B2 ~ 習近平、金正恩が本当に畏れているモノ

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    B-2は、アメリカ空軍のステルス戦略爆撃機である。開発はノースロップ・グラマン社が担当した。水平尾翼および垂直尾翼がない全翼機と言う特徴的な形をしており、愛称はスピリット(Spirit、魂、精神の意)。

    この機は同重量の金と同価値といわれるほど非常に高価で、少数しか生産されていない。B-2は1機ごとに「Spirit of ~(大半は米国の州の名)」のパーソナルネームが与えられている。








    戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。

    そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。

    私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、

    客観的に情勢を判断する必要があります。

    それでは、この書物を見ていきましょう!




    『 第二次世界大戦後のアメリカの軍事行動の中で最も鮮やかな成功を収めたのは、1999年5月7日、旧ユーゴスラビアの首都ベオグラードの【中国大使館に対して行われた爆撃】である。

    驚き顔

    この爆撃で、旧ユーゴスラビア軍ミロシェビッチ将軍の率いる反ヨーロッパ軍が指揮命令系統を失い、壊滅してしまった。

    スロボダン・ミロシェヴィッチ
    スロボダン・ミロシェヴィッチ

    この結果、6月はじめにはミロシェビッチ勢力が敗退し、旧ユーゴスラビアのコソボを中心とする地域が独立を勝ち取ることに成功した。

    コソボ コソボ共和国

     この爆撃を敢行したのは、【アメリカ軍最新鋭ステルス戦略爆撃機B2】で、【地下貫通弾JDAMを投下して、地下深くにつくられていた中国の通信指令センターを破壊】した。

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    【中国は、ここからミロシェビッチ勢力を支援していた】のである。

    ポイント

     中国大使館の通信指令センター地下6階にあった。中国側はどのような攻撃にも耐えられると信じて、安心しきっていた。

    proxy 3 習近平

    だが【B2が投下した一発のJDAM】が爆発すると、完全な防御設備を施してあったはずの施設がすべて吹っ飛んでしまった

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    この爆撃で50人近くの軍人や技術者が死亡し、秘密通信施設の機能は完全に壊滅した。

    驚き顔

     中国アメリカやヨーロッパに対抗し、ユーゴスラビア軍をほぼ公然と支援していた。衛星などを使って、あらゆる情報を大使館の地下につくられた通信指令センターが収集し、分析してユーゴスラビア軍の各部隊を自由に操っていたのである。

    proxy 4

     ユーゴスラビア軍は第二次世界大戦中、ドイツに対抗する実力を持っていた。優れた戦術を持つ陸軍部隊が、強力な戦車や大砲に守られ、ミロシェビッチ将軍の率いる部隊がNATO軍を抑え独立派を壊滅させるのではないか、と言われていた。

    驚き顔

     アメリカをはじめNATO軍は地上戦闘部隊を送ることを検討したが、政治的に難しく、アメリカ軍が中心になって爆撃を実施していたが、中国側の巧妙な支援によって戦局は、アメリカやNATO軍側に不利であった。

    proxy 3 習近平

     そうした状況を見てアメリカのクリントン大統領は、アメリカ本土ミズーリ州ホワイトマン空軍基地から最新鋭のステルス爆撃機B2二機を出動させた。

    ビル クリントン

    B2戦略爆撃機は音速に近いスピードで高度5万フィート、およそ1万5000メートルを飛び、空中給油を行ってコソボに到達し、中国大使館にある通信指令センターを襲ったのであった。…

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     深夜突然地下十数メートルの秘密通信基地を爆撃された中国側は、衝撃を受けるとともに、政治的な反撃を開始した。

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    「悪魔アメリカの許されざる行動によって中国の愛国者が殺された」

     中国放送や中国のスポークスマンがそう叫び、北京のアメリカ大使館は学生をはじめとする反米的なデモ隊に襲われ、大混乱になった。この騒ぎに対してクリントン大統領

    「爆撃は間違いだった」

    と述べ、

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    中国政府に謝罪を行ったが、

    「数十メートル離れた弾薬貯蔵庫を爆撃しようとして、【誤って中国大使館に爆弾】を落としてしまった」

    という釈明がついていた。

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     中国は、この爆撃がアメリカによる秘密攻撃であること、最新兵器を使った中国に対する挑発であることを理解し、本当のところは【心底、怯えた】のであった。

