101年間、日本が戦争状態にあった国

    ブドヴァ
    ブドヴァ(セルビア語:Budva/Будва、イタリア語:Budua)は、アドリア海に面したモンテネグロの都市。ブドヴァ基礎自治体の中心地。周囲は海岸であり、ブドヴァンスカ・リヴィエラ(Budvanska Rivijera)と呼ばれるモンテネグロ観光の中心地である。砂浜、多様なナイトライフ、地中海建築群の秀例で知られる。ブドヴァはおよそ2500年の歴史を持ち、アドリア海沿岸の都市でも古いものの一つである。

    モンテネグロ 海 3






    戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。

    そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。

    私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、

    客観的に情勢を判断する必要があります。

    それでは、この書物を見ていきましょう!




    『 フランスの高級避暑地コート・ダジュールに匹敵する青い宝石のように輝くアドリア海沿いにビーチをもつモンテネグロは、長い間ユーゴスラビアの秘境といわれてきた。

    モンテネグロ 海 1

    モンテネグロ 海 2

     イタリア語で“黒山”を意味する国名の通り、黒いゴツゴツした岩山に覆われている。そのお陰で、中世オスマン帝国軍が進軍してきたときは山の頂から大きな岩石を落として撃退し、独立をたもったという言い伝えがある。

    モンテネグロ

     第一次大戦後ユーゴスラビアの一員となったが、【2006年の国民投票で独立】に必要な最低限の賛成を0・5%だけ上回ってセルビアとは平和裏に分離独立したものの【日本とは珍しい敵対関係の歴史がある】

    悩む女の子2

     というのは、1905年の【日露戦争】の際、【モンテネグロ公国はロシアの同盟国として日本に宣戦布告】した。

    朝鮮半島を進軍中の日本軍歩兵(1904年撮影)
    朝鮮半島を進軍中の日本軍歩兵(1904年撮影)

    義勇兵をつのり満州まで派遣したのだが、結局、戦闘には参加しなかった

    奉天会戦後に点呼をとる日本軍一師団
    奉天会戦後に点呼をとる日本軍一師団

    そのためモンテネグロ講和条約会議に招待されず戦争状態は終結しないままうやむやになった

    驚き顔

    歳月は流れ、2006年6月モンテネグロが独立した際日本政府外務大臣と首相特使を派遣して、独立承認と戦争終結を宣言する文書を届けたことで、晴れて【101年の“戦争状態”に幕が引かれた】のだった。

    ジュカノビッチ首相との会談 ブヤノビッチ大統領との会談

     日本人あまり知らないこの史実は、モンテネグロ人に会うと決まってニヤニヤとときには誇らしげに聞かされる

    モンテネグロ日本とはまだ戦争してるんだよね」

    と。そうはいいながら【モンテネグロの人々はとても親日的】だ。“怠け者”と旧ユーゴスラビア諸国ではレッテルを貼られているモンテネグロ人だが、【日本人の「時間に正確・規則正しい・勤勉」という特徴を、友情と親しみをこめて褒め称えてくれる】。…

     モンテネグロには「JAPAN(ヤーパン)」という名の村アルバニア国境の山の上にあるという。

    モンテネグロ JAPAN 2

    モンテネグロ JAPAN

    その由来を訊ねてみるとこんな答えが返ってきた。

    「いやー、遠くて誰も行ったことがない見知らぬ土地なんだよ、“日本(ヤーパン)”みたいにね」。』

    日の丸

    いかがでしょうか?

    遠くて誰も行ったことがない見知らぬ村だという「JAPAN(ヤーパン)」。ご参考までに、モンテネグロ(モンテネグロ語では「ツルナ・ゴーラ」)の面積は、13,812平方キロメートルですから、私たちの日本の都道府県で比較いたしますと、福島県(13,783平方キロメートル)や長野県(13,561平方キロメートル)ぐらいの面積の国です♥

    あれ?遠くないでしょ~(笑)

    ガッキー

    また、人口624,000人で、福島県(1,903,174人)、長野県(2,088,105人)の三分の一程度の国です♥

    そんなモンテネグロですが、私たちの日本が、東日本大震災に見舞われたときに、こんな事をしてくれていたんです♥

    「 モンテネグロ

    日本支援の一環として,政府による義援金の他各閣僚が1か月の給与の10%を義援金とすることを決定

    •東部のアンドリイェビツァ自治体ヤパン村(「ヤパン(Japan)」は,モンテネグロ語で「日本」の意。)が,その村の名前の縁により,義援金を被災地に送ることを決定。村の名の,モンテネグロの東部に位置しているので,同国で最も早く日が昇る所を意味する等諸説があります。」


    外務省HP 「がんばれ日本! 世界は日本と共にある」(世界各地でのエピソード集)

    詳しくはこちらをご参照♥

    「がんばれ日本! 世界は日本と共にある」(世界各地でのエピソード集)

    ほんとうに、ありがたいことですね♥

    ありがたい

    ところで、私たち日本との間で100年以上も戦争状態にあったモンテネグロですが、本文中に「日本人はあまり知らないこの史実」とありましたように、知っている方はほとんどいらっしゃらないんじゃないでしょうか?

