破防法調査対象の日本共産党と、終戦後の「通化事件」 その二

    1434644387.jpg
    黒孩子(黑孩子, hēi hái zi, ヘイハイツ、ヘイハイズ)または黒子(黑子, hēi zi, ヘイツ)とは、中華人民共和国において、一人っ子政策に反して生まれたために戸籍を持つことができない子供のことである。俗称として闇っ子(やみっこ)という表現があり、一部報道ではこの表現が用いられることもある。

    この言葉における黒は「闇」という意味で、これは政府の視点による言葉である。その数は数千万から数億人と言われており、実数ははっきりしていない。黒孩子は、一人っ子政策開始直後から認識されており、1982年の人口調査で既に全10億の人口中475万人(人口比0.47%)が把握されていた2010年に中国国家統計局が行った人口調査では、戸籍を持たない人の数が総人口のおよそ1%にあたる約1300万人に及び、その大半が黒孩子だとみられている。下線文黒孩子は戸籍上は存在しないため国民として認められておらず学校教育や医療などの行政サービスを受けることができないといった状況にある。







    戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。

    そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。

    私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、

    客観的に情勢を判断する必要があります。

    それでは、この書物を見ていきましょう!




    『 中国が長らく“一人っ子政策”と呼ばれる人口抑制政策を採ってきたことは、知っとるやろ。そうは言ってもいろんな事情で、二人以上の子を成した家庭が結構あるんや。最近でも、何とか言うた有名な映画監督が三人の子持ちであることが発覚し、重い処分を受けたっていうニュースが流れていたわな」

    張 芸謀(ちょうげいぼう)
    張 芸謀(ちょうげいぼう)

    kiji.jpg
    チャン・イーモウ監督が一人っ子政策に違反、子供7人疑惑 中国当局が調査、罰金17億円以上か

    気まずい雰囲気を見かねた「潮田」が、私と「林」の仲を取り持つかのように突然、そう話し始めた。さらに続ける。

    「そうして生まれた子供たちは【『黒孩子(ヘイハイズ)』(黒い子供たち)】と呼ばれ、公にできんから戸籍も作れない。つまり、この世から消されてしまった存在なんや。それが百人や千人やないで、何と四千万人近くもおるんやから、どエライことやがな」

    驚き顔

    myhome 3

    「潮田」の話をまとめると、こんな内容になる。

     戸籍のない子供たちの多くは【人身売買の対象】として一人三千元(14年8月時点で約5万1千円)で売られ使用人小作人肉体労働者としてこき使われるならまだしも、【女の子なら少女売春婦、男の子なら買春客の生贄(いけにえ)か児童ポルノ用に売られたり】、もっと酷い例では、【臓器売買用(一応はドナー)として売り飛ばされている】という。

    驚き 4

     そんな“かわいそうな子供たち”を救済し、戸籍を得る手段を講じたり仕事に就かせたりして、人間らしい生活を送らせようと活動している【地下組織が「黒道」】だという。

     メンバーは憲法上、信仰の自由を認めているはずの中国政府から、国家の管理体制下に属さないとの理由で厳しい弾圧を受けている【キリスト教系地下教会の司祭や信者が多い】が、中には【反政府または反日組織の面々が参加】していることもあるという。

    ポイント

     何やら「掴みどころのない怪しげな団体」と言っていいだろう。

     事実、中国公安省はこの【地下組織「黒道」を黒社会の一員】と見なし、【黒社会、黒客とともに「三黒追放」を叫んで徹底的な取り締まりを行っている】とされる。

     中国公安省によれば、【「黒道」の構成員は戸籍のない「黒い子供たち」を中心に国内で約三千万人、海外を含めると四千万人近くに達する】といい、監視を強めているものの、なかなか把握できないほど世界中に広がっているという。

