「君」って何でしょう? ~ 1100年以上も前の歌

    君が代
    君が代(きみがよ)は、日本国の国歌である。

    歌詞10世紀初めに編纂された『古今和歌集』の短歌の一つで、曲は1880年(明治13年)に付けられた。以後、国歌として歌われ、1999年(平成11年)に「国旗及び国歌に関する法律」で正式に国歌として法制化された

    『古今和歌集』(こきんわかしゅう)とは、平安時代前期の勅撰和歌集。全二十巻。勅撰和歌集として最初に編纂されたもの。略称を『古今集』(こきんしゅう)という。






    戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。

    そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。

    私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、

    客観的に情勢を判断する必要があります。

    それでは、この書物を見ていきましょう!




    『 日本から遠く南へ3200キロ離れた人口わずか2万余の【パラオで、「君が代」が唄い継がれていた】

    驚き顔

     わが国の国歌は「君が代」である。ところが、これに反対する日本人が一部いらっしゃる。その理由が、天皇陛下を讃える歌だからだという。

    驚き 2

    【唖然呆然で呆れてしまう】というのが私の思い。

     我が故郷の沖縄県では、残念ながら40代から下の世代はほとんどの人々「君が代」を唱えない国歌という概念もないかもしれない。

    驚き 4

    他府県においても国歌を唱えない人々は少なくない。地域差はあるにせよ【学校教育において、あえて「君が代」を教えない状況がある】ようだ。もちろん国歌を大事にする学校も多いが。

    驚き 2

     野球少年憧れの【甲子園大会では地域の差がハッキリと表れる】。各県代表の男子高校生たちが大声で歌う列と、口をまったく開かない列とに分かれる。

    驚き 2

     【教育現場で自国の国家を徹底して教えないのは世界中で日本だけ】かもしれない。

    ポイント

    私は「君が代」を心から愛している。どんな場所であろうとも、国家斉唱時は誇りを持って大声で唄う。あなたは「君が代」を唱えますか?もしかして知っていても人前では唄わないのではないですか?「君が代」の歌詞は、【今から1100年以上前に編纂された『古今和歌集』の短歌のひとつで、祝いの席やめでたいときに唄われる「賀歌(がのうた)」として古くから日本人に愛されてきた】

    ポイント

    明治に入り、国歌が必要とのイギリス公使館の軍楽隊長フェントンの進言を受け、【大山巌】(おおやまいわお)陸軍元帥が【庶民に長く愛されているこの歌を選ぶ】

    大山巌
    大山巌

    「君」とは何かについて諸説ある

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    【日本神話のイザナキ(男神)の「キ」とイザナミ(女神)の「ミ」から来た愛の歌とも】

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    尊敬する人、愛する人との解釈も多い。天皇陛下を讃えるというが、日本国の象徴としてのお立場から見させていただくと「日本国民一人ひとり」ともいえる。いずれにしろ愛する人の平和と長寿を願う「君が代」は、国歌として最もふさわしいと私は思う。

     1903年にドイツで行われた【「世界国歌コンクール」では一等賞を受賞】。昭和49(1974)年に政府が行った世論調査では、「君が代は国歌にふさわしい」と答えた日本人がほとんど。反対は1割にも満たなかった。長きにわたり日本人に愛されている歌です。

    ヘルベルト・フォン・カラヤン
    ヘルベルト・フォン・カラヤン

     みなさんは【カラヤンという指揮者】を知っているでしょうか。【ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の終身指揮者】だったオーストリア出身の【20世紀クラシック音楽業界最大のスター、ヘルベルト・フォン・カラヤン】。クラシック音楽をまったく知らない日本人でも彼の名前は聞いたことがあるのではなかろうか。

    サントリーホール
    サントリーホール

     日本にも昭和29(1954)年の初来日以来、11回もやって来る。日本人に人気が高く、カラヤン収録の「運命」と「未完成」のLPレコードは日本で150万枚も売れた。赤坂の日本最高レベルといわれる音楽施設「サントリーホール」の建設にも設計の段階から関わる。