    命だけは 習近平

     中国側にとって明らかだったのは、二機のB2爆撃機がはるか離れたアメリカ本土のミズーリ州からわざわざ飛来して、爆弾集積場を攻撃するなどありえないことだ。

    B2TakingOff2.jpg

    そのうえJDAMには特殊な精密爆撃用のコンピューターチップが埋め込まれている。あらかじめ設定された目標を外すことはないことを中国側もよく承知していた。中国政府はデモ隊を繰り出して抗議をしながらも、アメリカの軍事力の威力に怯えていた。…

    習近平 しわ

     【中国の防空態勢は一般に言われているよりは脆弱】である。

    ポイント

    アメリカ空軍のデータによると、上空1万5000メートル以上はほとんどレーダーも届かず防空ミサイルも作動しない

    バラク・オバマ

     B2はステルス性に優れレーダーには映らないものの、その黒い機体は昼間であれば肉眼で捉えられる。しかしながら【1万5000メートル以上の高空を飛ぶB2に対して中国側は防御する能力をまったく持っていない】

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     しかもB2超精密攻撃用のJDAMを80発搭載している。そのほかにもデジタル攻撃爆弾B61を12発、さらには長距離攻撃用のミサイルも装備している。

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     アメリカはこのB2に加えてさらにステルス攻撃用のF35を最近になって実戦配備した。

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    ステルス性を誇るF35はアメリカ空軍だけでなく、海兵隊と海軍が採用している。間もなく第七艦隊の空母はステルス性F35を搭載して中国沿岸で軍事行動を始めようとしている

    第七艦隊

     コソボB2が秘密の軍事活動を行い、中国大使館を一瞬のうちに破壊させて以来すでに16年が経過しているが、【中国政府と指導者の悪夢のような思い出は日増しに色濃く、強くなっている】はずだ。』

    日の丸

    いかがでしょうか?

    支那の防御能力が、如何に低いレベルであるのかが、ご理解いただけましたでしょうか?

    ほぼ1カ月前ですが、こんなニュースが出ていました♥

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    米空軍、アジア太平洋にステルス爆撃機3機を配備
    「 米空軍、アジア太平洋にステルス爆撃機3機を配備
    2016.03.11 Fri posted at 12:44 JST

    (CNN) 米空軍は10日までに、ステルス爆撃機「B2」3機アジア太平洋地域に派遣したと発表した。

    3機は米ミズーリ州のホワイトマン空軍基地から配備され、同盟国の空軍などと合流して演習に参加する。

    アジア太平洋地域は北朝鮮や中国を巡って緊張が高まっている。北朝鮮は9日、核弾頭を弾道ミサイルに搭載できるよう小型化することに成功したと発表し、10日には短距離ミサイル2発の発射実験を実施した。

    一方、中国は南シナ海で領有権を主張する地域を埋め立てた人工島に港湾や滑走路を建設し、軍事プレゼンスを高めている。

    米太平洋空軍のロビンソン司令官は、「最近の出来事によりインド・アジア太平洋地域全体に引き続き一貫した確実な空軍力を提供する必要があることが実証された」と指摘。「戦略爆撃機の配備により、いついかなる場所でも我々の軍事力を誇示できる能力が保証され、この地域における同盟国やパートナーとの強力な相互運用能力の確立が保証される」とした。

    アジア太平洋でB2を運用する場所や配備する期間については明らかにしていない

    B2は昨年8月にもグアムのアンダーセン空軍基地に配備されるなど、ここ数年でアジア太平洋への配備が増えている。2013年3月には米ミズーリ州から出動し、韓国の上空で演習弾を投下する訓練を実施していた。

    米空軍はB2爆撃機20機を保有している。同機は1997年から運用が開始され、通常兵器と核兵器の両方を搭載できる。」


    お分かりいただけますでしょうか?

