天無二日(てんにむじつ) ~ 支那の妄想

    天安門広場
    人民英雄紀念碑(じんみんえいゆうきねんひ)は中華人民共和国北京市の天安門広場に位置する碑。1958年につくられた。表面(北面、従って天安門からみえるのはこちら側)には独裁者・毛沢東による金文字の「人民英雄永垂不朽」の揮毫、裏面(南面)には周恩来による顕彰文の揮毫(繁体字・簡体字混合)が刻まれている。裏面の顕彰文(原文まま)は

    「人民英雄紀念碑
    三年以来在人民解放战争和人民革命中牺牲的人民英雄們永垂不朽
    三十年以来在人民解放战争和人民革命中牺牲的人民英雄們永垂不朽
    由此上溯到一千八百四十年从那時起为了反对内外敌人争取民族独立和人民自由幸福在歴次鬥争中牺牲的人民英雄們永垂不朽
    一九四九年九月三十日 中國人民政治協商會議第一届全体會議建立」

    本文の大意は「ここ3年来の人民解放戦争と人民革命によって犠牲になった人民の英雄達は永遠に不滅だ!(1946年からの国共内戦を表す。)
    ここ30年来の人民解放戦争と人民革命によって犠牲になった人民の英雄達は永遠に不滅だ!(1919年の五四運動以降の抵抗運動・抗日戦争を表す。)
    ここから1840年まで溯った時から内外の敵に反対し、民族の独立と人民の自由と幸福を勝ち取るための毎回の闘争の中で犠牲になった人民の英雄達は永遠に不滅だ!(1840年のアヘン戦争以降の諸抵抗運動(太平天国の乱や義和団の乱・辛亥革命等を含む)をあらわす。)」。

    台座部分には中国近代史における主な事件(アヘン戦争の原因となった1839年の林則徐の広東省虎門でのアヘン焼却事件「虎門銷煙」、太平天国の乱のきっかけになった1851年の「金田蜂起」、辛亥革命のきっかけとなった1911年の「武昌蜂起」、1919年の北京での「五四運動」、1925年の上海での労働者のデモにイギリス軍が発砲した「五・三〇事件」、1927年に江西省で起こった国共内戦の始まりであり中国人民解放軍の誕生とされる「南昌蜂起」、1937年からの「日中戦争」、1946年からの第2次国共内戦の一つで中国共産党の勝利を決定的にした1949年4月の「長江渡江戦争」)のレリーフが彫られている。

    完成当時からしばらくは直接触れることが出来たが、度重なる革命運動や二度の天安門事件の舞台になったことにより、現在では警備兵が常に監視し近寄れなくなっている。

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    戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。

    そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。

    私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、

    客観的に情勢を判断する必要があります。

    それでは、この書物を見ていきましょう!




    『 2013年3月、習近平が主席に就任した時、アメリカの中国ウォッチャーの間で、習の評価はまだ定まっていなかった。【中国のタカ派は習を高く評価していた】が、西側の観測筋に広まっていた見方は、「この黒い髪をふさふさとはやし、温和な笑みをたたえた害のなさそうな60歳の男は、ゴルバチョフのような改革者で、古くからの警戒を解き、西側が長く夢見てきた民主主義の中国をついに実現するだろう」というものだった。

    習

    しかし、まもなく彼には彼の夢があることがわかってきた。

    悩む女の子2

    世界のヒエラルキーにおいて中国にしかるべき地位を取り戻させるというものだ。それは、【1949年に権力を掌握して以来、共産党が渇望してきたこと】でもある。その【1949年に100年マラソンは始まった】、と中国の指導者たちは考えている

    驚き顔

    主席は、タカ派が掲げる「復興之路」というスローガンを採用した。主流から外れたナショナリズム的なグループのものだった表現が、【この新たな主席の公約になった】のだ。その含意が表面化するまでに長くはかからなかった。

