新宿中村屋インドカリーの美味しさの秘密 ~ 大東亜共同宣言

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    中村屋は明治34年、本郷の東京大学正門前にパン屋として創業しました。その後本店を新宿に移し、菓子の製造・販売やレストランの開設など事業を拡大しま す。爾来百有余年にわたり、皆様に、より豊かな生活をご提供することを目指し、多くの商品・料理を世に送り出してきました。

    詳しくはこちらから♥ ⇒ 新宿中村屋HP


    戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。

    そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。

    私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、

    客観的に情勢を判断する必要があります。

    さて、大東亜戦争で、私たちの日本は、アメリカと戦って敗れました。

    日米に巣くうソ連の手先・共産主義者たちによって、日本は戦争へと引き込まれました

    そもそも、そこに至るまでの数百年の歴史を紐解けば、「大英帝国」と「ロシア帝国」の飽くなき覇権争いが背景にあります♥

    ロシア帝国はその後、ユダヤ人の手によって革命を起こされ、社会主義のソビエトが誕生しました。

    ちなみに、当時ユダヤ人の役割を見抜いていたヒトラーも、同様に社会主義です。

    ロシア帝国、その後のソビエト、そして大英帝国が覇権を争った最終地点こそ、私たち日本を含む大東亜でした。

    もちろん、出遅れたアメリカも、覇権争いに参加します。そして、日米が戦争へと・・・

    では、大英帝国は、それまでの間に、一体何をしてきたのでしょうか

    それでは、この書物を見ていきましょう!




    『 イギリスとフランスはインドで争いを繰り返していましたが、ご承知のとおり、最終的にイギリスが勝ちました

     英仏両国はカナダでも戦いを引き起こしています。これも結局はイギリスが勝ちますが、フランスの権限も残った。そのため、カナダでは英語を話す地域が大半ですが、フランス語を話す地域(ケベック州)も混じっている。そして、カナダ全体はイギリス連邦の加盟国になっています。

    大英帝国領土

    こちらもご参照♥

    縦に長い国って、言葉がバラバラなんですよ♥

    世界で南北方向の緯度20度を持つ国では、言語は分裂しています♥

    アメリカも、ロシアも、実は「分裂」しているんですね♥



     イギリスインドとカナダを抑えたということは歴史上きわめて大きい出来事でした。カナダがイギリスから独立したのは1931年ですが、その前後の時期、カナダもふくめたイギリスの土地は地表面積の27%を占めていました。なんと地球上の4分の1以上をイギリス1ヶ国が占めていたのですこれはとんでもない話でした。

    驚き顔

     ラース・ビハーリー・ボースという人の書いた『インドの叫び』(著者表記はボース・ラスビハリ)に出てくる「アムトリサルの虐殺」についてご説明します。これはインドの歴史においては非常に有名な【無差別殺戮事件】です。1918年に第一次世界大戦が終わり、その翌年に発生した出来事です。…

    印度の叫び

    こちらで読むことができます♥

    近代デジタルライブラリー 『インドの叫び』

     時代は第一次世界大戦後のことです。アジアの民族主義が非常に高まった時期でした。…インドでも激しい民族運動が起こっていますが、ここでは【反英運動】です。

     当時の【日本は反英運動を支えてきました】から、著者のラース・ビハーリー・ボースは日本に亡命しています。

    ラース・ビハーリー・ボース
    ラース・ビハーリー・ボース

     ボースという名前を聞くと、もうひとり、チャンドラ・ボースという名前が思い浮かびます。ラース・ビハーリー・ボースとチャンドラ・ボースはインド独立の同志であり、仲間でもあります。まずふたりの関係についてお話ししておきます。

    チャンドラ・ボース
    チャンドラ・ボース

     ラース・ビハーリー・ボースが日本に亡命してきたのは1914年といいますから、第一次世界大戦が勃発した年です。そのころ、シナの孫文も日本におりましたから孫文とも知り合い、有名な国家主義者・大川周明(おおかわしゅうめい)などとも交流がありました。

    孫文
    孫文

     しかし、日本は当時、イギリスと「日英同盟」を結んでいましたから、来日したラース・ビハーリー・ボースに日本政府はすぐに国外退去を命じています。その窮地を救ったのがアジア主義者の頭山満(とうやまみつる)とか内田良平でした。【アジア独立を助ける日本の運動家たちがラース・ビハーリー・ボースを支え、応援した】のです。

