ヨーロッパ諸国のアジア侵出にあたってポイント

    アルマダの海戦
    アルマダの海戦(アルマダのかいせん、英語: Spanish Armada、スペイン語: Grande y Felicísima Armada)は、スペイン無敵艦隊のイングランド侵攻において、1588年7月から8月(旧暦7月)に英仏海峡で行われた諸海戦の総称である。広く知られる「無敵艦隊」の名称はスペイン語Armada Invencibleの訳で、スペイン海軍のC・F・ダロ大佐が1884年に著した論文の題名が原典とされている。イングランド側視点での歴史書では、“the Invincible Armada”の名称が揶揄的な表現として稀に用いられている。本国スペインにおいては、「最高の祝福を受けた大いなる艦隊」「至福の艦隊」(Grande y Felicísima Armada)と呼ばれていた。



    戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。

    そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。

    私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、

    客観的に情勢を判断する必要があります。

    さて、大東亜戦争で、私たちの日本は、アメリカと戦って敗れました。

    日米に巣くうソ連の手先・共産主義者たちによって、日本は戦争へと引き込まれました

    そもそも、そこに至るまでの数百年の歴史を紐解けば、「大英帝国」と「ロシア帝国」の飽くなき覇権争いが背景にあります♥

    ロシア帝国はその後、ユダヤ人の手によって革命を起こされ、社会主義のソビエトが誕生しました。

    ちなみに、当時ユダヤ人の役割を見抜いていたヒトラーも、同様に社会主義です。

    ロシア帝国、その後のソビエト、そして大英帝国が覇権を争った最終地点こそ、私たち日本を含む大東亜でした。

    もちろん、出遅れたアメリカも、覇権争いに参加します。そして、日米が戦争へと・・・

    では、大英帝国は、それまでの間に、一体何をしてきたのでしょうか

    それでは、この書物を見ていきましょう!




    『 ドレーク等の海賊上りの諸将の率ゐる海軍は、イスパニヤの無敵艦隊を大西洋上に全滅せしめ、又フランスに勝ち世界海上権を一手に握ることになつたのである。かくして全世界に対抗するものがなくなつた無競争の中で、英国は悠々と印度侵略を完了しシンガポール其の他の要地を奪取、又阿片戦争を起して支那侵略の牙城を築いたのである。」

    フランシス・ドレーク
    フランシス・ドレーク

    東亜十億人の地理

     イギリスの艦隊は1588年、英仏海峡でスペインの「無敵艦隊」を破ります(アルマダの海戦)が、そのときドレークも参戦し、重要な役割を果たしました。これは【歴史上の分水嶺をなす大きな出来事】で【スペインの時代からイギリスの時代への移行を象徴】しています。…

    こちらもご参照♥

    日本にポルトガル人が最初にやってきた理由 ~ トルデシリャス条約

    戦争に引き込まれるということ



     これをきっかけにして、イギリスは7つの海に躍り出て、インドを侵略したり、シナにアヘン戦争を仕かけたりするようになり、着々とアジアに地歩を築いていきます。

     ところで、ヨーロッパ諸国のアジア進出にあたってポイントになったのは【マラッカ海峡】でした。…

    マラッカ海峡

     海上交通の要衝です。

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    ロシア艦隊は大きく2波に分かれてアジアまでたどり着いた。

     日露戦争のとき、ロシアのバルチック艦隊もここを通りましたし、いまでも大型貨物船が行き交っています。【シーレーンの重要な拠点】であり、それだけにこのマラッカ海峡には現代の海賊船が出てきて、日本はじめ各国が困っています。きわめて問題のある海峡ですが、同時にこのうえなく重要な海峡なのです。マラッカ海峡が自由であることが今日でもいぜんとして海上交易にいかに大事かということがおわかりになると思います

     【太平洋とインド洋をつないでいるのがマラッカ海峡】です。

    「従つてここ数百年マラッカ海峡支配の歴史は、太平洋と印度洋、而(しか)して東洋と南方との支配の歴史であつた。マラッカ海峡の要点マラッカ(※マレーシアにある古都です)は、西暦一五一一年(※北條早雲の死より8年前)先づポルトガル人アルブケルケによつて占領されたのである。

    アフォンソ・デ・アルブケルケ

    アルブケルケは、当時ポルトガル領たりし印度の総督として辣腕を振つた俊傑であつた。彼は自ら十九隻の大艦隊を率ゐて、南海貿易の中心地としてすでに異常の繁栄を続けてゐた要衝マラッカを一挙に襲ひ、ここを奪ひ取つたのであつた。…かくしてマラッカを根拠地として東方各地に探検隊が派遣され、利にうゑた貿易船が、続々と侵入して行つた。その船は東方の香料を山と積み、ジャワよりの船は奴隷を満載してマラッカに入港した。ここに集められた財貨が、はるかなる本国ポルトガルへ廻送され、全欧州に売りさばかれて巨利を占めたことは勿論であり、リスボンはまたとなき繁栄を極めたのであつた。」


    驚き顔

     ところが、そのポルトガルはオランダに駆逐される。そういうふうに歴史は変わっていきます。

    「然(しか)しそのポルトガルのマラッカ支配、従つて東洋支配は百三十年にして、新興の強国オランダにその地位を譲らねばならなかつた。然しそのオランダも亦(また)ポルトガルとその運命を共にした。而(しか)もオランダのマラッカ支配、従つて東亜支配の歴史はポルトガルと大差なく、百五十年間を出なかつた。

    驚き顔

    英国のマラッカ海峡支配と東亜支配は、オランダのやり方よりも更に巧妙であり、大規模であつた。その頃印度侵略に味をしめた英国は、更にもう一つのアジアの大国支那と西太平洋(※日本の南のほうの海域ですね。)とを侵略すべく、すでに西太平洋及びマレー諸島に不抜(ふばつ)の勢力を張り廻らしくてゐたオランダと、今やマラッカ海峡を挟んで相まみえることとはなつた。」


     イギリスとオランダの対決になったわけです。』

    日の丸

    いかがでしょうか?

    マラッカ海峡が、非常に重要なことが、良く分かりますね♥

    これは、現在においても、まったく変わっていません。

    しかも、支那は着々と侵略をしているんです。

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    支那は、一貫して侵略を継続しています。

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    私たちの日本への原油の輸送ルートをご存知でしょうか?

    下記は、資源エネルギー庁のHPから、抜粋しています。

    輸送経路
    詳しくはこちら♥

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    御覧の通り、「マラッカ海峡」や「ホルムズ海峡」が重要なことは、誰の目から見ても一目瞭然ですね♥

    ところが、この似非政治家

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    全く理解していなんです♥

    地政学どころか、「知性」そのものが足りていませんw

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    民主党って言うのは、まったく話になりませんね♥

    そして、そんな民主党や共産党、その他ゴロツキが集うのが、これ。

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    それに、こんな姿まで♥

    共産主義者

    こちらもご参照♥

    歴史を勉強しないとこうなっちゃう。。。バカモノの子 西穂波の事例

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    自分の身を護るのは、他人ではなく、自分自身です。

    私たちの日本を護るのは、私たち日本人しかいませんね♥

    歪な思考をする先程のような輩は、とっても危険な考え方です。

    私たちの日本のために、安倍総理、頑張って下さい♥

    日本を取り戻す

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    続きは次回に♥




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    Category: 世界史
    Published on: Sun,  30 2015 00:00
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