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     北京の天安門広場の端に、1949年に毛沢東の命を受けて作られた、ビルの10階ほどの高さのオベリスクが立っている。中国政府に認可され監督されている公認ツアーガイドは、通常、そこへ外国人を案内しようとしない。仮に西側の人間が自分でそこへ行ったとしても、…オベリスクに彫られた中国語には、英語の案内が添えられていないので、意味はわからないだろう。実のところ、【このオベリスクは、マラソンを最初から支配していた思想を詳しく語っている】

    悩む女の子2

     この巨大なオベリスクは、ネット上では「人民英雄記念碑」とありきたりな名前で紹介されているが、実際には、【ヨーロッパの列強に強いられた「百年の屈辱」による「中国の嘆き」】の象徴と見なされている。

    驚き顔

    1939年の第一次アヘン戦争では、清朝との貿易摩擦から、英国海軍が中国の港を占拠し、破壊した。オベリスクに刻まれた碑文と彫り物は、その後の中国の百年の歴史(少なくとも【共産党政権から見た歴史】)を、人々の抵抗と西洋による占領、そしてゲリラ戦の末に1949年に毛沢東が輝かしくも中央人民政府主席に就任し、中国の屈辱を終わらせた、と説明する。…

    驚き顔

     1930年代に国民党軍に破れた紅軍(中国共産党)が行った有名な長征(徒歩での大移動)の間、毛は本を1冊だけ携えていた。それは…歴史を教訓とする国政の指南書、『史治通鑑(しじつがん)』だった。



    その書の核となるのは戦国時代の兵法だが、…逸話や格言も収められている。特に『礼記』に拠るものは、中国人が魅せられたダーウィン的な思想と一致する。曰く、「天無二日(てんにむじつ)」(天に2つの太陽はない)。世界の秩序は、本質的にヒエラルキーを成す。そして、その頂点には、常に唯一の統治者が存在するのだ。…

    驚き顔

     1992年になって初めて、わたしたちは『史治通鑑』が毛沢東の愛読書だったことを知った。…鄧小平や他の指導者もその本を読んでいる。また、中国の高校生は、その本から抜粋した文章を書き写して学ぶ。そこには、【戦国時代から伝わる策略の用い方、敵の包囲網を避ける方法、好機が訪れるまで既存の覇権国を自己満足にひたらせておく方法】などが記されている。…

    毛沢東
    独裁者・毛沢東

     毛沢東は明らかにダーウィンの言葉を借用してこう言った。

    「社会主義を奉じるわれわれは、イデオロギーの戦いで最適者として勝ち残るためにあらゆる状況を利用しよう 』

    日の丸

    いかがでしょうか?

