日本を「敗戦から革命へ」と導く水先案内人たち

    日本共産党

    和田昭允
    和田 昭允(わだ あきよし、1929年6月28日 - )は生物物理学者。東京大学名誉教授。東京都赤坂生まれ。和田小六・春子の長男木戸孝允の曾孫木戸幸一の甥都留重人の義弟。西園寺公望(西園寺公一の祖父)は母方の大伯父。長男和田昭久 日本電気㈱ シニアエキスパート NECドローン開発者。 次男和田昭英 神戸大学教授。 横浜サイエンスフロンティア高等学校常任スーパーアドバイザー。理化学研究所研究顧問。

    「朝飯会」と「朝日新聞」 ~ 尾崎秀実、牛場友彦、風見章

    以下、こちらより抜粋♥


    近衛の周辺では、ゾルゲ事件の主役・尾崎秀実(おざきほつみ)らを中心とした「昭和研究会」と、その延長戦上に生まれた「朝飯会(あさめしかい)」という組織が活動していた。これらの組織にはゾルゲの手が回りコミンテルンに情報が筒抜けとなっていた。「朝飯会」の主要メンバー、尾崎秀実、当時近衛の秘書でもあった牛場友彦、 「信濃毎日新聞」と緊密な関係をもつ男、風見章(かざみあきら)。風見は第一次近衛内閣の書記官長に就いた経歴があるが、前身は「信毎」で共産党の地下運動を支えたいわくつきの記者。風見が「信毎」でやったことは、マルクスの『共産党宣言』を絶賛する連載記事を掲載し過激な労働争議の支援をしたことに尽きる。元朝日新聞記者の尾崎秀実はもちろんのこと、コミンテルンによる資金援助で支えられていた太平洋問題調査会(IPR)の主要メンバーと、朝日新聞」の関係には根深いものがあったことは周知の事実。しかも、太平洋問題調査会「朝飯会」会員「朝日新聞」の主要メンバーほとんど重なっていた三者にまたがる人物を挙げれば、牛場友彦佐々弘雄(さっさひろお)、笠信太郎(りゅうしんたろう)、西園寺公一(さいおんじきんかず)といった親コミンテルン一派であり、束ねていたのがほかならぬ風見章だった。

    日の丸

    戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。

    そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。

    私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、

    客観的に情勢を判断する必要があります。

    さて、「大東亜戦争では、軍部が独走した」、なんて実しやかな嘘が存在しています。

    未だに多くの方々が、そんな誤った知識を持たれたままなんです。

    いわゆる「陸軍悪玉説」です♥ これは、です。デタラメなんです♥

    私たちの日本は諸外国によって戦争に引き込まれていきました

    そして、そんな諸外国と手を組む「裏切り者」が、日本の中枢に居たんです♥

    彼ら、「赤いユダ」の正体を実名で暴いていこうというのが、本書の狙いです。

    それでは、この書物を見ていきましょう!




    『 木戸幸一が明治の元勲・木戸孝允(きどたかよし)の孫にあたることは言うまでもない。

    木戸孝允
    木戸 孝允 / 桂 小五郎

    木戸幸一
    木戸幸一

     木戸には弟・和田小六(わだころく)がいた。

     和田小六は東京帝国大学教授で航空工学の専門家だったが、十九年十二月に東京工業大学(旧制)学長に就任する。

     祖父・木戸孝允は幼くして桂家の養子に入って桂小五郎を名乗っていたが、その桂の生家和田家が途絶えていたことから小六が和田家を再興して和田小六を名乗ったのである。

     小六という命名は、祖父の小五郎をもじったものと考えられる。

     その和田小六の長女・正子が昭和十四年にアメリカから一時帰国していた少壮の経済学者・都留重人と見合い結婚をして、木戸・和田家と都留家の深い縁(えにし)が結ばれたのだ。

    都留重人
    都留重人

     都留のもう一つの顔は、【ハーバード大学で築き上げた共産主義者としての側面】である。

    驚き顔

    共産主義 ロゴ

    「左翼の巣窟」ハーバード大学に関しては、こちらをご参照♥

    ハーバードの闇

    ハーバードで学んでくるモノ



    欧米学生運動の首謀者はユダヤ人なんです

    東洋人らしい礼節を欠いている朴槿恵(ぼくきんけい)



     都留はハーバードにいるときに、三歳年長のカナダ人学生、【ハーバート・ノーマンと深い親交を結ぶ】ようになった。【ノーマンは宣教師の息子】として、長野県軽井沢で生まれている。』

