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    番組の作り方。 TBSの場合 ~ 激動の昭和 (原作 保阪正康)

    杉山元
    杉山 元 (すぎやま げん/はじめ、1880年(明治13年)1月1日 - 1945年(昭和20年)9月12日)は、大日本帝国陸軍軍人。元帥陸軍大将、陸軍大臣、教育総監、太平洋戦争開戦時の参謀総長。福岡県出身。参謀総長時代に会議(御前会議・大本営政府連絡会議)の内容などを記した克明な記録の写しが戦後『杉山メモ』として公刊され当時の軍・政府上層部の動向を知る貴重な資料となっている
    終戦直後の9月12日朝胸を4発拳銃で撃ち抜き従容と自決した。この自決の報を自宅で聞いた夫人は正装に着替え仏前で青酸カリを飲み短刀で胸を突き刺し自決して夫の後を追った。二人が再会したのは幡ヶ谷葬儀場であったという。

    靖国

    戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。

    そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。

    私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、

    客観的に情勢を判断する必要があります。

    さて、「大東亜戦争では、軍部が独走した」、なんて実しやかな嘘が存在しています。

    未だに多くの方々が、そんな誤った知識を持たれたままなんです。

    いわゆる「陸軍悪玉説」です♥ これは、です。デタラメなんです♥

    私たちの日本は諸外国によって戦争に引き込まれていきました

    そして、そんな諸外国と手を組む「裏切り者」が、日本の中枢に居たんです♥

    彼ら、「赤いユダ」の正体を実名で暴いていこうというのが、本書の狙いです。

    それでは、この書物を見ていきましょう!




    『 天皇は8月末の時点で国難の打開に苦慮し、呻吟(しんぎん)していた。

    昭和天皇

     そこへ…【アメリカの強硬姿勢に直面】し、望みを託していた外交交渉の門戸は閉じられたも同然となった。

    こちらもご参照♥ ⇒ 昭和時代の「デス・ノート」♥



     このような情勢下で「帝国国策遂行要領」が9月3日の連絡会議に諮られ、6日の御前会議で決定される運びとなる。

    近衛文麿
    近衛文麿

     御前会議の前日近衛首相は単身、内奏のため参内している。

    連絡会議での決議内容前もって説明しておく必要を感じたからだ。…

    天皇とのやりとりはおおむね以下のとおりだった。

    「余は参内して議題帝国国策遂行要領を内奏した処、陛下には『之を見ると一に戦争準備を記し二に外交交渉を掲げている。何だか戦争が主で外交が従であるかの如き感じを受ける。この点について明日の会議で統帥部の両総長に質問したいと思うが――』と仰せられた」
     近衛は、やや当惑気味の天皇にこう答えている。

    「一、二の順位は必ずしも軽重(けいちょう)を示すものではなく、政府としてはあくまでも外交交渉を行い交渉がどうしてもまとまらぬ場合に戦争の準備に取り掛かるということでございます

     天皇は公式には「外交第一」を、との思いがあったのだ。そこで近衛は、この場に両総長をお召しになられてはと進言し、杉山元(はじめ)参謀総長と永野修身軍令部総長が急遽、召された。

    杉山元
    杉山元

     杉山参謀総長の記憶をもとにした『杉山メモ(上下巻)』が残されている。…





     天皇と両総長の応答の重要部分を見ておこう。…

    (御上) 南方作戦は予定通り出来ると思うか。予定通り進まぬことがあるだろう。5ヶ月と言うが、そうはいかぬこともあるだろう。

    (杉山) 従来、陸海軍で数回研究しておりますので大体予定通りいくと思います。南方方面だけは3ヶ月位にて片付けるつもりであります。

    (御上) 天候の障碍(しょうがい)はどうするのか。

    (杉山) 障碍は排除してやらねばなりません。

    (御上) 予定通りできると思うか。お前は支那事変勃発当時の陸相なり。その時陸相として『事変は1ヶ月位にて片付く』と申せしことを記憶す。然るに4ヶ年の長きにわたりまだ片付かんではないか。絶対に勝てるか。(大声にて)

    (杉山) 支那は奥地が開けており予定通り作戦し得ざる点がありまして申しわけございません。

    (御上) 支那の奥地が広いというなら、太平洋はなお広いではないか。

    (杉山) 日本としては半年や1年の平和を得ても続いて困難がくるのではいけないのであります20年、50年の平和を求むべきであります

    (御上) あァ、分かった。(大声にて)

    永野修身
    永野修身

     このとき永野軍令部総長は助け船を出して、大阪冬の陣のことその他のことを申し上げたるところ、御上は興味深く御聴取されたるが如し

    (総理) 両総長が申しましたる通り最後まで平和的外交手段を尽くし、已(や)むに已まれぬ時に戦争となることは両総長と私どもは気持ちは全く一つであります。…

     天皇はこうして御前会議の前日「絶対に勝てるか」「分かった」と両総長に対して大声で確認し、納得していた

     極論から言えば、【「座して死を待つか、撃って出て日本の決意を示すか」の選択】だったが天皇は叱るべき点は叱ったうえで「分かった」と応じたのである

     対米交渉を完全に諦めてはいないとはいえ、事ここに至って天皇の意はこの瞬間にほぼ固まっていたとみていいのではないだろうか。

     翌9月6日は御前会議である。』

    御前会議

    いかがでしょうか?