    「100年マラソン」の計画を隠し通すために、支那何を考えてきたかが良く分かりますね♥

    残念ながら、こうした支那の思惑に同調する輩が、私たちの日本にも少なからず存在しています。

    このサークルや。。。

    民主党

    このテロ活動団体。。。

    日本共産党
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    詳しくはこちらから♥

    内外情勢の回顧と展望(平成27年1月)の公表について

    公安調査庁のレポートからお分かり頂ける通り、日本共産党は、いまでもテロリストの集団です。

    このテロリスト集団の元辿っていくと、私たちの日本を悲惨な戦争へと導いた共産主義者たちに繋がっていきます

    「 近衛の周辺では、ゾルゲ事件の主役・尾崎秀実(おざきほつみ)らを中心とした「昭和研究会」と、その延長戦上に生まれた「朝飯会(あさめしかい)」という組織が活動していた。
     近衛の脇が甘かったのは事実で、これらの組織にはゾルゲの手が回り、コミンテルンに情報が筒抜けとなっていたことは近衛にとっては痛恨事といわねばならない。
     問題は、「朝飯会」の主要メンバーに、尾崎秀実と同席していた当時近衛の秘書でもあった牛場友彦が「朝日」版の協力者になっている点である。
     牛場のほかにもうひとり、見逃せない影をもつ人物がいる。
     「朝飯会」メンバーで、「信毎」と緊密な関係をもつ男、風見章(かざみあきら)である。
     風見は第一次近衛内閣の書記官長(昭和十二年六月~十四年一月)に就いた経歴があるが、前身は「信毎」で共産党の地下運動を支えたいわくつきの記者だった(須田禎一『風見章とその時代』ほか)。
     風見が「信毎」でやったことは、マルクスの『共産党宣言』を絶賛する連載記事を掲載し、過激な労働争議の支援をしたことに尽きる。
     元朝日新聞記者の尾崎秀実はもちろんのこと、コミンテルンによる資金援助で支えられていた太平洋問題調査会(IPR)の主要メンバーと、「朝日新聞」の関係には根深いものがあったことは周知の事実だ。」


    こちらをご参照♥

    「朝飯会」と「朝日新聞」 ~ 尾崎秀実、牛場友彦、風見章



    「 木戸幸一が明治の元勲・木戸孝允(きどたかよし)の孫にあたることは言うまでもない。木戸には弟・和田小六(わだころく)がいた。
     その和田小六の長女・正子が昭和十四年にアメリカから一時帰国していた少壮の経済学者・都留重人と見合い結婚をして、木戸・和田家と都留家の深い縁(えにし)が結ばれたのだ。
     都留のもう一つの顔は、ハーバード大学で築き上げた共産主義者としての側面である。
     都留はハーバードにいるときに、三歳年長のカナダ人学生、ハーバート・ノーマンと深い親交を結ぶようになった。ノーマンは宣教師の息子として、長野県軽井沢で生まれている。
     二人の共通の話題はマルクス主義だった。」


    こちらをご参照♥

    日本を「敗戦から革命へ」と導く水先案内人たち



    マルクス主義については、こちらをご参照ください♥

    「 最近は「マルクス主義がよくわからない」「ソ連は崩壊したのに、どうしていまだにマルクス主義という言葉が生き残っているのか?」といった声も学生たちから聞かされます。
     そのたび、いろいろ説明していますが、マルクス主義はある意味、キリスト教の鬼っ子のような面があります。
     マルクス(1818~1883年)の言っていることは「新約聖書」にも近いことです」


    マルクス主義は、キリスト教の鬼っ子



    で、タカ派の政府系新聞、グローバル・タイムズ(環球時報。人民日報の国際版)。

    この阿呆も、投稿していましたね♥

    宋文洲
    宋文洲

    宋文洲 環球時報
    元記事は、こちらから♥ ⇒ 宋文洲 環球時報 投稿

    解説は、こちらをご参照♥ ⇒ 「戦勝国中国は沖縄と九州を占領する資格があった!今回は尖閣を奪還せよ!」俺たちの宋文洲先生が中国の極左情宣紙「環球時報」に4月寄稿したマジキチ檄文が陽の目を浴びる

    高須院長が宋文洲に反論!「イスラム過激派と連合赤軍の関係を知らないの?」自爆テロを教えた過激派の歴史

    同じような連中は、まだまだたくさん居ます

    中国社会科学院

    その一例が、コレです♥

    「 沖縄大学教授で『環救時報』のコラムニストである劉剛は、「沖縄の帰属先は未定、日本は我が物顔をするな」と主張しながら、親中ムードを県内に醸成している。また、劉は「中国社会科学院」の司令を受けて、県民識者を誘って北京で開催される沖縄関連シンポジウムへ送り出している。目的は、シンポジウムの状況を中国全土へ放映しながら「沖縄の帰属先は未定」のフレーズを県民から引き出し、沖縄侵攻への民意作りであるのだ。

     「中国社会科学院」は沖縄独立工作の担当機関で、中国国務院(内閣)の指揮下にある。」


    沖縄県のお墓 ~ 日本人の税金で、何してるの? 名桜大学



    日本人のみなさん、惑わされないように致しましょう♥

    続きは次回に♥




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    Category: 支那
    Published on: Thu,  26 2015 00:00
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