日本にあった「バベルの塔」 ~ 三内丸山遺跡のスゴイところ

    ピーテル・ブリューゲル『バベルの塔』(1563年)
    ピーテル・ブリューゲル『バベルの塔』(1563年)
    バベルの塔(バベルのとう、ヘブライ語: מגדל בבל‎)は、旧約聖書の「創世記」中に登場する巨大な塔。神話とする説が支配的だが、一部の研究者は紀元前6世紀のバビロンのマルドゥク神殿に築かれたエ・テメン・アン・キのジッグラト(聖塔)の遺跡と関連づけた説を提唱する。

    バベルの塔の物語旧約聖書の「創世記」11章にあらわれる。そこで語られるのは下記のような記述である。位置的にはノアの物語のあとアブラハムの物語の前に置かれている。

    全ての地は、同じ言葉と同じ言語を用いていた。東の方から移動した人々は、シンアルの地の平原に至り、そこに住みついた。そして、「さあ、煉瓦を作ろう。火で焼こう」と言い合った。彼らは石の代わりに煉瓦を、漆喰の代わりにアスファルトを用いた。そして、言った、「さあ、我々の街と塔を作ろう。塔の先が天に届くほどの。あらゆる地に散って、消え去ることのないように、我々の為に名をあげよう」。主は、人の子らが作ろうとしていた街と塔とを見ようとしてお下りになり、そして仰せられた、「なるほど、彼らは一つの民で、同じ言葉を話している。この業は彼らの行いの始まりだが、おそらくこのこともやり遂げられないこともあるまい。それなら、我々は下って、彼らの言葉を乱してやろう。彼らが互いに相手の言葉を理解できなくなるように」。主はそこから全ての地に人を散らされたので。彼らは街づくりを取りやめた。その為に、この街はバベルと名付けられた。主がそこで、全地の言葉を乱し、そこから人を全地に散らされたからである。

    — 「創世記」11章1-9節









    戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。

    そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。

    私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、

    客観的に情勢を判断する必要があります。

    それでは、この書物を見ていきましょう!




    『 日本人『古事記』が成立する以前から【独自の文化】を編みだしていた。

    驚き顔

     日本文化の素晴らしさは、4000年以上前の縄文時代にまで遡ると思う。

    驚き 2

     私は…自由社中学校用『新しい歴史教科書』を応援している。カラー写真も豊富で見るだけでも楽しい。…

    新しい歴史教科書



     そのなかで、とくに縄文時代に関心をもった。

    悩む女の子2

     とりわけ目を見張ったのは青森県にあるという【三内丸山(さんないまるやま)遺跡】だった。

    三内丸山遺跡 2
    三内丸山遺跡

    まず、巨大な木の柱を組んでつくられた四階建ての建築物である「大型堀立柱建物」がある。もちろん、復元されたものだ。

    122 2

     遺跡では直径2メートル深さ2メートル柱の穴が、4・2メートル間隔で6つ発見された。

    122.jpg

    その柱の穴から推定して、復元した建物の高さは15メートルある。

    驚き顔

    その想定が正しければ、現在の建物で一階分が約3メートルとすると、【三内丸山遺跡の建物は、五階建てのマンションの高さに相当】する。

    驚き 2

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     私が日本に来たころにいだいていた、古代日本のイメージといえば、狩猟生活の縄文時代へて稲作が始まり人々が定住するようになった弥生時代あたりから文明が始まるというものだった。…

    ポイント

     そうした時代二世紀とか三世紀とか、いずれにしても【紀元前ではなく、西暦の紀元後のことだと思い込んでいた】。英文の解説書にも、そう書かれている。

    ポイント

     狩猟採集時代は、もっと遡るかもしれないが、いずれにしても、【日本で文明がはじまったのは、二、三世紀と思い込んでいた】。それでも、イギリスやアメリカと比べたらはるかに古い歴史をもつことになる。

     ところが【日本の歴史はもっと古い】のだ。いや【エジプトや、メソポタミアや、黄河といった世界史の最古の文明と競うものだ】と分かってきた。

    驚き 2

     私は『新しい歴史教科書』の市販本によって、三内丸山遺跡の存在を、はっきりと認識した。

    三内丸山遺跡 全景
    三内丸山遺跡 全景

    その年代は、「今から5500年前から4000年前ごろまでの約1500年」と、書かれている。さらっと書かれているが、このことは日本文明の起源が世界史から見てもとんでもないものであることを意味している。

    悩む女の子2

     ユダヤ教にとって唯一の聖書(トラ)は、キリスト教にとっての旧約聖書だが、そこに描かれていた歴史はおよそ6000年と言われる。

    悩む女の子2

     2015年10月が、イスラエル国家公式の暦としているユダヤ暦の5776年の新年に当たった。【ユダヤ暦のゼロ年は、全能の神がこの宇宙を6日をついやして、創造された時から始まっている】

    Creation_of_stars_and_planets.jpg
    星の創造 : ミケランジェロによるシスティーナ礼拝堂の天井画より

     もちろん、神話であるが、ユダヤ教によれば、この宇宙が誕生してから5776歳でしかないのだ。

     ところが、【三内丸山遺跡は聖書時代のはじまりのころに、五階建てマンションと同じ高さの建物を、建築していた】

    驚き 2

    001_20160128172334b19.jpg

    まさに「文明」である古代の日本文明が建てた「バベルの塔」ならぬ、「アオモリの塔」なのだ。

    三内丸山遺跡 全景
    三内丸山遺跡 全景

    遺跡という物的証拠が証明している。』

    日の丸

    いかがでしょうか?

