戦争を知らない子供たち ~ 本当に知らないことは何でしょう?

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    「戦争を知らない子供たち」(せんそうをしらないこどもたち)は、1970年に発表された、ジローズ(第二次)のヒット曲。作詞は北山修、作曲は杉田二郎。

    1971年2月5日にレコードが発売されるとオリコンチャート最高11位、累計で30万枚以上を売り上げるヒット曲となった。ジローズはこの年の第13回日本レコード大賞新人賞を、北山修は作詞賞を受賞した。1972年公開の映画『地球攻撃命令 ゴジラ対ガイガン』では挿入曲として流れ、1973年には、この曲の歌詞を原案にした同名の映画が制作された。





    戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。

    そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。

    私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、

    客観的に情勢を判断する必要があります。

    それでは、この書物を見ていきましょう!




    『 私が10代の後半から20代の前半の頃は巷(ちまた)ではフォークソングが流行り、私自身も髪を長くして肩にギターを担いで歩いていた。

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     胸に残っている歌がある。

    悩む女の子2

    【「戦争を知らない子供たち」という曲】で、…歌詞は「髪の毛が長いと許されないなら」「平和の歌をくちずさみながら」など、【反戦平和バリバリの内容】だ。それを【何も考えずに口ずさんでいた】



     最近、この名曲が車の中で口を衝いて出た。すると、【「“戦争”を知らない子供たち」が「“洗脳”を知らない子供たち」】と自分の中で歌詞が変わっていた

    驚き顔

     私は【学校でまともに近現代史を学ぶことはなかった】。「戦前の日本は悪だ」「アメリカが民主主義を教えてくれた」と学ぶ。

    驚き 2

    【日本国の神話は教えられた記憶がない】

    驚き 2

    「卑怯で残忍な日本が真珠湾攻撃を行い戦争が始まった」「軍隊など必要がない」とも思っていた。【日本を否定する洗脳に自分自身が知らぬ間にドップリと浸り込んでいた】

    驚き 4

    年を重ね海外を飛び回るようになり、【日本がいかに素晴らしい国か、天皇陛下の存在がいかにありがたいか】を知る。「僕等の名前を覚えてほしい」さりげなく【洗脳】された「洗脳を知らない子供たちさぁ~」と、また大声で唄いたくなった。』

    戦争占領)が終わって 僕等は生れた
    戦争洗脳)を知らずに 僕等は育った
    おとなになって 歩き始める
    平和の歌を くちずさみながら
    僕等の名前を 覚えてほしい
    戦争洗脳)を知らない 子供たちさ

    若すぎるからと 許されないなら
    髪の毛が長いと 許されないなら
    今の私に 残っているのは
    涙をこらえて 歌うことだけさ
    僕等の名前を 覚えてほしい
    戦争洗脳)を知らない 子供たちさ

    青空が好きで 花びらが好きで
    いつでも笑顔の すてきな人なら
    誰でも一緒に 歩いてゆこうよ
    きれいな夕日が 輝く小道を
    僕等の名前を 覚えてほしい
    戦争洗脳)を知らない 子供たちさ
    戦争洗脳)を知らない 子供たちさ


    日の丸

    いかがでしょうか?

    まだまだ数多くの人が、「洗脳」から抜け出せないでいます♥

    正しい歴史自分自身で勉強し直して、一刻も早く、「洗脳」から抜け出さなければなりませんね♥

    私たちの日本が戦ったのは、1941年12月8日から1945年8月15日まで、その間の3年9カ月です。

    しかし、戦争はそこで終わったわけではありませんね♥占領下に置かれている期間も、戦争は続いているんです♥武器を持って、戦っていないだけで、一方的に占領政策を強制されていたんですから。

    ですから、私たち日本の戦争は、その後の1952年4月28日まで続いていた事になります。およそ7年間、つまり実際に戦闘行為があった3年9カ月の期間に対して、ほぼ2倍にあたる長期間占領されていた事実を忘れてはいけませんね♥

    で、その占領下の日本でつくられたものを、何製と呼ばれたでしょうか?