    ハーバート・ノーマン
    エドガートン・ハーバート・ノーマン (Egerton Herbert Norman, 1909年9月1日 - 1957年4月4日)は、カナダの外交官。日本史の歴史学者。日本生まれ。ソ連のスパイ。在日カナダ人宣教師の子として長野県軽井沢町で生まれる。その後カナダのトロントに移り、父と同じトロント大学ビクトリア・カレッジに入学、この頃より社会主義への傾倒を始める。1933年にケンブリッジ大学トリニティ・カレッジに入学。歴史学を研究し1935年に卒業。その後ハーバード大学に入学し、エドウィン・ライシャワーのもとで日本史を研究しつつ、学友で「社会主義者」を自称した都留重人などと親交を結ぶ他、学友を社会主義活動へ勧誘し続けた。第二次世界大戦後、カナダ外務省からGHQに出向し、1945年(昭和20年)9月27日からの昭和天皇とマッカーサーのGHQ側通訳を担当した。連合国軍占領下の日本の「共産化計画」に携わるかたわら、学者としても、安藤昌益(※1)の思想の再評価につとめ、渡辺一夫(※2)・中野好夫・桑原武夫・加藤周一らと親密に交流した。

    安藤昌益
    ※1 安藤 昌益(あんどう しょうえき、1703年(元禄16年) - 1762年11月29日(宝暦12年10月14日))は、江戸時代中期の医師・思想家・哲学家・無神論者。秋田藩出身。思想的には無神論アナキズムの要素を持ち、農業を中心とした無階級社会を理想とした。社会主義・共産主義・無政府主義にも通じる思想を持った人物。

    渡辺一夫
    ※2 渡辺 一夫(わたなべ かずお、1901年9月25日 - 1975年5月10日)は日本のフランス文学者。大学教授として、大江健三郎ら数々の文学者を育てた。大江健三郎は、高校在学中に渡辺の『フランスルネサンス断章』を読んで感銘を受け、渡辺の下へ進学し学び、渡辺の没後に『現代日本のユマニスト 渡辺一夫を読む』(岩波書店)を著した。息子渡辺格(動物学者)の回想によれば、共産主義を信奉しており、共産主義諸国の独裁制についても「資本主義国からの介入を防ぐためにやむをえない処置」と考え、後年、共産主義国に関する種々の情報を入手してからも、「ソヴィエト・ロシヤの人間化を切に願っている」(「寛容は自らを守るために不寛容に対して不寛容になるべきか」1951年)と述べつつ、共産主義には好意的であり続けた

    共産主義 ロゴ

     『 【二人の共通の話題はマルクス主義】だった。 

    驚き顔

     ノーマンが実兄に宛てた書簡から、都留を紹介した箇所を引いてみよう。

    「ところで、ここにいる、【僕と同じような考え方をしている日本人】について、あなたに話したでしょうか。彼は【僕が今まで会った中で最も進んだ、有能なマルクス主義者の一人】で――【最も知識を備えたマルクス主義者】です」(『ハーバート・ノーマン全集』)



     もう一人、【都留が強い影響を受けた人物にトマス・ビッソン】がいる。

     都留は正子と結婚して再びアメリカへ渡ると、ビッソン一家と家族ぐるみの親しい付き合いに囲まれて過ごしていた。

     【ノーマンとビッソンはともに共産主義者でコミンテルンのスパイ活動をしていたことが戦後のマッカーシー委員会で明白となった】

    驚き顔

     さらに【ビッソンは「ヴェノナ文書」によってコミンテルンの情報活動組織GRU(グルー)での活動も明らかになっている】

    驚き顔

     【GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の組織を通じて日本を「敗戦から革命へ」と導く水先案内人の役割を果たそうとした双璧がノーマンとビッソン】だった。

     すでに…【「朝日新聞」の当時の姿勢を示す証拠としてGHQ内における彼らの活動】に触れた。

    朝日新聞

     【そこに加えるべき日本側のエージェントが都留重人(つるしげと)】なのである。…

    都留重人
    都留重人

     重要なのは彼がなぜ、木戸によってクーリエに選ばれてソ連へ入ったのか、である。
    木戸幸一
    木戸幸一

     だが、都留が運んだ大きなカバンに入っていた文書と、彼が誰に会って何を話したかは明らかにされていない。…

     都留重人と木戸の姻戚同士は、【実に不可解な赤い闇】を抱えたまま終戦を迎える。』

    昭和天皇 (2)

    いかがでしょうか?

