ロスチャイルドって何? ~ 歴史上のデキゴトを磯野家で考えてみる

    ロスチャイルド家(ロートシルト家)の紋章
    ロスチャイルド家(ロートシルト家)の紋章。この紋章は1822年にオーストリア政府(ハプスブルク家)より、男爵の称号とともに授けられた。盾の中には5本の矢を持った手が描かれ、創始者の5人の息子が築いた5つの家系を象徴している。盾の下には、ロスチャイルド家の家訓であるConcordia, Integritas, Industria(調和、誠実、勤勉)という銘が刻まれている。

    ロスチャイルド家(Rothschild、「ロスチャイルド」は英語読み。ドイツ語読みは「ロートシルト」。フランス語読みは「ロチルド」。)は、ヨーロッパの財閥、貴族。門閥として名高い。ロマノフ家とはHubert de Monbrison (15 August 1892 – 14 April 1981) の三度にわたる結婚を介して家族関係にある。また、ベアリング家ともギネス家を介してやはり家族関係である。モルガン家やゴールドシュミット・ファミリーとも親密であり、広範なビジネスコネクションをもつ。

    18世紀後半にフランクフルトのゲットー(ユダヤ人隔離居住区)出身のマイアー・アムシェル・ロートシルト銀行家として成功し宮廷ユダヤ人となった。彼の五人の息子がフランクフルト(長男アムシェル)、ウィーン(二男ザロモン)、ロンドン(三男ネイサン)、ナポリ(四男カール)、パリ(五男ジェームス)の五か所に分かれて銀行業を拡大させた。二男と五男は鉄道事業へ出資をして創設に関わった。この他、一家はスペインのMZA鉄道(マドリード・サラゴサ・アリカンテ鉄道)と上部イタリア鉄道 Società per le Ferrovie dell'Alta Italia もファイナンスした。近代化しつつあった郵便事業にも関わっていた。

    やがて、フランクフルト家、ウィーン家、ナポリ家は絶家した。フランクフルト家の銀行は1901年にディスコント・ゲゼルシャフトに吸収された。

    ロンドン家とパリ家は現在まで残っている。両家は日露戦争のころ日本政府へ巨額を貸し付けた歴史をもつが、それでさえ普仏戦争の賠償シンジケートに比べると彼らの仕事では小さい方である。とはいえ、ロンドン家のシンジケートは関東大震災後の復興融資を通して日本経済に深く浸透した。また、両家はそれぞれイングランド銀行とフランス銀行に対して一定の影響力をもった。加えて、イギリス国家事業であるケーブル・アンド・ワイヤレスの経営に助言したり、地中海クラブを所有したりした。

    現在はN・M・ロスチャイルド&サンズが、M&Aのアドバイスを中心とした投資銀行業務と富裕層の資産運用を受託するプライベート・バンキングを行っている。一方、リオ・ティントやイメリーズという大規模な工業事業も支配した。イメリーズは2008年現在グループ・ブリュッセル・ランバートの筆頭株主である。鉱産資源は19世紀末ごろから本格的に開発している。 






    戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。

    そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。

    私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、

    客観的に情勢を判断する必要があります。

    それでは、この書物を見ていきましょう!




    『 さて、近現代史の正体を理解するためには、…現在に至るまで、【戦争の歴史をリードしてきたアメリカの実態】を知ることが必要です。

    ポイント

     アメリカの歴史建国の精神と切り離すことができません。

     ご存じのように、【アメリカはイギリスから渡ったピューリタンたちによってつくられた国】です。アメリカのことを理解するには、アメリカ建国から少しさかのぼってヨーロッパの状況を考えてみる必要があります。

    イギリス領北アメリカ植民地旗
    イギリス領北アメリカ植民地旗

    こちらもご参照♥

    学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて・・・みたいなアメリカの話



     中世以降のヨーロッパは、貿易が盛んになり、富が蓄えられ、【金融の力】が大きく働き始めた時代です。ヨーロッパの金融には【主に二つの流れ】があります。一つは、イタリアを中心とした金融勢力。もう一つは、フランクフルトの【ロスチャイルド家】を中心とした金融勢力です。…