    驚き顔

     そして、「黒道」側がいくら

    「私たちは神様の教え(あるいは人道主義)に基づき不幸な子供たちの救済活動を行っているだけです」

    と訴えても、第二子以降に生まれた子供たちの存在を中国政府が認めていない以上、彼らの活動は必然的に非合法にならざるを得なくなっているのが実情だ。

     「黒道」戸籍を獲得する手段として主に行っている活動は、【黒い子供たちの身分を偽って就学生や研修生などの名目で日本に送り込んだり、日本人の協力者に偽装結婚や偽装認知させ、新たに日本国籍を取得させるなどの、言わば犯罪行為】である。

    ポイント

     ただ、中国政府の禁止命令に背いて、第二子、三子を密かに産み落とした農家では、生まれて来た赤ん坊に家畜の牛や鶏の血を塗りたくる風習があるらしい。人間が産んだのではなく、動物が死産した胎児であると見せ掛け、役人の目を誤魔化すためというが、そんな茶番が通用するとは思えないから、あくまで建前論なのであろう。

    myhome 4

     そして、一度死んだ動物の胎児が人間の子供として生まれ変わると考えたのが【「超生」(国家の割り当てを超えた命)】だといい、【この世から一度抹殺されたのだから、何をやっても平気であるという論法だ】

    驚き顔

     そのため彼らは、【国を愛する気持ちから起こした行動には罪はない】という意味の【「愛国無罪」】を強く訴え、【中国内の日本資本の企業や商店を襲撃したり、日本製品をボイコットするなど、激しい反日運動を展開】する。

     【頻繁に来日して、偽装とはいえ日本人と結婚して戸籍を取得したり、職に就いたりしているのに、反日感情をどんどんエスカレートさせて暴動まで起こす】というのだから、日本人にはよく分からない理屈であるし、中国公安当局でさえ、その実態を掴みかねているらしい。

     もっとも、これらの話は、後に中国大使館関係者や、在日中国人が作る半グレ集団のメンバー、華僑、日本の公安当局などから取材したり情報収集して判明したことで、この時点では全く分かっていなかった。…』

    日の丸

    いかがでしょうか?

    黒孩子(ヘイハイズ)については、百田さんが先日触れられていましたね♥

    動画がこちら♥(52:18あたりから)



    で、そんな黒孩子(ヘイハイズ)たちを、中国政府が取り締まる地下組織「黒道」が、様々な非合法手段で戸籍を獲得させていて、あろうことか、身分を偽って就学生や研修生などの名目で私たちの日本に送り込んできたり、日本人の協力者に偽装結婚や偽装認知させ、新たに日本国籍を取得させるといった犯罪行為をやっているんです♥

    そんな犯罪組織「黒道」には、キリスト教系地下教会の司祭や信者が多いと。。。司祭、つまりカトリックですね♥

    イエスと銃

    さて、それでは、昨日の続きです♥

    終戦後(←戦時中ではありません)満州在住の日本人が、命辛々逃げ出さなければならない状況に陥りました。この混乱で生じた問題が、「中国残留孤児」でした♥

    05-1.jpg

    地域別戦没者数

    軍人一般人比率

    その一例として、昨日、「通化事件」について、途中までご説明をさせていただきました。

    「通化事件」とは、満州において生じた、1946年、つまり終戦の翌年の2月3日の事件です♥

    そして、二人の裏切り者がいました。中国共産党とグルになっていた野坂参三前田光繁です。

    Nosaka_Sanzo_20150801191200cfc.jpg 野坂参三 共産党
    野坂参三(中国名・岡野進、日本共産党議長

    前田光繁
    前田光繁(中国名・杉本一夫)

    では、昨日同様に、以下、Wikipediaから一部抜粋してご説明させて頂きます♥

    ソ連軍の満州撤退後、中国共産党軍が単独で満州に進駐し、残留日本人は過酷な扱いを受けていました。また、中国共産党軍は、日本人民解放連盟(日解連)をつくり、中国共産党で活動していた野坂参三の著作などを使用した共産主義洗脳教育も行っていました。

