日本が最初に攻撃をしたのは、真珠湾ではありません ~ ルック・イーストの中心・日本

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    画像はこちらからお借り致しました♥ ⇒ 東方政策30周年記念事業 2012年1月 在マレーシア日本大使館

    ルックイースト政策(ルックイーストせいさく、Look East)は、日本の集団主義と勤労倫理を学べというマレーシアの政策である。

     もともとは、1981年7月16日にマレーシアの第4代首相に就任したマハティールが同年の12月15日に提言した内容がそのように呼ばれるようになった。
     個人の利益より集団の利益を優先する日本の労働倫理に学び過度の個人主義や道徳・倫理の荒廃をもたらす西欧的な価値観を修正すべきである、とする同年12月15日のマハティールの提言がなされたのである。
     こうしたマハティールの提言から、マレーシア国内では日本に対する関心が高まることになり、人材育成の一環として日本への派遣留学が急増。

     マレーシア以外でも使用されることがあり、2014年8月29日、インドナレンドラ・モディ首相「ルック・イースト政策の中心に日本がある」とインタビューに答えている

    look east
    詳しくはこちらから♥ ⇒ インドのモディ首相が初記者会見「日本はルック・イーストの中心」






    戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。

    そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。

    私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、

    客観的に情勢を判断する必要があります。

    それでは、この書物を見ていきましょう!




    『 みなさんに日本が戦争に敗れる昭和20(1945)年以前の世界が、どのような状況だったのかを知ってほしいと願います。【アジアやアフリカの民が、どれほどの苦しみを強いられていたのかを、日本人だからこそ学ぶべきだと強く思う】からです。

    ポイント

     私は、かなり前から

    「日本はアジアの人々からは【嫌われていません】

    と発信してきましたが、そう言うと、以前は、

    「何て馬鹿なことを。お前は右翼か?」

    とよく言われました。

    驚き 2

     しかし私は、自分の足でアジア各国を廻り【現地の人々から、「日本人が、いかにすごかったか」を自分の耳で聞いてきました】

    「原爆を二つも落とされて、二度と立ち上がれないほど傷ついた。それでも努力を重ね、世界で最も豊かな国になった。日本人はすごい

    との言葉を幾度も聞きました【アジアの人々は日本人を高く評価】してくれています。私はアジアの国々(【一部除く】)が、

    「日本を愛している、日本を信頼している」

    胸を張って言えます

    旭日旗

     20年くらい前のことです。タイの成功者ともいえるご老人が、

    「敗戦直後の日本人は惨(みじ)めじゃった。私は彼らを蔑(さげす)んだ目で見ていたほどだ」

    正直に語ってくれました。それがあれよあれよという間に世界に冠たる経済大国になり、【驚きと賞賛の思い】だったと言っていました。

     どの国へ行っても日本製品が溢れ日本車が走り回るアジアの人々の日本製品に対する評価は非常に高く、戦後、日本が誠実にものづくりに励み、いかに頑張ってきたか、日本人の私が感動しています。


     私が1990年代の後半にカンボジアに行った時、街は日本製の車やバイクで埋め尽くされていました。

    「日本はすごい国だな。もし日本人がいなければ、車、家電製品などの工業製品は白人国家だけが作っていたかもしれない」

    と、その時の私は不思議なことを考えていました。

     帰国後、次の渡航先マレーシアについて勉強していると、まったく同じ思いを持つアジアの偉人がいるのを知り、ビックリしました。【マレーシアのマハティール元首相】です。

    マハティール・ビン・モハマド
    マハティール・ビン・モハマド

     彼が香港で演説した言葉の中に、こんな一節があったのです。

    日本の存在しない世界を想像してみたらいい。もし“日本なかりせば”ヨーロッパとアメリカが世界の工業を支配していただろう。欧米が基準と価格を決め、欧米だけにしか作れない製品を買うために、世界の国々はその価格を押し付けられていただろう」 (欧州・東アジア経済フォーラム、香港、1992年10月14日)

     日本人のこまやかさ、誠実さ、追求心の深さは、世界に誇るべき姿です。「ジャップ、イエローモンキー」と侮蔑の言葉を浴びながらも悔しさを押し殺し必死になって闘ってきた戦後の先人たちに感謝のみです。【白人たちを凌駕(りょうが)する「ものづくり日本」が世界を変えた】のです。』

    日の丸

    いかがでしょうか?