    近衛が天皇に訴えたかった【国家の裏切り者】の姿が見えてきましたね♥

    近衛文麿
    近衛文麿

    昭和天皇率いる私たちの日本、そしてルーズベルト率いるアメリカ

    実は、双方の国の中枢部に、ソ連の手先共産主義者が紛れ込んでいたんです♥

    そして、その両者を戦わせた。まったく、無益な戦争だったんです。

    手のひらで踊らされてしまったんです♥

    支那においては、アメリカと組んで日本と共闘した台湾国民党を、最終的には、ソ連が支援する中国共産党が追い出しました。

    そして、今の共産党独裁国家が成立しています。

    そもそも近衛は中国戦線不拡大の政策を推進していました。

    蒋介石と日本軍は日本軍を中国から引き揚げることに合意すらしていたんです。

    こちらをご参照♥ ⇒ もう一人の尾崎♥



    しかし朝日新聞記者出身の共産主義者・尾崎秀実は、日本が日中戦争を拡大させるように仕向けたんです。

    尾崎
    朝日新聞記者だった尾崎秀実

    朝日新聞ロゴ

    朝日新聞記者だった尾崎秀実の逮捕後に関しては、こちらが詳しいです♥



    こちらをご参照♥ ⇒ もう一人の尾崎♥

    こちらをご参照♥ ⇒ 驚天動地だった「尾崎」の逮捕♥

    こちらをご参照♥ ⇒ 【実録】取り調べ時の「尾崎」の様子♥

    こちらをご参照♥ ⇒ 【驚愕】あの「尾崎」が残した手記♥

    こちらをご参照♥ ⇒ 【仰天事実】あの「尾崎」が残した手記からも判明♥

    日本と中国との戦線不拡大がほぼまとまりかけていたその時尾崎らは汪兆銘を首班として日本の傀儡政権を擁立させました。

    その結果、まとまりかけていた和平工作は挫折し、重慶の蒋介石軍と日本軍がまさしく泥沼の戦争に入り込んだのです。

    共産主義者(旧:ソビエト連邦および現:中華人民共和国の母体・中国共産党)が日本と支那(現:台湾の母体・台湾国民党)を戦争へと向かわせたんです。

    驚き顔

    開戦に遡ること5年前(1936年)、二・二六事件が起こります。

    二・二六事件を主導したのは、いわゆる【皇道派】と呼ばれる、反共・反ソを掲げる精神的国家主義の傾向が強かった人々です。

    共産主義者、特にソビエト連邦にとって皇道派は邪魔者以外の何者でもありませんでした。

    なぜなら、皇道派は、ソ連を強く警戒し、蒋介石や米国との軋轢は避けようとする傾向があったからです。

    それに対して【反皇道派(統制派)】南進論支那(現:台湾の母体・台湾国民党)一撃を謳い、英米を敵国と位置づけていました。支那(現:台湾の母体・台湾国民党)をまず叩いて、そして日本のいうことを何でもきくようにしなければならない、さらにソ連に対しての備えはするけれども、決して対ソ戦争はしない、と主張していたんです。

    そして、二・二六事件は鎮圧され、皇道派は事件以後、実権を失い反皇道派(統制派)が主導権を握ったんです。

    この時、私たちの日本の敵が、変わったんです。

    本来、日本が戦わなければならなかった「共産主義」のソビエト連邦や中国共産党から、台湾国民党・イギリス・アメリカへと矛先を変えるように誘導されてしまったんです。

    このとき私たち日本の正面の敵は、イギリスであって、ソビエト連邦(旧:ロシア)だったんです。

    イギリスもソビエト連邦(旧:ロシア)も真っ向から戦うわけではありません

    誰かと誰かを戦わせて、漁夫の利を得るのが常套手段です。

    驚き顔

    つまり、イギリスとソビエト連邦(旧:ロシア)の陣取り合戦で、私たちの日本は、身内である日本人の裏切り者・共産主義者が実権を握ってしまったことでイギリスが陣取り合戦に敗れソビエト連邦(旧:ロシア)が勝ってしまったんです。

    こうして、私たちの日本は、戦争へと引き込まれていったのです。

    こちらもご参照♥

    戦争に引き込まれるということ



    戦時中、国家総動員総力戦を謳ったり徹底抗戦や本土決戦を主張したり、これらの言葉は共産主義者が口々に唱えたものなんです♥

    驚き顔

    なぜでしょうか?