    そんな中、日の丸をつけた飛行隊が通化にやってきます。

    「 1945年12月10日、通化に日章旗を付けた飛行隊が飛来し、日本人居留民は歓喜した。飛行隊は林弥一郎少佐率いる関東軍第二航空軍第四錬成飛行隊であり、一式戦闘機(隼)、九九式高等練習機を擁していた。隊員は300名以上が健在であり、全員が帝国陸軍の軍服階級章を付け軍刀を下げたままであった。また、木村大尉率いる関東軍戦車隊30名も通化に入ったが、航空隊と戦車隊の隊員は全員が中国共産党軍に編入されていた(林航空隊は東北民主連軍航空学校として中国人民解放軍空軍創立に尽力することになる)。 」

    e0040579_11271259.jpg
    林弥一郎

    ここで、三人目の裏切り者が出てきました。それが、林弥一郎です。中国人民解放軍空軍の父と褒め称えられています。もちろん、中国人からですけれど♥

    林弥一郎 人民解放軍空軍の父

    で、この頃から、中国共産党に対する反撃が始まるというが広がりました。

    「 このような状況下、「関東軍の軍人が中華民国政府と組んで八路を追い出す」というデマが飛び交った。日本人も中華民国政府系の中国人も、この噂を信じた。そしてその軍人とは、「髭の参謀」として愛され、その後消息不明とされていた藤田実彦大佐とされた。藤田大佐は終戦後、武装解除を待たずに師団を離れ、身を窶し、家族を連れて通化を離れ、石人に潜伏していた。藤田は、このような流言を耳にし説得に行くとして、11月頃に藤田を訪れた八路軍の軍人、工作員とともに通化へ向かった。これが藤田大佐とその家族との今生の別れになることになった。」

    第125師団参謀長藤田実彦大佐
    第125師団参謀長藤田実彦大佐

    「 1945年12月23日、「中国共産党万歳。日本天皇制打倒。民族解放戦線統一」などのスローガンのもとで日本人民解放連盟と日僑管理委員会の主催で通化日本人居留民大会が通化劇場で開かれた。大会には劉東元司令を始めとする中国共産党幹部日本人民解放連盟役員らが貴賓として出席し、日本人居留民3000人が出席した。大会に先立って、日本人居留民たちは、「髭の参謀」として愛され、その後消息不明とされていた藤田実彦大佐が大会に参加すると伝え聞いており、大会の日を待ちかねていた。

     大会では、元満州国官吏井手俊太郎が議長を務めた。冒頭、議長から「自由に思うことを話して、日本人同士のわだかまりを解いてもらいたい」との発言がなされると、日解連通化支部の幹部たちからは、自分たちのこれまでのやり方を謝罪するとともに、「我々が生きていられるのは中国共産党軍のお陰である」などの発言がなされた。日本人居留民たちは発言を求められると、日解連への非難明治天皇の御製を読み上げ「日本は元来民主主義である」などの発言が続いた。臨江から避難してきた山口嘉一郎老人は岡野進(野坂参三)の天皇批判を万死に値すると痛撃した。山口嘉一郎老人が「宮城遥拝し、天皇陛下万歳三唱をさせていただきたい」と提案すると満座の拍手が沸き起こった。議長が動議に賛意を示す者に起立をお願いすると、全員が起立したため動議が成立し、宮城遙拝と天皇陛下万歳三唱が行われた。次に山口老人は、「我々は天皇陛下を中心とした国体で教育され来たので、いきなり180度変えた生き方にはなれませんので、徐々に教育をお願いしたい」旨を述べた。最後に藤田大佐が演説を行ったが、中国共産党への謝意と協力を述べるにとどまった。後日大会で発言した者は連行され処刑された。」


    つまり、中国共産党に反抗的な日本人居留民をあぶり出して、処刑するための大会だったわけです。

    「 1946年1月1日、中共軍(東北民主連軍)後方司令の朱瑞を隊長、林弥一郎を副隊長とした東北民主連軍航空総隊が設立される。同日、中国共産軍側工作員の内海薫何者かに殺害される