    日本とマレーシアの関係について、良くまとまっている動画がありましたので、こちらにご紹介させて頂きます♥



    さて、マレーシアならびにマレー半島の先端にある小島、つまりシンガポールは、非常に重要な地域です。この地域を支配した国が覇権を握ってきたからです。マラッカ海峡を支配することが、覇権を握るための条件だったんです♥

    マラッカ海峡

    「 オランダとイギリスがマラッカ海峡を挟んで対峙した、というのがいまここで読んでいる話です。

    「この決戦に敗れた方が太平洋と印度洋、従つて東亜に於ける覇権を譲らねばならぬ波目に立至(たちいた)つたのである。」

     日本人の知らないうちにこういうことが行われていたのです。次は「怪傑ラッフルス」という項目を読みます。ふつうは「ラッフルズ」と濁って発音されます。このラッフルズはご存じですか?シンガポールの最高級ホテルに「ラッフルズ・ホテル」がありますが、これから読む植民地建設者ラッフルズにちなんで名づけられた有名ホテルです。

    「英人ロード・スタンフォード・ラッフルスは、英国に取つての最も重要なこの刹那(※時期)に、古往無双(こおうむそう、※歴史を見ても並ぶものなき)の政治的才能と、今来無類(こんらいむるい、これまでの歴史上隔絶した)の放胆さとを以て、マラッカ海峡に立ち現はれたのであつた。而(しか)してマレー半島の先端、名もなきジャングルの一小島に、彼は世人の瞠目(どうもく)をよそに(※世の人々が「なんだ、なんだ」といっているのを気にせず)、高く英国旗をかゝげると共に、着々その開発を強行し、オランダ領マラッカの繁栄を完全に奪ひ、マラッカに変つて東洋のジブラルタルならしめてしまつたのであつた。この島こそは、その後百余年英国の東亜侵略、南洋支配の大根拠地シンガポールなのである。マラッカが程なく英人によつて占領された事は勿論である。」

    ラッフルズという人物が登場してマレー半島の端っこにある小さな島に目をつけました。これがシンガポールで、当時の人口はわずか百五十人だったといわれています。イギリスが南洋支配の根拠地としてここを押さえたのはまさにラッフルズの炯眼(けいがん)でした。

    「更によく東亜の実相を熟視した人々は、最近に於いてシンガポール及び南方の実権が、貪婪(どんらん)飽くなき米(※アメリカ)の手中に、事実上帰してゐた事に、気付かれてゐた筈である。又ポルトガル人のマラッカ支配に先だち、ここを支配してゐたアラビア人をも計算に入れるならば、太平、印度両洋をつなぐマラッカ海峡の支配権は、僅か五世紀間に実に五回にわたつて変遷を繰返したことになる。」

    アラビア人→ポルトガル人→オランダ人→イギリス人→アメリカ人と、こういうふうに推移してきたというのです。」


    詳しくはこちらをご参照♥

    アラビア人→ポルトガル人→オランダ人→イギリス人→アメリカ人 これって、な~んだ



    植民地化されたアジア諸国の状況は、こんな感じになります。

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    画像はこちらからお借り致しました♥ ⇒ アジアの主な植民地

    いま、支那が侵略をしようと狙っているのも、この地域です。

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    江戸時代末期、海洋覇権を握った海賊国家イギリスと、ユーラシア大陸に領土を拡張するロシア帝国、この二つの国家が私たちの日本がある東方へと侵略を続けていきます。

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    そして、危機を感じた私たちの日本が立ち上がります。明治維新を経て、日清戦争・日露戦争を戦い抜き、完全勝利を収めます♥

    さらに力を蓄えた私たちの日本は第一次世界大戦に参戦し、地中海を含む世界の海をドイツ潜水艦から守り抜きました

    「 「ラッフルスのシンガポール建設の地政学的炯眼(けいがん)と一連の繋がりのあるものとして注目すべきであるが、イギリスは更に第一次世界大戦に際して日本海軍が太平洋の治安維持なる大任を果し、加ふるに地中海に船舶護送の重任を完(まつと)うした恩義に対して、報いるに謀略を以てし、日本の活動を赤道以北に限定してしまつたのである。」

    日本は同盟国イギリスといっしょに第一次世界大戦に参戦し、日本海軍が太平洋の守りを受け持ちました。とくに、オーストラリアとニュージーランドの「アンザック」と呼ばれる船団がヨーロッパ戦線に向かったとき、ドイツの潜水艦からそれを守ったのが日本海軍でした。あの長いインド洋から大西洋にかけての道のりを守備したのです。

    同時に、日本海軍は駆逐艦を派遣し、地中海の守りも固め、ずいぶんと貢献しています。日本の駆逐艦が商船を守るためにドイツの潜水艦に衝突して自爆したこともあります。

    そういう戦士たちのお墓がいまでも地中海のマルタ島にあります。」


    マルタ共和国 2マルタ共和国 3

    詳しくはこちらをご参照♥

    地中海も守った日本海軍



    やがて、20世紀でもっとも重要な変化が起こります。革命によってロシア帝国が倒され史上初社会主義国家・ソ連ユダヤ人たちによって確立されます♥この社会主義国家を支配したのは、まぎれもなくユダヤ人たちでした♥