    マイアー・ロートシルト
    マイアー・ロートシルト

     イタリアの商人たちが長くヨーロッパの金融を支配していましたが、その後、【ユダヤ商人たちが台頭】してきました。18世紀後半フランクフルトから出てきたマイアー・アムシェル・ロスチャイルドは、金融でロスチャイルド家を栄えさせ、ロンドン、パリ、ウィーン、ナポリなどに勢力を拡大していきます。

    シャトー・ラフィット・ロートシルト
    シャトー・ラフィット・ロートシルト

     彼らは各国の王室と結びついて勢力を伸ばし始めました。王室の側も財政金融面でユダヤ商人たちの力を必要としており、ユダヤ商人側も王室をうまく利用していました。

    シャトー・ラフィット・ロートシルト1999年
    シャトー・ラフィット・ロートシルト1999年

     やがて、ユダヤ商人たちの勢力が増して、国内の金融を牛耳るようになっていきました。王室にとって厄介な存在となり、彼らへの迫害が始まります。

    800px-EdwardI-Cassell.jpg
    エドワード1世

     【顕著な例がイギリス】です。

     イギリスではエドワード1世によって1290年【ユダヤ人はイギリスから永久に追放】されました。…

    こちらもご参照♥

    クリスチャン、汝の隣人を愛しなさいって♥



     【追放されたユダヤ人の多くはフランスに移住】しました。以後、建前上はイギリスにユダヤ人はいなくなりましたが、国王の特別許可を得たユダヤ人はイギリスへの入国が認められましたし、キリスト教に改宗したユダヤ人はそのままイギリスに留まることができました。

    チャールズ1世の処刑
    チャールズ1世の処刑

     それから360年の月日が流れた17世紀中頃、イギリスではチャールズ1世が貴族の権限拡大を主張する議会と対立状態に陥りました。これを見た【オランダのユダヤ人金融家マナセ・ベン・イズラエル】【クロムウェルと取引】をし、ユダヤ人再入国と引き換えに資金援助を申し入れました。

     かくして、【清教徒革命】の成功と【ユダヤ人再入国】が実現したのです。
    チャールズ1世は公開処刑され、イギリスは共和国となりました。

    こちらもご参照♥

    平和な江戸の200年 VS キリスト教内乱の300年



     私たちが習ってきた清教徒革命は、ピューリタンであるクロムウェルが革命を主導し、国王チャールズ1世を処刑して共和制を打ち立てたという表層的なものです。

    悩む女の子2

    ところが、【イギリス人が書いた書籍】を読むと、清教徒革命とは「イギリスを追われていた【ユダヤ人たちがイギリスに戻ってきた革命】である」という見方をしています(ヒレア・ベロック『The Jews』)。

    5929.jpg
    The Jews by Hilaire Belloc

     日本人は、クロムウェルは王政を倒した立派な政治家という認識ですが、ここに見たように【ユダヤ商人に利用された一面】もあるわけです。

    オリヴァー・クロムウェル
    オリヴァー・クロムウェル

    こちらもご参照♥

    カトリックのテロリスト IRA ~ Chris Harper Mercer



     しかし、クロムウェルが革命後しばらくして死ぬと、チャールズ1世の遺児がチャールズ2世として国王に復帰しました。これが1660年王政復古です。

    スヘフェニンゲン(オランダ)からのチャールズ2世の帰還 1660年
    スヘフェニンゲン(オランダ)からのチャールズ2世の帰還 1660年

     実は、チャールズ2世は大陸亡命中に【アムステルダムのユダヤ人富豪】から王位返り咲きのために多額の資金援助を受けていました。そのため、チャールズ2世は治世中寛大なユダヤ人政策を取っていたのです。

    ジェームズ2世
    ジェームズ2世

     ところが、チャールズ2世の死後、弟がジェームス2世として即位しましたが、彼は【カソリック教徒】であったためイギリス人に人気がありませんでした。そこで、ジェームス2世の女婿(じょせい)であるオランダのオレンジ侯ウィリアム(後のウィリアム3世)がイギリスに上陸し、ジェームス2世は逃亡しました。

    ウィリアム3世
    ウィリアム3世

    そして、ウィリアム3世はメアリー(メアリー2世)と共にイギリスを共同統治することになったのです。これが世にいう【名誉革命(無血クーデター)】でした。』

    日の丸

    いかがでしょうか?