    中村屋インドカリー

     ご存知の方も多いと思いますが、東京の新宿「中村屋」というレストランがあります。カレーライスが有名で、じつをいうと、これもラース・ビハーリー・ボースと関係があるのです。中村屋の主人・相馬愛蔵(そうまあいぞう)がボースを中村屋のアトリエに匿(かくま)ったからです。そのとき、中村屋が出しているカレーライスを見たボースが「インドのカレーはこんなものではない」といって本格的なカレーの誕生に力を貸した。それが中村屋の「純印度式カリー」の始まりなのです。それが評判となったので、このラース・ビハーリー・ボースは「中村屋のボース」と呼ばれることもあります。

    こちらもご参照♥

    中村屋の歴史

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     その後、彼は日本各地を転々としながら、中村屋のお嬢さん・相馬俊子さんと結婚し、日本に帰化しています。

     日本にはインドの独立運動家がかなり亡命してきていました。ボースは彼らに協力して、日本政府や軍部と協力関係を結び始めます。日本は大東亜戦争に突入【イギリスの植民地を含む東南アジア各地に進撃します】わが国はますますインド独立の運動家たちと結びつきを強めるようになりました。

     1942年「インド独立連盟」が生まれ、その総裁にはラース・ビハーリー・ボースが就任しましたが、体調がすぐれないということもあって、総裁の座を譲った相手がチャンドラ・ボース、もうひとりの「ボース」でした。

     ふたりのボースは連携を取り合い、日本政府からの援助も受けながらシンガポールに「自由インド仮政府」をつくります。1943年のことでした。そのとき、チャンドラ・ボースが代表となり、ラース・ビハーリー・ボースが支えるというかたちになりました。昭和18年ですから、自由インド仮政府が誕生したまさにその年、東条英機首相のもとに「大東亜会議」が開催され、チャンドラ・ボースはオブザーバーとして参加しています。

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    演説を行うチャンドラ・ボース

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    大東亜結集国民大会

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    大東亜会議に参加した各国首脳(帝国議事堂前にて記念撮影)。左からバー・モウ、張景恵、汪兆銘、東條英機、ワンワイタヤーコーン、ホセ・ラウレル、スバス・チャンドラ・ボース

    こちらもご参照♥

    インド人は知っていて、日本の学者が知らないこと♥



     自由インド仮政府はその後、ビルマ(現ミャンマー)のラングーン(現ヤンゴン)に拠点を移し、「インド解放」のスローガンを掲げてイギリス軍と戦っていますが、ラース・ビハーリー・ボースは残念ながら、戦争が終わる少し前の1945年6月に亡くなっています。』

    日の丸

    いかがでしょうか?

    大東亜会議における大東亞共同宣言が、以下の通りです。


    大東亞共同宣言(原文)

    抑〻世界各國ガ各其ノ所ヲ得相倚リ相扶ケテ萬邦共榮ノ樂ヲ偕ニスルハ世界平和確立ノ根本要義ナリ
    然ルニ米英ハ自國ノ繁榮ノ爲ニハ他國家他民族ヲ抑壓シ特ニ大東亞ニ對シテハ飽クナキ侵略搾取ヲ行ヒ大東亞隷屬化ノ野望ヲ逞ウシ遂ニハ大東亞ノ安定ヲ根柢ヨリ覆サントセリ大東亞戰爭ノ原因茲ニ存ス
    大東亞各國ハ相提携シテ大東亞戰爭ヲ完遂シ大東亞ヲ米英ノ桎梏ヨリ解放シテ其ノ自存自衞ヲ全ウシ左ノ綱領ニ基キ大東亞ヲ建設シ以テ世界平和ノ確立ニ寄與センコトヲ期ス
    一、大東亞各國ハ協同シテ大東亞ノ安定ヲ確保シ道義ニ基ク共存共榮ノ秩序ヲ建設ス
    一、大東亞各國ハ相互ニ自主獨立ヲ尊重シ互助敦睦ノ實ヲ擧ゲ大東亞ノ親和ヲ確立ス
    一、大東亞各國ハ相互ニ其ノ傳統ヲ尊重シ各民族ノ創造性ヲ伸暢シ大東亞ノ文化ヲ昂揚ス
    一、大東亞各國ハ互惠ノ下緊密ニ提携シ其ノ經濟發展ヲ圖リ大東亞ノ繁榮ヲ增進ス
    一、大東亞各國ハ萬邦トノ交誼ヲ篤ウシ人種的差別ヲ撤廢シ普ク文化ヲ交流シ進ンデ資源ヲ開放シ以テ世界ノ進運ニ貢獻ス


    (現代語)
    世界各国が、民族毎に自分たちの土地を持ちお互いにたすけあってともに国家として発展し、みんなで明るく楽しみをともにするためにはまず世界平和の確立がその根本です

