――。

     まだ、がん告知が今ほど、普通にはなっていない時代である。

     一読心打たれた

     報道というものについて考えさせる

     この手紙を『週刊文春』に掲載したい。多くの読者に考えてほしい。

     しかし相手は高校生である。すぐに学校に連絡を取り担任と相談したうえで、匿名でこの投書を全文掲載した。タイトル「なぜ陛下の病名を告知したのですか」

     反響は大きかった報道を批判するものが大半であった。…

    ポイント 女性

     この青山繁晴さんの『平成紀』を読んで、ぼくはあの時代、あの静謐(せいひつ/静かで安らかなこと)な秋のことをまざまざと思い出した

     青山さんのこの小説は昭和から平成に変わるあの一瞬をみごとに捉えている。

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     主人公の通信社の若い記者、官邸クラブに所属する楠陽(くすのきよう)はむろん、青山さんと等身大であり、楠陽の言動、取材ぶりなどは青山さんの実体験といっていいだろう。

     青山さんが優秀な記者だったことがよくわかる。

     楠陽が最初に“異変”を感じ取ったシーン。

     党員向けの夏期セミナーで講師として話をしていた当時の中曽根康弘総理突然声を張り上げる

     天皇陛下天空に燦然(さんぜん)と輝く太陽のごとき存在であります」

    そして一瞬沈黙し、声を落としてこう続ける。

    われわれは、その太陽あってのわれわれだと知らねばならないのであります」。 

     このひと言で楠=青山繁晴は「天皇に何かあったのではないか」と感じ取る。

     〈 頑健な天皇陛下のご健康に変化が兆したのではないか 〉 〈 首相官邸は、その日に備えを始めたのではないか 〉

     楠陽の記者としての嗅覚は鋭い、という言葉では足りない。楠陽が皇室に対する熱い思い、「赤心」とも言うべき思いを秘めていればこそ中曽根総理の片言から「天皇に何かあったのか」と感じ取ったのである。

     そしてここから『平成紀』が始まる。   解説 花田紀凱 (抜粋) 』

    日の丸

    いかがでしょうか?

    今回のこの書物は、2002年に刊行された書物を改題改稿されたもので、比較的短めの小説です。

    内容に関しましては、ここでは触れませんが、お読みになって頂ければ、今上陛下の「譲位」に関する「メディアのおかしな報道」の原因が何処にあるのかが、良く理解できます♥

    私たち日本人が、一人ひとり考えなければいけないとても大切なことです♥

    詳しくはこちらをご参照♥

    天皇陛下のおことば ~ 私たち日本国民一人ひとりへの重要なメッセージ











    続きは次回に♥




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    Category: 日本
    Published on: Sat,  15 2016 00:02
    • Comment: 2
    • Trackback: 0

    2 Comments

    ハシビロコウ・ウナ  

    唯我独尊

    おはようございます
    引き続き勉強させて頂いております
    ありがとうございます

    今朝ほどもネットのニュースには
    眼を覆いたくなるものばかりでしたが
    事実とは異なり
    反日を目的とした輩が書いたものばかりです

    貴殿に措かれましては
    健康に留意されてより記事の充実に
    励まれていただきたいと思います

    『友』と書いて
    人は又会うと読みます・・・?
    いつや、会い間見えませんともかぎりましぇん
    (貴方の)今後に期待であります
    あはは。

    2016/10/16 (Sun) 06:44 | REPLY |   

    みっちゃん  

    Re: 唯我独尊

    ハシビロコウ・ウナさん、おはようございます^^

    いつも有難うございます♥

    本当に仰るとおりで、ウンザリするものが多いですけど、気が付きはじめた方々もたくさん出てきていますので、お互い頑張りましょう♥

    『友』と書いて 人は又会う。。。素敵な読み方ですね!!良いことを教えて頂きました♥

    これからも宜しくお願い致しま~す♥


    2016/10/16 (Sun) 11:09 | REPLY |   

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