    イギリスの名誉革命は、磯野家で考えると理解しやすいです♥

    isonoke1.png
    名誉革命前の磯野家

    つまり、プロテスタントの「フグ田マスオ」が、カトリックの「磯野波平」を追いだして、「フグ田サザエ」とともに磯野家を乗っ取ったクーデターだったんですね♥

    磯野家
    名誉革命後の磯野家

    たとえば、コレなんかも、磯野家で考えると分かりやすいです♥

    EU.jpg
    英国民投票、6月23日実施 EU離脱問題で  EU首脳会議は改革案で合意

    流入する移民や労働者によって、財政負担が増加し、まじめに働いて税金を払っている英国民がそれらのコストを負担し、そのうえ低賃金労働者が流入するため、失業してしまう英国民も激増、合わせて賃金低下も生じていて、EUに対して移民制限しろ!しないなら、EUを離脱するぞ!っていうイギリスの正しい主張ですが、コレを磯野家で考えてみるとこうなります♥

    20100728_1767277.jpg

    つまり、赤の他人が子連れで、磯野家に押し入ってきて、やりたい放題・・・

    こんなことされたら、タマリマセンね♥

    wSieci.jpg

    流入する難民による性的暴行事件も激増していますね♥

    スイス芸術家 Milo Moire

    詳しくはこちらをご参照♥

    「短時間労働+高給」で、幸せになれるでしょうか ~ ドイツの豹変



    さて、ここからは昨日の続きです♥

    「支那の台頭が終焉を迎えた」ということです♥

    もう、転がり落ちるしかないんです♥ 逃げ場がないのが今の支那です♥

    中国 バブル

    世界のいろいろな国々で発行されている「通貨」つまり「おカネ」のことですが、多くの国では、「民間銀行」が発行しています♥

    で、ここが問題なんですけど、例えば「アメリカ・ドル」という「通貨」を発行する際には、アメリカ政府が交換物として「国債」を発行する必要があります♥

    「アメリカ・ドル」とは「おカネ」です。一方で、「国債」は「証文」、つまり「借金」に他なりません♥ これは、私たちの日本でも同じです♥

    ところが、支那では、そうではないんです♥

    これが、現在世界で起こっていることの、根本問題になっています♥

    実は支那は、国内に外国からの投資等で流入してくる外貨(「アメリカ・ドル」)に対応する形で「人民元」を発行し増やしてきました。また、借金によって調達した外貨(「アメリカ・ドル」)に対しても、同様に見合いの量の「人民元」を発行してきました。

    なぜかというと、アメリカ・ドルとの為替レートをコントロールする必要があったからです♥

    中国はドルに合わせて人民資金を発行する

    サブプライムローンから生じた金融危機によって、世界の特に欧米の銀行(=金融資本家)が痛手を受けました。

    それに対し、欧米の中央銀行(=民間銀行でその所有者が金融資本家)が、欧米の銀行(=金融資本家)を援助する目的で「通貨(おカネ)」を増やしました。

    当然、交換物としての「国債」が増発されるわけで、その結果、欧州の財政状況の悪いギリシャやポルトガルやイタリアなどの国家が危機に陥りました♥

    つまり、金融資本家の損失が、財政の脆弱な国家へと移転した格好となりました。

    そして、この当時元気だったのが、資源高に沸いた新興国、資源国、そして支那でした。何故か日本では、鳩山・菅・野田といったおバカが政権を担い、あろうことか世界の通貨供給拡大の流れに逆らいました。その結果未曾有の円高不況をもたらしちゃってくれました♥ さらに追い打ちをかけたのが、全原発停止でした。これによって、私たち日本の財産が数十兆円流出することになります。