    そして、本来は戦争をする必要がなかった国々が、互いに対立するように仕向けられていきます

    1936年のロシアの領土変更後におけるソビエト連邦の一部としてのロシアSFSR

    「第二次世界大戦前、ソ連は日米英独の四大国を敵に回し、いつ滅びてもおかしくない状態でした。ところが、スターリンという指導者は日米と英独の戦争を煽りに煽り、共倒れのようなつぶし合いをさせて見事に生き残りました。」

    詳しくはこちらをご参照♥

    どうして日本とアメリカが。。。



    そして私たちの日本は、大東亜戦争に挑みます。白人により植民地化されたアジアの国々の解放です♥

    ハワイの真珠湾攻撃が始まりのように教えられていますが、私たちの日本が目指したのはアジアの植民地の解放ですから、最初の攻撃も、アジアで行っています♥それが「マレー上陸作戦」です♥

    「 1941年12月8日午前2時15分、マレー半島上陸作戦が開始された。それは、ハワイ真珠湾攻撃よりも約1時間も早い戦闘だった。
     すなわち、大東亜戦争は、ハワイ真珠湾攻撃ではなく、実は、マレー上陸作戦でその火蓋が切って落とされたのである。…アメリカは、ドイツの同盟国である日本に「先に」手を出させ、これを口実に参戦することを考えていた。…アメリカは日本軍の暗号をことごとく解読しており、また開戦前日にマレー半島沖で英軍機が日本軍によって撃墜されていたのであるから、ハワイ・フィリピンの米軍基地は厳重警戒態勢を敷いてしかるべきであった。」


    「 現在のマレーシアは、マレー系(約67%)、19世紀末に錫の採掘のため連れてこられた中国系(約25%)、ゴムやコーヒーなどのプランテーションの労働力として動員されたインド系(約7%)で構成される多民族国家である。なかでも支配者であったイギリス人の手下となってマレー人を酷使した中国系とマレー系の折り合いは悪く、戦前・戦後に渡って反目しあっていることを知っておかねばならない。※人口比で25%である中国系は反日、マレー系・インド系合わせて75%の人々は親日である。」

    「 大変感銘を受けました。我々が学んだのは日本人の規律の良さでした。それを見た我々も独立の意欲が沸きました。日本軍が来るまでは、イギリス人または白人は神のように高い存在で、我々は話しかけるのにも躊躇しました。ところがよく見れば白人はそんなに高くはない、神でもない。彼らはアジアの軍隊に負けたのですから。こんな思いもあって、もうイギリスの保護を求める必要もない、独立は我々自らの力で要求できるのだと確信するようにかなったのです。

    コタバルの近代史研究家 ビン・モハマッド・ナラク氏」


    「 元上院議員のラジャー・ダト・ノンチック氏は次のように述べている。

    『 先日、この国に来られた日本のある学校の教師は、「日本軍はマレー人を虐殺したに違いない。その事実を調べに来たのだ。」と言ってました。

     私は驚きました。「日本軍はマレー人を一人も殺していませんよ」と私は答えてやりました。日本軍が殺したのは、戦闘で戦った英軍や、その英軍に協力した中国系の抗日ゲリラだけでした。そして日本の将兵も血を流しました。どうしてこのように今の日本人は、自分たちの父や兄たちが遺した正しい遺産をみようとしないで、悪いことばかりしていたような先入観を持つようになってしまったのでしょう。これは本当に残念なことです。』 」


    詳しくはこちらをご参照♥

    【驚愕】日本のある学校の先生がマレーシアでやらかしたこと



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    「 1942年12月8日未明にマレー半島に上陸した日本軍は、イギリス軍の抵抗にあって悪戦苦闘するが、民衆の助力によって進撃し、シンガポールを翌年2月15日に陥落した。

     その戦闘を実感したマレー人は

    「我々マレー人は長い間、イギリス人には何もかも劣るものだ、とても勝ち目はない、と諦めていましたが、あの時、我々と同じアジア人である日本人が、我々の目の前でイギリス人を叩きのめしてくれたのを見て、大変自信がわきました。独立の願いが実現するのではないか。」

    と語った…」


    詳しくはこちらをご参照♥

    日本人がマレーシアでやったこと



    日本って、素晴らしい国ですね♥

    一般参賀


    続きは次回に♥




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    Category: 日本
    Published on: Wed,  30 2015 00:00
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