     【その偉大なる指揮者が日本の国歌「君が代」を大絶賛。「世界で一番、荘厳な音楽である」と語っている】。日本人として嬉しい限り。「君が代」は素晴らしき国歌です。…

     すべてとは言わないが、【多くの国の国歌は、「進め」「血を流せ」「負けるな」「守れ」と勇ましく好戦的な歌詞が多い】。わが国の「君が代」は何と平和的で美しい国歌だと惚れ惚れする。

    ポイント

    「君が代」の歴史と意味を知ると、さらに愛する思いが深まる。自国の国歌を愛する自分をも好きになる。』

    日の丸

    いかがでしょうか?

    みなさんは、ちゃんと歌えますか♥

    ガッキー

    ところで、沖縄県出身の著者は、沖縄県では、40代から下の世代はほとんどの人々が「君が代」を唱えない、国歌という概念もないかもしれない、って言っています。

    センター通り
    復帰直後の那覇市内(まだ自動車は右側通行のまま)

    信じがたいですけれど、これって、本当なんです♥

    「 本土復帰から8年後、当時、中学生だった40代の男性は、「かつて日本軍は最高の軍隊だったが、『日中戦争以降は最低、最悪、極悪非道の軍隊となった』と教えられた。天皇陛下は本のなかだけの存在で、学校で教えられた記憶はない。家庭で陛下のことを話す機会がなかった知人の多くは左翼活動に転じた」と語った。この男性は15年前、当時小学校一年の長男の担任から、「音楽の教科書に『君が代』が載っているが、学校では教えない。悲惨な戦争が日の丸の下に引き起こされたからだ」と言われた。
     男性は「国歌はちゃんと学校で教え、判断はこども達に任せるべきだ」と食い下がったが、相手にされなかったという。

     また、小学校三年の時、復帰したという男性はこう振り返る。「教科書の後ろに『君が代』が載っていたのに、歌わないから、先生にどうして歌わないのか尋ねたら、先生は『歌わなくていい』の一点張り。『なぜ』としつこく聞いたが、最後には怒り出して『とにかく、この歌は歌ってはいけません』と。あの時の声を荒げた先生の顔は忘れることができません」

     複数の現役教員に話を聞くと、「入学式や卒業式で国旗は掲揚されるが、準備をするのは校長や教頭、事務長といった管理者で、教員は関与しない」「国歌斉唱の際には曲は流されるが、起立して歌う教員は少ない」「生徒と保護者は起立はするが、生徒は『君が代』を習っていないから歌えない」「学校では、国家や皇室の話をしようにも口に出せない雰囲気に包まれている」といった返事が返ってくることが多い。

     30代後半の中学校教員は卒業式の模様を、「国歌斉唱の際、曲はかけるが、教員ほ歌わないし、起立もしない。保護者とこどもは起立はするが、歌わない。というより、こども達は教えられていないから、歌えないのです」と話した後、「私も、『君が代』は『天皇陛下を讃える歌だ』として教えられなかったから歌えない。生徒から教えてほしいと言われることがあるが、『先生も習わなかったから教えられない』と答えるほかなかった」と続けた。

     前出の30代の教員は、「3、40の教員は、小さい頃から偏向教育を受け、洗脳されているから、教えられたことを受け売りして、こども達に押し付けていることが多い。国歌、国旗が大切だなどと口にすると、激しい批判を受ける」と語った。 」


    詳しくはこちらをご参照♥

    国歌、国旗を教えない都道府県



    と、御覧のように、学校では反日そして反米その裏返しの親中教育がなされているんです♥

    でも、私たち日本人は、同胞(はらから)の沖縄県民の立派な教師がいたことを忘れてはダメですね♥

    では、何故そうなってしまったのでしょうか?隙を与えてしまった私たち日本人が悪いんです♥

    「 元沖縄電力幹部の一人は、「沖縄県民の多くはアメリカが好きでしたよ。米軍統治時代は、食料が配給されただけではなく、米軍基地から横流しされたスコッチやブランデーが安く手に入った。だれでも飲めた。だから、一時、泡盛の人気がなくなったぐらいだ。戦前の沖縄からは想像もできないことだった」…「確かに基地特需はあった。だが、暴行事件などが多発するなど、米軍はやりたい放題。ところが、事件、事故を起こしても無罪になっていく…日本は独立しているのに領土を外国に占領されていること自体が許せなかった。民族の怒りだった。同じ日本人なのに、27年間もそんな経験をしたのは沖縄県民だけだ」