    さて、ここからが、今起きていることですが、ご存知の通り「原油価格」が暴落しました♥

    原油相場の長期推移
    2015・2016・2017年度 内外経済見通し みずほ総研

    もっと正確に申し上げますと、「原油価格」を暴落“させた”んです♥

    「 現在では、エジプトとシリアにイスラエルを攻撃させ、イスラエルがパレスチナを占領しているのを口実としてアラブ産油国を中心とするOPECが石油禁輸や価格の値上げを断行するとのシナリオを書いたのは、キッシンジャーであることが有力説となっている…禁輸の対象はオランダとアメリカでした。アメリカ国民の利益を犠牲にしてもキッシンジャーはこのシナリオを実践したのです。

     ところで、石油危機をアメリカが演出する必要があった事情を、三十年後にグリーンスパンが仄めかしています。彼の回想録『波乱の時代』において、アメリカは自国原油生産量が世界の半分以上を占めていたため、原油価格決定力を持っていたが、その優位は1971年に消えたとして、以下のように続けます。




     だが、アメリカの原油は、1971年にその歴史的役割を終える。世界の需要が拡大し、ついにアメリカの過剰な産油能力を吸収したのである。この時点で、アメリカはエネルギーでの独自の立場を失った。突如として価格決定の中心は移った。最初は中東の大規模産油国に、最終的にはグローバル化した市場の力に市場の力は産油国にも他の誰にも抑えることはできないものである。」

    詳しくはこちらをご参照♥

    オイルショックの謎①♥



    先進国が苦しんでいるのを尻目に、資源高に沸いた新興国、資源国、そして支那は、どんどん経済を拡大させていきました。もちろん、経済成長とともに、その負債も膨らんでいきました

    中国のドル建て債務残高

    その膨らみきったところで原油価格を暴落させたんです♥

    これは、先進国や原油の輸入国にとっては、膨大な利益をもたらします♥

    支那原油の輸入国ですから、原油価格の暴落はメリットです。ところが、アメリカドルの供給を絞り始めたんです♥

    繰り返しますが、支那は「アメリカ・ドル」に対応する形で「人民元」を発行し増やしてきました。また、借金によって調達した外貨「アメリカ・ドル」に対しても、同様に見合いの量の「人民元」を発行してきました。

    では、 「アメリカ・ドル」の供給を絞るとどうなるでしょうか?支那への投資が減り、支那から「アメリカ・ドル」が流出すると「人民元」がどうなるでしょうか

    悩む女の子2

    答えは、こちらをご覧ください♥

    人民元とドルの資金発行量増加額
    こちらもご参照♥ ⇒ 習政権にとって“人民元自由化”は自滅の道 日本としては大いに結構 

    「アメリカ・ドル」が減少すると、御覧の通り、「人民元」も増えないんです♥

    これが支那の弱点なんです♥

    では、支那が取り得る方法って、なんでしょう? そして支那は、これからどうなるのでしょう?

    悩む女の子2

    ヒントは、大きな流れを考えることでしょうか♥

    そもそも、金融資本家の損失が、財政の脆弱な国家(先進国)へと移転され、先進国はヘトヘトな中、一方で、新興国・資源国・支那が隆盛を極めていました。

    しかし、原油価格の暴落は、先進国と資源国との間で、富の移転・逆流を生み出します。

    なぜなら、「おカネ」とは「借金」と表裏一体のモノだからです♥

    つまり、富(=おカネ)が移転するならば、「借金」も移転します♥

    要するに、先進国の「借金」が、新興国・資源国・支那へと移転しちゃうんです♥


    続きは次回に♥




    ランキング参加中で~す^^ ポチっとお願いします♥
    ↓↓↓↓↓↓↓

    にほんブログ村 本ブログ おすすめ本へ
    にほんブログ村


    人気ブログランキングへ
    関連記事
    Category: 世界史
    Published on: Sun,  28 2016 00:01
    • Comment: 0
    • Trackback: 0

    0 Comments

    Post a comment