    メイド・イン・ジャパン(日本製)では、ありませんでした。

    悩む女の子2

    「 正憲法、せいけんぽうというのはぼくの造語です。真ん中から客観的事実だけをみれば、日本国憲法は仮憲法であり、日本人の永い文化、生き方に即した正憲法をつくろうということは、わくわくする希望の命題です。ではなぜ、日本国憲法は仮憲法なのか。それは「日本製」ではないからです。
     日本は1945年の夏に、建国以来初めて負けるまで、ただの一度も外国に負けて領土を占領されたことの無い国でした…しかし1945年にアメリカを中心とした連合国に降伏すると、…サンフランシスコ講和条約が発効するまでの6年半のあいだ、連合国軍に占領されました。日本は主権を失い、決定権はすべて実質的にアメリカという他国が握りました。

     ではその占領時代の日本でつくられたものは何製と呼ぶのか。日本が失われていたのですから、日本製ではありません。ぼくはこれを学校で習ったことが無い。多くの人がそうですね。知ったのは、大学を卒業し社会に出て仕事をするなかでアメリカ海軍の情報将校と第二次世界大戦の歴史について議論したときです。この軍人も自分で経験したのではなく、語り継がれたことを知っていたのですが、こう言いました。「その6年半のあいだは、あの優秀なメイド・イン・ジャパン(日本製)が世界から姿を消したのさ。日本で作られたすべてのものにmade in Japanではなくmade in occupied Japan(メイド・イン・オキュパイド・ジャパン)と刻印されたんだよ」

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    occupiedは中学基本単語としてご存じの通り、「占領する」ですね。その受け身形で「占領されている」です。日本製ではなく、被占領国家日本製だったという史実です。では、わたしたちのたいせつな日本国憲法はどうでしょうか。現憲法が…公布されたのが1946年11月3日です。敗戦の翌年、もちろん占領中です。そして、半年後…施行されました。日本が主権を回復する日の5年近く前のことです。まったくの占領下に現憲法は成立し、国民に知らされ、そして実際に効力を発揮したのです…その経過はすべて日本が国家主権を失っていた時に始まり、進み、あらゆる手続きを終えました。この「日本製ではない」という事実は、争いようがありません。
     日本国憲法の成立過程については、敗戦後の70年間ずっと学者や評論家たちがさまざまに論争してきましたが、国家主権が失われていた時代に成立し、使われ始めたという事実だけは論争のしようがありません。日本の国家主権は、敗戦・占領の時からサンフランシスコ講和条約が発効するまで、失われていた。この事実は決して揺るがないからです。」


    詳しくはこちらをご参照♥

    メイド・イン・オキュパイド・ジャパン



    そんな日本製ではない憲法に疑問を投げかけているのが、安倍総理ですね♥

    安倍総理

    「 安倍氏は『美しい国へ』と、まるで政治家にしては珍しい題名の本を書き、その心情を吐露している。安倍氏は新憲法が「自国の安全を守るための戦争」まで放棄したこと、そして「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」という前文の現実離れしたくだりに強い疑問を投げかけている。「この憲法草案はニューディーラーと呼ばれた進歩的な若手スタッフによって、十日間そこそこという短時間で書き上げられたものだった」と述べ、この憲法自体が常識では考えられないものであることを指摘しているのである。

     そのGHQは、ニューディール政策をとったルーズベルト大統領の下でつくられたOSSという、今日のアメリカでは考えられぬほど共産主義者が多く入り込んだ組織を引き継いでいた。

     …日本の憲法がOSS体質のGHQによってつくられたものである…それはほとんど次の共産主義革命をめざすための、ブルジョア革命の様相を引き起こすものだ…

     「戦争を放棄する」というのも、外に対してではなく、革命側が内戦による弾圧をはじめからさせないように考えたものであり、周囲の共産諸国の「平和を愛する諸国民」に運命を委ねることを意図しているといってよいのである。憲法9条を堅持することは、裏に相変わらずそのような革命幻想があることを隠しているといってもよい。…憲法9条擁護者は単に反戦で戦争になったら逃げるというだけでなく、あわよくば革命を起こし、それが弾圧なしで行われることを期待していることになる。
     ともあれ、日本国憲法は共産主義への二段階革命の一段階目の状態を条文化したものであるという説は、GHQのあり方からすると十分考えられることである。ソ連も崩壊し、中国も全体主義(=左翼ファシズム)的資本主義国となり、北朝鮮も全体主義(=左翼ファシズム)である今、日本の憲法はまったく非現実的なものである。」