    今から10年前鈴木宗男議員が第164回国会で、「一九五六年の日ソ共同宣言などに関する質問主意書」を提出しています。

    「  平成十八年二月十四日提出 質問第六九号

    一九五六年の日ソ共同宣言などに関する質問主意書

    提出者  鈴木宗男

    一 平和条約締結の要件如何。

    二 一九〇四年にモンテネグロ王国が日本に対して宣戦を布告したという事実はあるか。ポーツマス講和会議にモンテネグロ王国の代表は招かれたか。日本とモンテネグロ王国の戦争状態どのような手続きをとって終了したか。

    三 一九五六年の日ソ国交回復平和条約という形をとらなかった理由如何。

    四 一九五六年の日ソ共同宣言は法的拘束力をもつ国際条約か。

    五 一九九三年の東京宣言は法的拘束力をもつ国際条約か。

    六 一九五六年の日ソ共同宣言第九項後段では、「ソヴィエト社会主義共和国連邦は、日本国の要望にこたえかつ日本国の利益を考慮して歯舞群島及び色丹島を日本国に引き渡すことに同意する」との文言があるが、「引き渡し」と「返還」は法的に同じ意味か。同じでないとするならば、法的にどのような違いがあるか。

    七 一九五六年の日ソ共同宣言で、ソ連が平和条約締結後の歯舞群島と色丹島の引き渡しについて合意したことをもって、歯舞群島、色丹島に対する日本の潜在主権が確認されたと解釈するのは妥当か。

    八 一九五六年の日ソ共同宣言で、日本は歯舞群島と色丹島の二島返還で平和条約締結に合意したとの解釈は妥当か。

    九 日本固有の領土である歯舞群島、色丹島、国後島、択捉島に対する政府の要求は一九五六年の日ソ共同宣言のどの文言において担保されているか。

    右質問する。」


    この質問に対する答弁書が、次にようになっています。

    「 平成十八年二月二十四日受領 答弁第六九号

    内閣衆質一六四第六九号 平成十八年二月二十四日 内閣総理大臣 小泉純一郎

    衆議院議長 河野洋平 殿

    衆議院議員鈴木宗男君提出一九五六年の日ソ共同宣言などに関する質問に対し、別紙答弁書を送付する。

    衆議院議員鈴木宗男君提出一九五六年の日ソ共同宣言などに関する質問に対する答弁書

    一について

     お尋ねの「平和条約締結の要件」がどのようなことを意味するのか必ずしも明らかではないが、一般にいう「平和条約」は、主として戦争状態の終結、それに伴う領土問題の解決及び戦争賠償等に係る問題の解決等に関する事項を含むものであると承知している。

    二について

     政府としては千九百四年にモンテネグロ国が我が国に対して宣戦を布告したことを示す根拠があるとは承知していない。モンテネグロ国の全権委員は、御指摘のポーツマスにおいて行われた講和会議に参加していない。

    三、四及び七から九までについて

     先の大戦後、我が国はソビエト社会主義共和国連邦(以下「ソ連邦」という。)との間で平和条約の締結に関する交渉を行ったが、我が国固有の領土である択捉島、国後島、色丹島及び歯舞群島の北方四島のうち、択捉島及び国後島の帰属の問題について合意に至らなかったため、法的拘束力を有する国際約束である日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との共同宣言(昭和三十一年条約第二十号。以下「日ソ共同宣言」という。)を締結することにより、日ソ間の国交を回復することとなった。
     お尋ねの「潜在主権が確認された」がどのようなことを意味するのか必ずしも明らかではないが、いずれにせよ、ソ連邦及びこれを承継したロシア連邦は、現在に至るまで択捉島及び国後島を含む北方四島を法的根拠なくして占拠してきているものである。日ソ共同宣言第九項においては、両国が「平和条約の締結に関する交渉を継続することに同意する」と明記されており、政府としては我が国固有の領土である北方四島の帰属の問題を解決して、ロシア連邦との間で平和条約を締結する考えである。

    五について

     千九百九十三年十月十三日付けの日露関係に関する東京宣言は、法的拘束力を有する国際約束ではない。

    六について

     日ソ共同宣言第九項にいう「引き渡す」とは、単なる物理的な占有の移転を意味するものと解している。「返還」については、様々な文脈で用いられるものであり、お尋ねについて一概にお答えすることは困難である。」


    ということで、政府見解としては、「モンテネグロ国が我が国に対して宣戦を布告したことを示す根拠があるとは承知していない」っていうことのようですね♥

    ここで、北方領土のお話が出てきましたが、それについては明日書かせて頂きます♥





    続きは次回に♥




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    Category: 日本
    Published on: Sat,  24 2016 00:01
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