    元保守系議員はこう振り返ると、「米軍の横暴を許してきた日本政府に対しても怒りがあり、今でも不信感は残っている。だが当時は、とにかく一刻も早く祖国復帰が夢だった」と話す…米軍統治下にあった沖縄で、県民の祖国復帰の気運は徐々に高まり、やがて県民一丸となっての本土復帰運動に取り組むことになる。

     そして、その先頭に立ったのは教職員達だった。県教育委員会関係者らによると、教職員達は、昭和22年に、「(戦争で)荒れ果てた戦禍を取り戻すには教育にしかず」を合い言葉に「沖縄教育連合会」を結成した。27年4月1日に「沖縄教職員会」と改称され、沖縄群島政府文教部長だった屋良朝苗氏が会長に、指導主事だった喜屋武真栄(きやんしんえい)氏が事務局次長に就任した。

     元教職員会メンバーはこう言う。「我々は日本人なのだから日本の教科書を使おうという親睦団体だった。だから、そもそも根底には反米思想があった」。教職員達は、資金を出し合って本土の学校で使われている教科書を購入するため「文教図書株式会社」を設立、その子会社の「文教商事」を窓口として東京から教材を輸入した。それほどまでに親本土、親日本だった

     本土復帰前から教員で、沖縄教職員会のメンバーだった80代の県立高校の校長経験者の男性は、「米軍の抵抗はあったが、教科書も教育内容も本土の教育法にのっとったカリキュラムを組んだ。こども達に日本人としてのアイデンティティを持たせようとした」と振り返り、復帰運動への思いをこう続けた。「我々にとって日の丸は国旗で、『君が代』は国歌教職員全員が率先して日の丸を掲揚し、君が代を斉唱したものだ日の丸のない家庭には教職員会で販売し、掲揚する竿のない家庭には提供した。教職員全員が日の丸と君が代を尊重し、本土復帰、否、祖国復帰を目指した日本人としての気概を育てようとした。」」


    詳しくはこちらをご参照♥

    昔はすごかった。。。沖縄県の教職員たち



    「 昭和47年の本土復帰後、沖教組と沖縄県高等学校障害児学校教職員組合(沖高教組)、さらに地元メディアが中心となって、推し進めた『日本軍=悪』とする教育。…史実を史実として伝えるために、そろそろその功罪を検証すべきではないだろうか。

     小中高校時代を沖縄で過ごし、本土で大学生活を送った人達からは、さまざまな反応が返ってくる。東京の大学に進学したある音楽の高校教員は、「沖縄では、沖縄地上戦以外にもたくさんの犠牲者がいたことや、日本軍のいい面は教えられなかった。『君が代』も歌えなかった。」と前置きした上で、「東京の大学で知り合った東南アジアからの留学生から、多くのアジアの人達は日本軍に感謝しているということを教えられて、非常に驚いた。アジアの解放です。その時、初めて日本人としての誇りを感じた。とにかく、沖縄で習った歴史とあまりに異なる歴史を習い、自分が学んできたことについて混乱したのは一回や二回ではなかった。今、沖縄で教鞭を執るようになって、国家や政治について、東京で見聞きし感じたことを話そうとしても、許されない雰囲気がある。例えば、卒業式で、国歌斉唱の時、立ったか立たなかったかは、アンケートをとって、沖教組の本部に送っている。だから、心の底では起立したいと思っている組合員でも立てないのです」と続けた。この教員はまた、「日本があって沖縄があるはずなのに、授業ではそれを否定することから始まる。いつか、生徒が、沖縄県民の目線でしか物事を考えられなくなっていくのではないかと思うと怖い」
    とも言う…