    詳しくはこちらをご参照♥

    GHQのつくった憲法は、共産主義革命のためのものでした



    もうひとつの私たち日本の戦争の時代、つまり占領下におかれた約7年間の間に、何があったのかを知ることから、初めて現在の日本における元凶が見えてくるんです♥

    「 占領期間中の「ウォー・ギルド・インフォメーション」は、新聞に「太平洋戦争史」が連載され、戦争そのものが、日本の軍国主義によって煽動されたものだという宣伝によってはじまった。この戦争史によって、大東亜戦争は「太平洋戦争」となり、南京「虐殺」も捏造されたのである。これはあくまで軍部と国民の分裂を工作するというOSSの方針であった。
     NHKはそれに呼応して「真相はこうだ」というラジオ番組を組み、満州事変から終戦までの日本軍国主義の犯罪的行為を、真相として国民に宣伝した。それを担当したのは、OSSの流れをくむGHQ情報局のアメリカ人であった。国民に知らされなかった情報を事実として、ドキュメンタリー風のドラマに仕立て上げた日本国民洗脳プロパガンダを行った。具体的な軍部否定の宣伝だけでなく、社会主義をあたかも民主主義の行きつくところのように情報を仕立て上げていったのである。
     東條首相は悪魔の権化のようになったし、いわゆる「A級戦犯」となった人々はその軍国主義の責任をとらされた。それを批判することも、対抗する情報を流す自由もが制されていたから(それが圧殺されていることさえ、知らされなかった)、多くの国民はそれを信じることになった。
     この時期に行われた公職追放によって、戦時中の多くの有能な人々が公職から追われ、それに代わって、いわゆる戦後利得者が公職につき、左翼的な言辞をふりまいた。…戦後すぐOSSは解散したが、その下で働いていた人々はGHQに流れ込んだ。…

     NHKもそれで完全に左翼化したことは、昭和21年10月5日の「放送スト」にまで発展したことでもわかる。あわてたGHQが、NHK職員を大量にレッド・パージしたのだが遅すぎた。新たな「放送法」をつくり、民間放送の設立を認めたとき、ファイスナーという担当官が《 NHK職員には共産主義者が多く、放送ストをする者もいた。また朝鮮戦争のときにパージされた者も多かった 》からだと述べた。民間放送の認可は、NHKそのものの左翼化を変えられなかったことによるものだと語っていたことになる。NHKに公共放送を独占され、民間放送をつくらせることにより、その独占状態、左翼化を防ごうとした経緯があったのだ。それは、ちょうどアメリカが左翼的なOSSから冷戦に対処するCIAに戦術を転換するときにあたっていた。
     しかし、その後続々とできる民間の放送局も保守的な報道をするわけでもなく、NHKの左翼性、リベラル性を超えるものではなかった。放送界、メディア界に入る人々の意識は戦後民主主義に染まり、あたかも客観的報道と称して、人々を社会主義支持の方向に導いていったのである。その文化運動の先頭にたったのが、放送ではNHKであり、新聞では朝日新聞だった。
     むろん、社会主義国の崩壊、北朝鮮の拉致問題などが、その態度を変えさせた面もある。しかし内実は、リベラルな態度にシフトしただけであった。リベラルとは、権力、権威から独立した自由な態度という曖昧なものだが、権力批判、権威批判の名のもとに、人々を混乱に導いた。フランクフルト学派に由来するこの権威主義批判は、文化面においては素人的凡庸主義を導くことになる。凡庸化があたかも新しい文化のような装いを取るようになる。識見のある権威を否定し、専門家よりも素人を多用するNHKの放送体質は、その理論によるものと思われる。
     それは、むろんNHKにとどまらない。現在の日本の文化面を覆っている素人化、凡庸化の現象はある意味で文化破壊であり、伝統と文化の断絶を意図したものであることを隠している。現代の日本の文壇や論壇を覆っている停滞は、その顕著な傾向によるものである。」


    詳しくはこちらをご参照♥

    社会主義をあたかも民主主義の行きつくところのように



    最後にこちらの動画をどうぞ♥



    【歌】頭脳警察(1972年のアルバム『頭脳警察1』に収録)

    1.戦争の時代に僕らは生まれた
     第一羽田、第二羽田

     10.21三里塚
     そして今でも戦い続ける

     僕らの名前を聞かせてあげよう
     戦争しか知らない子供達さ

    2.平和にあこがれ 僕等は育った
     ゲバ棒 竹やり ヘルメット

     パイプ爆弾 ダイナマイト
     今日も明日も 闘い続ける

     僕等の名前を 覚えてほしい
     戦争しか知らない子供達さ



    続きは次回に♥




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    Category: 日本
    Published on: Wed,  06 2016 00:00
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