    悩む女の子2

    彼ら共産主義者が目標としたのは「敗戦から革命へ」というコミンテルンのスローガンでした。

    1932(昭和7)年5月に、いわゆる「三二テーゼ」と呼ばれるスローガンが、コミンテルンで採択されました。

    正式名称は、「日本における情勢と日本共産党の任務に関する共産主義インターナショナル執行委員会西欧局のテーゼ」です。

    共産党ロゴ

    もう一度、繰り返しますね♥

    「日本共産党の任務」です。

    それは、次のように高らかと謳っています。

     日本共産党は、国内の階級的力関係と日本における、まさに来たらんとする革命の性質および任務の双方についての正しい、かつ明確なピクチュアをもたねばならない。…

    換言すれば、君主制の転覆地主の収奪、および労働者と農民の独裁の樹立を経ねばならない。…

    現瞬間のための主要な行動スローガンは、次のものでなければならない。

    ●帝国主義戦争反対。帝国主義戦争を内乱に転化せよ

    ●ブルジョア=地主、ミカド、および社寺の土地の農民のための無償没収。地主、金貸し、および銀行に対する農民の一切の負債の取消し

    ●植民地(朝鮮、満州、台湾等)の日本帝国主義のくびきからの解放。

    ソヴィエト連邦および中国革命の防衛 
    」 (『コミンテルン・ドキュメント』Ⅲ、現代思潮社刊)

    驚き顔

    いかがでしょうか?

    最も重要なのは、「戦争反対」を唱えそこから「内乱へ転化せよ」という部分です。

    つまり、口では「戦争反対」と唱えながら、私たち日本の世論を分断し、そしてそこから「内乱へと誘導しなさい」って事なんです。そして、「共産革命」を起こせ、と。これが「三二テーゼ」の主旨です♥

    驚き顔

    これは、現在も継続されています♥

    現代の日本共産党も、同じ考えを持って活動している「テロ政党」です♥

    だから、日本共産党は現在でも公安の監視対象なんです

    先程の「三二テーゼ」でも、良く分かると思いますが、共産主義者の考えている事は、すべて革命思想です。

    つまり、他人の「皮(革)」を剥いで「命」を奪い、その財産を強奪する思想です。

    それでは、ここで、基本的なクイズです。

    (問1)憲法改正に何故あれほど頑なに反対する人たちが存在しているのか?

    (問2)日本が自衛のための国軍を持つことに何故反対する人たちが存在しているのか?

    (問3)彼らは何故、旧ソ連や中国について、一切批判しないのか?

    悩む女の子2

    ヒントは、「三二テーゼ」と呼ばれる「日本共産党の任務」です。

    答えは、憲法改正させないのは共産主義者に都合が良いからですね♥

    だって、国軍を否定する願っても無い憲法ですから。共産革命がやりやすくなるんです。

    自衛隊の行動を縛ったり、自衛隊そのものに反対するのも、共産革命の邪魔になるからです。

    旧ソ連や、特に現在の支那は共産主義者の仲間・共産党仲間ですね♥

    いかがでしょうか?

    そんな革命政党・日本共産党がいまだに存在し、愚鈍な民主党ほとんど同じ主張をしていますね!

    後ろでは繋がっているんですね、きっと♥

    日本共産党

    共産主義者

    正体バレバレ!【SEALDs主催】「戦争法案反対」デモに山本太郎・菅直人・有田芳生・志位和夫・小西裕之・赤旗・維新の党集結!

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    渋谷には「赤い」バカモノがいるw

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    SEALDsとは、【民青、過激派、在日、チンピラの連合軍】のこと

    共産党ロゴ

    SEALDsは、【全労連=共産党系の労組】の街宣車を使っています。つまり、SEALDsは、共産党の下部組織です。また、SEALDsに参加している若者のかなりの部分が共産党の青年組織であることも公の事実です♥デモを仕切っているのが日本共産党系の青年組織「民青」(日本民主青年同盟)であることもバレちゃっています♥

    SEALDs奥田愛基「全労連さんから車を借りたのは事実ですが、たまたま車が空いていたから。」

    「在日4世で参政権がない。でも政治に声を上げたい」「戦争法案許さない」SEALDs声上げ

    SEALDsは就職できなくてふるえる・左翼活動家や共産主義テロリストが就職できないのは事実


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    法政大学の中核派の女テロリスト 洞口朋子(26歳)

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    貴重な画像はこちらからお借り致しました♥

    5寸釘の女、まあ、なんていうことでしょう、ビフォー、アフター。


    続きは次回に♥




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    Category: 国史
    Published on: Sat,  15 2015 00:00
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