     1月5日、藤田実彦大佐は中共軍に呼び出され、竜泉ホテルにある中共軍司令部に出頭。劉東元司令は藤田に関東軍が隠している武器を出すよう要求したが、参謀職である藤田は「大隊長や中隊長ではないので知らない」と返答したため、監禁された。以降、有志からの情報は薬を渡しに来る看護婦柴田朝江によって秘密裏に届けられることとなった。柴田は日本軍の特務出身の看護婦で、当時は赤十字病院(旧関東軍臨時第一野戦病院)に勤務していた。劉司令夫人が中共軍軍医の誤診に悩んでいたところ、柴田が適切な診断を行ったため、劉夫妻から専属看護婦の地位を得えられ、「婦長」と呼ばれていた。信頼された柴田朝江は藤田への薬を届ける任を与えられていた

     1月10日、日本人の通行が禁止され非常警戒のさなか日本人管理委員会主任委員趙文卿の署名入りの逮捕状を持った兵士たちが、日本人民解放連盟通化支部幹部高級官吏日本人居留民会の指導者ら140名が内海を殺害した容疑で連行され、専員公署の建物に抑留される日本人民解放連盟通化支部は解散させられる

     1月15日午前4時、竜泉ホテルに監禁されていた藤田大佐が3階の窓から脱出し、有志の隠れ家となっていた栗林家へ隠れた(しかしこれは、蜂起に参加するためか、それとも止める為か判然としない。藤田は脱出時に怪我を負い、結局蜂起にはまったく加わらず、八路に逮捕されるまで栗林家の押入れにずっと居た)。脱出が発覚すると、事前に知らされていなかった柴田は身の危険を感じてホテルの裏口から赤十字病院へ向かい、病院に着くと頭をバリカンで刈り上げて男性になりすました。まもなく中共軍が病院の捜索を始めたため、柴田久軍医大尉の手引きを得て栗林家へ隠れることとなった。まもなく竜泉ホテルで藤田大佐の碁の相手をしていた北田光男は脱出の手引きをしたとして捕えられる。

     1月某日、林少佐日本人居留民を束ねていた桐越一二三のもとを足を引きづりながら訪れ、自らが桐越の名を彫り込んだ軍刀を桐越の妻に土産として渡している。(当時、通化では武器の所有は禁止されていたので、後日この軍刀が桐越一二三の反乱関与の証拠品とされることとなる。

     1月21日、菅原達郎通化省次長、河内亮通化県副県長、川瀬警務庁長、通化市副市長は中国共産党軍によって市中引き回しの上で、渾江の河原で公開処刑された処刑された遺体は何度も撃たれ銃剣で突き刺されハチの巣にされた。穏やかで信頼が厚く中国人からの評判の良い河内副県長の銃殺は日本人への衝撃は大きく不安を決定づけた。後日、日本人居留民は通化劇場に集められ、前田光繁から川内亮通化県副県長たちの処刑について当事者の責任であるから仕方のないことであるとした旨の説明がなされた。1月10日に逮捕された残りのもの全員は2月3日に銃殺された。」


    「 一月十日事件のあと、関東軍が蜂起するという流言が流れていた。計画は中華民国政府与党の国民党員と元関東軍軍人等で練られていた。彼等は、監禁されている藤田大佐を奪還し、(藤田の意思に関らず)これをシンボルとして使うつもりであった。」

    こうして、このあと武装蜂起、といっても「こん棒」とか「スコップ」なんですが、中国共産党軍に立ち向かっていくんです。

    しかし、裏切り者のせいで悲惨な結末を迎えてしまいます。

    忘れないで頂きたいことは、これらのお話は、終戦後のお話です♥

    日本共産党

    こちらも併せてご覧ください♥

    一橋 文哉 進化する中国系犯罪集団



    05-1.jpg


    続きは次回に♥




    ランキング参加中で~す^^ ポチっとお願いします♥
    ↓↓↓↓↓↓↓

    にほんブログ村 本ブログ おすすめ本へ
    にほんブログ村


    人気ブログランキングへ
    関連記事
    Category: 日中関係
    Published on: Sun,  27 2016 00:00
    • Comment: 0
    • Trackback: 0

    0 Comments

    Post a comment