    すでに、アメリカは、「支那」ならびに「北朝鮮」を狙っているんです♥

    支那や北朝鮮は、通常戦力では、アメリカにすでに完敗しました。だから、核兵器を使用しようとしているんです♥

    先日、広島で行われたG7広島外相会合で示された強いメッセージは、現在、人類の敵が支那そして北朝鮮であることを示しています。 

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    核兵器の悲惨さを訴え、国際社会の平和を乱す「支那」ならびに「北朝鮮」に対して明確に対抗する意思を示したんです♥

    G7_20160411173352180.jpg

    先進国首脳による、そのメッセージの意味を理解し畏れたからこそ、抗議してみせて「強がっている」んです♥

    こちらもご参照♥

    G7外相会合に、中国激しい不快感

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    こちらで声明文に目を通して頂くと、よりハッキリします♥

    G7広島外相会合  平成28年4月10日,11日開催

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    さて、昨日も申しあげましたとおり、20世紀初、今から約120年前にも、私たち日本人は、同じような光景を目にしていました♥

    連合軍の兵士(1900年)。左から、イギリス、アメリカ、ロシア、イギリス領インド、ドイツ、フランス、オーストリア=ハンガリー、イタリア、日本。
    連合軍の兵士(1900年)。左から、イギリス、アメリカ、ロシア、イギリス領インド、ドイツ、フランス、オーストリア=ハンガリー、イタリア、日本。

    これは、当時の支那に存在した「清」で起こった、反キリスト教の暴動「義和団の乱」鎮圧した連合軍兵士の写真です♥

    いかがでしょうか?この写真と似ていませんでしょうか?

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    それでは、昨日の続きに入ります♥

    私たち日本が戦った中華民国蒋介石のスポンサーだった孔子の子孫・孔祥煕と並ぶヒトラー

    中独合作中にヒトラー総統を訪問した孔祥熙

    この組み合わせは、どういうことなんでしょうか?

    悩む女の子2

    私たち日本人は、戦後の教育で、「第二次世界大戦」あるいは「太平洋戦争」という意味不明な言葉で表現された戦争において、ファシズム国家だった、「ヒトラーのドイツ」「ムッソリーニのイタリア」と手を組み、アジアの国々を侵略し、「民主主義」の連合軍と戦い、そして敗戦、ようやく戦前の体制が崩壊し、「民主主義国家」としての道を歩み始めた、と教え込まれています

    さて、本当でしょうか?

    悩む女の子2

    それでは、ご一緒に見て参りましょう♥

    20世紀初、今から約110年前、この頃の世界の大国は、イギリスロシアドイツ帝国オーストリアフランス大日本帝国アメリカです♥

    そして、私たち日本を中心に考えて、この時代の関係を現しますと、このようになります。

    大日本帝国(明治時代) VS ドイツ帝国

     詳しくは、昨日の記事をご参照いただきたいますとして、当時、私たちの大日本帝国は、まさに現代でも求められている「集団安全保障」の体制を築き上げていました♥ 

    当時の世界の敵は、ヴィルヘルム2世が君臨する「ドイツ帝国」でした♥ つまり、世界でドイツ包囲網が完成していたんです♥

    ちなみに、現代に置き換えると、「支那」と「北朝鮮」が敵それに対峙する世界となります♥

    1905年、ヴィルヘルム2世
    1905年、ヴィルヘルム2世

    金正恩
    金正恩

    proxy 3 習近平
    習近平

    1908年「眠れる豚」にまで落ちぶれた清変人で有名「西太后」死去します♥

    西太后
    西太后

    その3年後、またも支那で暴動が起こります。それが、清の崩壊をもたらした「辛亥革命」(1911-1912年)です♥

    では、その辛亥革命当時とその後の動乱の様子を見てみましょう♥

    清滅亡後の支那では、軍事力を背景とした私兵集団(簡潔に言うと武装した暴力団)である「軍閥」が、各地で割拠するようになります♥ そして、それら軍閥が互いに血で血を争う、次なる独裁者を決める選抜戦争を繰り広げていくようになります♥

    ポイントは、如何に支那の軍隊(軍閥)がデタラメで弱かったか、というところです♥ これは、現在も同じなんですよ♥

    「 1911年辛亥革命(しんがいかくめい)によって三百年続いた清朝が倒れると、翌1912年中華民国(現在の台湾)が生まれました。元首に当たる「臨時大総統」には孫文が就任しましたが、彼は国内統一を図るため、清朝の武力を握っていた北洋軍閥のボスである袁世凱に「臨時大総統」の座を譲ります。革命勢力の力では国家統一はとても無理だったからです。
     
     ところが、袁世凱はトップの座に就くと、孫文らの「打倒清朝、回復中華、樹立民国、地権平等」というスローガンを裏切り専制政治をはじめます。

     そして翌13年に、自ら正式に「大総統」に就任して、さらには「皇帝」になるために帝政復活まで宣言したのです。辛亥革命は袁世凱に乗っ取られてしまったといっていいでしょう。」