    ここで書かれている青森県の「三内丸山遺跡」の存在が、どんでもなく凄いことだって御存知でしょうか♥

    著者が書いているように、一般的な日本人が持っている「古代日本のイメージ」は、まず「狩猟・採集生活」の【縄文時代】があって、その後大陸から稲がもたらされて「農耕」が始まり人々が「定住」するようになったのが【弥生時代】で、このころから私たち日本の文明が始まった、というものではないでしょうか?

     簡単に言うと、縄文時代は遅れていて稲作という農耕が始まる弥生時代は進歩・発展した時代だって、そういう風に戦後教育では一貫して教え込んでいます♥ 実際、このように「思い込んでいる」日本人の方々が、まだまだ多数いらっしゃいます♥

     以前にも、触れさせて頂きましたが、『歴史』というのは、本来は、一連の流れとして存在しているのですが、それを都合良く区切るそのうえで意図した通りのストーリーが出来上がり、それを『歴史』として子供たちが教えられているのが戦後の教育です♥

     「学習指導要領」で、私たち日本の歴史が、どれほど歪な形で区切られているか、御存知でしょうか?

    西洋史の時代区分とともに、具体的に目に見える形で、表にしてみると、こんな感じになるんです♥

    歴史区分

    「学習指導要領」にも、私たちの日本における「古代」は、12世紀ごろまでって、ハッキリと書かれています

    中学校学習指導要領解説 社会編 古代迄の日本

    12世紀の私たち日本といえば、例えば、源平合戦における最終決戦である「壇ノ浦の戦い」(1185年)があった時代ですが、この時代を現在の子供たちは日本の「古代」だって教え込まれているんです♥

    壇ノ浦の戦い
    壇ノ浦の戦い

    私たち日本の「古代」って12世紀まででしょうか?

    悩む女の子2

    おかしいですね♥

    詳しくはこちらをご参照♥

    死刑以上の最高刑がある国 ~ やっぱり正しい脱亜論



    で、正しい私たちの「古代」を示しますと、このようになります♥

    歴史区分 2

    中世や近世、近代といった時代区分も、ヘンテコなままではありますけれども、ここではまず「古代」のみを修正すると、このようになります♥ 解説については、以下のリンク先でご確認ください♥

    詳しくはこちらをご参照♥

    儒教圏における歴史記述の得意技 ~ 通州事件



    で、さきほどの「三内丸山遺跡」「縄文時代」・「弥生時代」の区分とともに、表にしてみますと、こうなります。

    歴史区分 3

    東京ディズニーランド(51ヘクタール)4分の3ぐらいの規模を持った大集落遺跡「三内丸山遺跡」(38ヘクタール)です。 ちなみに、同じ時代につくられた世界の遺跡には、ストーンヘンジ(紀元前2000年~3100年頃)、クフ王のピラミッド(紀元前2560年頃)、モヘンジョダロ(紀元前2500年から紀元前1800年)などがあります。

    ヒスイの大珠土偶・土器無数に発掘されていて、お墓もあります♥

    こちらの動画をご参照♥



    ここで、もう一度、一般的な日本人が持っている「古代日本のイメージ」を確認してみましょう♥

    『 まず「狩猟・採集生活」の【縄文時代】があって、その後、大陸から稲がもたらされて「農耕」が始まり人々が「定住」するようになったのが【弥生時代】で、このころから私たち日本の文明が始まった 』

    御理解いただけましたでしょうか? すでに、縄文時代から人々は「定住」していたことが「三内丸山遺跡」によって証明されていますね♥

    戦後の左巻き思想の強いヒトが数多く存在する考古学者たちは、縄文時代は遅れていて、稲作という農耕が始まる弥生時代は進歩・発展した時代だと、マルクス主義的な捉え方でしか、歴史を述べてきませんでした。現在の多くの考古学者も同様です♥

    考古学者は文系です。左巻き単純左翼が多いのも、この文系です♥ 歴史学者なんかも文系ですね♥

    その文系単純左翼のマルクス主義的歴史観を、自然科学の学者たちがことごとく崩壊させているのが、現在の状況です♥

    自然科学、つまり生物学や物理学といった理系学者たちが、実験や科学的データに基づいた実証により、数字に弱い文系学者を蹴散らし始めているんです♥

    「三内丸山遺跡」が証明しているもう一つの重要な事実は、縄文時代にすでに人工的に「クリの木」を「植林」し、「栽培」していた事です

    クリ林に出かけて行って、「採集」していただけでなく、人々が住む集落にクリの木を植えて育ててそれを食していた事実です♥

    さらに、クリだけではありません。日本の至る所で、「ダイズ」や「アズキ」といった日本在来種の穀物を栽培していたのが縄文時代だったということが、最近になって判明しつつあるんです♥ つまり、縄文時代に「栽培」や「農耕」が行われていた事になります♥ この辺りは、また別の機会にご紹介させて頂きます♥

    最後に、こちらの動画で、自然科学によって正しい歴史が解明されつつある現在の状況を確認してみてください♥




    続きは次回に♥




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    Category: 日本
    Published on: Thu,  04 2016 00:00
    • Comment: 2
    • Trackback: 0

    2 Comments

    7C  

    No title

    バベルの塔とは、1万年以上昔の縄文時代の塔を見た記憶なのでしょうね。

    山でなくて塔なのですから、語り継がれたことでしょう。

    2017/04/07 (Fri) 12:17 | EDIT | REPLY |   

    みっちゃん  

    Re: No title

    7Cさん、こんにちは^^

    コメント有難うございます♥


    バベルの塔とは、1万年以上昔の縄文時代の塔を見た記憶なのでしょうね。山でなくて塔なのですから、語り継がれたことでしょう。⇒ あっ、なるほど~♪ すごく腑に落ちますね♥ 教えて頂きまして有難うございます!

    これからも、宜しくお願い致しま~す☆彡

    2017/04/08 (Sat) 07:49 | REPLY |   

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