    けれども米英は自国の繁栄のためには、他国や他の民族を無理矢理押さえつけとくに東亜諸国に対しては飽くなき侵略と搾取を行い東亜諸国の人々を奴隷するという野望をむきだしにしついには東亜諸国の安定そのものを覆(くつがえ)そうとしています
    つまり、東亜諸国の戦争の原因はそこにその本質があるのです。

    そこで東亜の各国は、手を取り合って大東亜戦争を戦い抜き、東亜諸国を米英の押さえつけから解放し、その自存自衞をまっとうするために、次の綱領にもとづいて、大東亜を建設して世界の平和の確立に寄与します。

    1 東亜諸国は、協同して東亜の安定を確保し、同義に基づく共存共栄の秩序を建設します。
    2 東亜諸国は、相互に自主独立を尊重し、互いに助け合い、東亜諸国の親睦を確立します。
    3 東亜諸国は、相互にその伝統を尊重し、各民族の創造性を伸ばし、東亜諸国それぞれの文化を高めあいます。
    4 東亜諸国は、互いに緊密に連携することで、それぞれの国家の経済の発展を遂げるとともに、東亜諸国の繁栄を推進します。
    5 東亜諸国は、世界各国との交流を深め、人種差別を撤廃し、互いによく文化を交流し、すすんで資源を解放して、世界の発展に貢献していきます。

    現代語訳はこちらからお借り致しました♥

    ねずさんの ひとりごと

    見事に問題の本質を表現していますね♥

    実は、16世紀~19世紀半ば頃まで、世界経済に占めるインドと支那のウェイト(下表ご参照)は、およそ50%を占めていました。

    それを略奪していったのは、一体誰でしょうか?

    もう一目瞭然ですね♥ 侵略者は、白人キリスト教徒ばかりだったのですから^^

    世界GDPシェア



    そういった白人キリスト教徒による略奪という事実を隠そうとして白人は正しい歴史教育を行っていません

    こちらもご参照♥

    日本にポルトガル人が最初にやってきた理由 ~ トルデシリャス条約

    戦争に引き込まれるということ



    同様に、ふがいなかった支那や朝鮮も、歴史を捏造してまで、自分達のふがいなさを隠していますね♥

    教科書
    画像はこちらから♥

    そもそも、この文章で間違っているところは、日本がファシズムだったと書いている所にあります。

    反安倍を唱える阿呆な輩や共産主義者に、よくみられる傾向ですが、ファシズムと軍国主義を混同し、同じ意味合いで捉える恥さらしが大変多くいらっしゃいます♥

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    徹底した無知っぷりです♥ 思わず笑ってしまいますね^^

    ご存知でしょうか? 「軍国主義は平和主義の反対語」だっていうのは、丸山眞男の口からデマカセだということを。

    丸山眞男
    阿呆の丸山眞男

    「軍国主義」っていう言葉の意味は、軍事を国策上の最優先事項にする体制のことです。

    軍国主義は、むしろ穏健な思想なんです。だからこそ、ほとんどの国が軍国主義を経験していますね。

    考えてみて下さい。軍隊がなかったら、外国から侵略されますね?

    やくざとかマフィアといった犯罪組織やりたい放題されますよね?

    現に中南米では、犯罪組織の武力が国家の武力を上回っているような状況にあります。

    平和な世の中が欲しいなら、軍国主義をやらなければダメ。これが、歴史が教えてくれていることですね♥

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    こちらもご参照♥

    歴史を勉強しないとこうなっちゃう。。。バカモノの子 西穂波の事例

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    では、軍国主義の反対語はなんでしょうか?

    「軍国主義」の反対語、それが、「ファシズム」なんです♥

    まったく正反対の言葉なんですよ♥

    ファシズムというのは、一国一党独裁であって、国家の上にその独裁党が君臨する体制のことを言います。

    ですから、日本には、まったく当てはまりません

    ファシズム国家とは、ナチスのドイツ現代の共産党の支那共産党の旧ソビエト連邦、フセイン時代のバース党のイラク、などを言います。

    スターリン 毛沢東

    そして、すべてのファシズム国家に共通するのが、独裁政党と軍部の対立関係です。

    現代の支那がそうであるように、もともと軍国主義と、一党独裁のファシズムとは、正反対のものですから、しっくりいかないんです♥ 

    独裁政党にとって軍は、常に警戒しなければならない宿敵となっていますね♥

    習近平 (2)

    私たち日本人は、正しい知識を身につけなくてはなりませんね♥

    そのためにも、安倍総理、頑張って下さい♥

    日本を取り戻す

    続きは次回に♥




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    Category: 世界史
    Published on: Thu,  27 2015 00:00
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