    袁世凱とは、北洋軍閥と呼ばれる北京周辺の軍閥のボスでした。

    袁世凱(1912年頃)
    袁世凱(1912年頃)

    で、孫文は、クリスチャン一家で、『宋家の三姉妹』で有名な、チャーリー宋の次女の宋慶齢と婚姻関係にあった人物です♥

    孫文
    孫文

    宋嘉樹(チャーリー宋)
    宋嘉樹(チャーリー宋)

    詳しくはこちらをご参照♥

    映画 『宗家の三姉妹』 ~ 「中国人」を簡単に理解するための「パロディ映画」



    この袁世凱(北洋軍閥・北京周辺の軍閥)一派孫文(中国南部・江蘇省周辺)一派との抗争が始まります♥ 北と南の抗争です♥

    「 しかし、袁世凱もまた最終的に…1916年になくなっています。それを機に勃発したのが南北の戦いでした。支那大陸南部を基盤とする孫文の中国国民党と、北京一帯を地盤とする北洋軍閥との内乱です。」

    china_gunbatu.png

    で、その戦いの様子が。。。

    「 租界(外国人居住安全区域)からは側面から両軍が見えるので、日本の居留民は皆戦争見物をやったものである。

     その戦いたるや至極呑気なもので、朝もゆっくり起きて飯を食って九時か十時頃から始める。昼頃になると止めて双方共に昼食、昼休み、二時か三時頃から叉ぽつぽつ始めるが、日が暮れると止めて後に退(さが)って寝る。叉翌日始める。夜襲等と不徳義なことはしない。極めて紳士的である。
     鉄砲は撃つが勿論あたらない。数日の激戦で双方の死傷たった三人といふ所だが、無茶に撃つから見物人の方に飛んできて、
    日本租界では日本人の豆腐屋のお神さん(奥さん)が流れ弾にあたって死んだ。
     かうした戦いは革命軍の南京城攻撃の時にも行はれた。日本人の顧問が付いていて、南京城壁近くまで攻めつけて日が暮れる。もう一息だから明日は陥(おと)せると思って(日本人の軍事顧問が)翌日行ってみると、(革命軍兵士たちは)夜のうちに最初の位置に引き返して寝ている。そこで翌日叉攻め立ててもう一息といふ所まで来て日が暮れる。喧(やかま)しく言ひつけて帰って翌日行ってみると叉元の所に帰っている。
     こんな事が何日か続いて、日本人の方で愛想が尽きて勝手にしろと放り出していると、そこは支那流で何時の間にか南京は陥落した。」


    詳しくはこちらをご参照♥

    中国の革命は、ほぼ「ギャグ漫画」だったと判明♥



    お分かりいただけましたでしょうか?

    租界(外国人居住安全区域)から、当時の日本の居留民が、まるでサッカーや野球の観戦をしているように見物していた、如何に支那の軍隊(軍閥)がデタラメで弱かったかという状況をw

    当時の大日本帝国の方針は、「支那の内乱には関わらない」というものでした♥ 大日本帝国にとっては、支那の内乱は、子供の喧嘩のような興味すらわかないレベルだったわけです♥ 日本人居留民にとっての「騎馬戦」観戦のようなものです♥ 見ていて、「笑える」レベルの戦闘だったからですw

    しかし、時の大日本帝国は日本国民の生命や権利を蔑(ないがし)ろにはしませんでした。その安全保障の為に、支那側に要請したのが「対華21カ条要求」(1915年)です♥ これは、ごく普通の、至極当然の要請で、私たち日本の権益や居留日本人の法益保護を求めていたもので、要するに「国際ルール」「一般常識」を守るように要請しただけでした。

    現代の支那も、まったく同じですが、

    こういった(↓)日本企業の現地法人に対する暴動を、

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    自国の治安力をもって防げ安全を確保せよ、って要請したのが「対華21カ条要求」です♥ 

    文明国家では、至極当然ですね♥ それが出来ないのが、現在の中華人民共和国です♥

    さて、この頃、ヨーロッパで起こっていた出来事、それが「第一次世界大戦」(1914-1918年)と名付けられている戦争でした♥


    続きは次回に♥




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    Category: 支那
    Published on: Fri,  15 2016 00:01
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