     沖教組とも交流があるという40代の地方公務員の男性は、「沖縄の人は、沖教組や活動家の言うことを諸手を挙げて受け入れる。そのうちに『可哀想だ』『被害者だ』という言葉に慣れ、知らず知らずのうちに『俺達は被害者なんだ』と信じ込んでしまう」と語った。」


    詳しくはこちらをご参照♥

    沖縄県民の本当の「被害」



    沖縄の問題の、どこに元凶があるか、お分かり頂けましたでしょうか♥

    では、最後に、外国の国歌と、私たち日本の「君が代」を比較してみましょう♥









    続きは次回に♥




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    Category: 日本
    Published on: Tue,  05 2016 00:00
    • Comment: 3
    • Trackback: 0

    3 Comments

    奈良の人  

    おはようございます

    沖縄には沖縄の思いがあり、それをとやかく言うのは憚れると言う思いが本土の人にはあると思います。
    なんてゆうのか遠慮してる思いかなぁ・・
    でも本土の人も同じ日本人だと思っていることは間違いないです。
    沖縄が日本に戻ってきた時子供ながらにも喜んだ記憶があります。
    あの時、沖縄の先生達が頑張ったのを最近知りました。なのに何故?って感じですね。今の現状を色んな人達が嘆いている。原因は沖縄の地理的なことが一番だと思います。決して沖縄を冷遇しているわけではないことを沖縄の人にはわかってもらいたいです。本土の人間はみな、沖縄は日本だと思っていますから、何より戦艦大和は沖縄を救うために向かったと言うことを忘れてはいけない。これは日本人全員に言えることではないでしょうか?戦争は人間を歪めてしまう。恐ろしい行為です。でもあの時代地球上で行われてたことであり、日本も戦わなければ国体を守ることができませんでした。
    今思う事は、負けてはならない。これに尽きます。うわっつらの平和ほど何の役にも立たない。負けたことで教育も憲法も矜持も歪められ情けない日本になりましたが、目覚めた日本人も増えてきました。ネットの力は凄いですね。まだまだこれからだと思います。あと、数十年でネット世代が国を動かす時代になります。うちの子供たちも私より早く気づいていましたから。沖縄の子供たちもきっとそうであると信じています。いつもありがとうございます。
    勉強になりました。

    2016/01/05 (Tue) 10:36 | REPLY |   

    みっちゃん  

    Re: おはようございます

    奈良の人さん、こんにちは♥
    いつもご訪問ありがとうございます♥

    沖縄が置かれた特殊な事情は、仰っているとおりだと思います♥

    ここからは、私見ですけれど、沖縄における偏向教育に対する不満は、沖縄の若者を中心に急激に増えていると思います。
    世間一般では少数派だと思いますが、実は、毎年毎年、成人式の日の沖縄県の様子が楽しみなんです♥
    メディアの報道では、「不良が今年も暴れている・・・」みたいな感じですが、実は彼らの大半が、グループごとにお金をかけて衣装をそろえ、その衣装も紋付き袴♥完全に日本人の格好ですね♥少々、ヤンチャをやってしまいますがw

    ふがいない大人への反発に見えて仕方がありません♥学校の先生から教わる偏向教育に納得できなかった若者たちが、そんな大人から解放される日、そんな成人式を彼らなりに楽しんでいるんではないでしょうか♥

    さて、今年はどうなるんでしょう♥楽しみです♥

    2016/01/05 (Tue) 15:50 | REPLY |   

    奈良の人  

    なるほど

    沖縄の成人式はそんな見方があることを、始めて知りました。お酒飲んで暴れるとテレビで流されていますよね。眉をひそめる人がいたら、やんわりと伝えていきます。思いもしなかった気持ちがあるんですね。安心しました。私も今年は楽しみになりました。ありがとうございます。

    2016/01/05 (Tue) 22:59 | REPLY |   

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