    御前会議・大本営政府連絡会議の内容など、克明な記録として残された『杉山メモ』は、非常に重要な史料です。

    ところが、日本のメディアは、再現する際には、巧妙に手を加えてきました

    驚き顔

    例えば、TBSが製作したデタラメ特別番組、【 シリーズ激動の昭和~あの戦争は何だったのか~日米開戦と東條英機 】有名ですね♥

    TBS.jpg

    (以下はwikiより)

    『シリーズ激動の昭和 あの戦争は何だったのか 日米開戦と東條英機』は、TBS系列で、2008年12月24日の18:55 - 23:32(JST)に放送されたドキュメンタリーとテレビドラマの特別番組。2008年3月10日に放送された『3月10日東京大空襲 語られなかった33枚の真実』に続くTBSの「シリーズ激動の昭和」の第2弾であり、ドキュメンタリー(18:55 - 20:40)とテレビドラマ(20:45 - 23:32)の2部構成で放送された。ドキュメンタリー部分のメイン司会は、前作と同じく筑紫哲也が行う予定であったが、筑紫の死去により代役として安住紳一郎と鳥越俊太郎の両名が司会を務めた

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    革命思想の鳥越についてはこちらから♥ ⇒ 亡き筑紫哲也の意思を継いだ、リベラル電波人士の正体

    制作局 : TBS

    演出 : 鴨下信一

    原作 : 保阪正康

    脚本 : 池端俊策

    プロデューサー : 八木康夫、堤慶太、那須田淳

    (うはw 左翼ばっかりですね♥)

    では、『杉山メモ』(上記)を素直に読んだ後、この革命思想の方々が創作された『フィクション』架空の出来事想像的に描いた物語)である、「シリーズ激動の昭和 あの戦争は何だったのか 日米開戦と東條英機」の該当シーンをご覧ください♥

    こちら♥



    いかがでしょうか?

    もう、お分かりですね♥

    何故か、このドラマでは、あくまでも「天皇は外交交渉を優先せよ」って発言したという風に、改竄(かいざん)されています♥

    無茶苦茶ですね

    原作は保阪正康 になっていますね!

    保阪正康について、ここで最近の話題をお一つ♥

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    保阪正康

    今年3月、宮内庁20年以上もの長い歳月膨大な経費をかけて、「昭和天皇実録」が編纂・刊行されました。



    総ページ数も膨大なのですが、この中には、触れられていない事実が数多く存在しています。

    その一つとして著者は、明治天皇の御製「よもの海」を、昭和天皇が替え歌で詠まれていた事実を伏せている、と言っています。

    そして、その上で、「替え歌の背景を再検証すべき」だと言っています。

    なぜなら、昭和天皇を平和主義者にして、そして軍部に責任を押し付ける左翼・リベラルや似非保守のプロパガンダの根っこに、この御製「よもの海」があるからなんです。

    左翼・リベラルは論外と致しまして、例えば、似非保守の連中「昭和天皇実録」について分析している本があります。

    半藤一利保阪正康らによって書かれた『 「昭和天皇実録」の謎を解く (文春新書) 』という本です。



    徹底的に昭和天皇擁護&軍部批判をしている、まったくデタラメな本です♥

    似非保守である彼らは歴史の見方が歪んでいます

    あるいは、ワザとそのように解釈をし、喧伝しているのかもしれません♥

    こういった嘘を見抜くためにも、今回ご紹介する優れた書物は、非常にお薦めです^^

    因みに、さきほどの似非保守の連中の主張するところは、以下のような感じです。(wikiより抜粋)

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    半藤 一利(はんどう かずとし 1930年5月21日 - )は、日本の作家、随筆家。近現代史、特に昭和史に関し人物論・史論を、対談・座談も含め多く刊行している。原子力発電所については人間の手に負えない危険なものとして懸念してきた。大東亜戦争当時の日本軍部(特に日本陸軍)及び靖国神社におけるA級戦犯の合祀には極めて批判的である。昭和天皇については、当時の軍部による暴走を押し留めようとしたことを肯定的に評価しているが、昭和天皇の戦争責任についても否定していない。近年は護憲派としての活動を積極的に行っており「憲法9条を守るのではなく育てる」のが持論である。

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    保阪 正康(ほさか まさやす、1939年12月14日 - )は、日本のノンフィクション作家・評論家・日本近現代史研究者。「昭和史を語り継ぐ会」主宰。著書『東條英機と天皇の時代』『陸軍省軍務局と日米開戦』『忘却された視点』『安楽死と尊厳死』『愛する家族を喪うとき』『日本の医療』『オモテの議論ウラの議論』など多数。しかし当事者の証言に偏重する研究姿勢には実証的立場からの批判も多い。また第二次世界大戦当時の軍部については極めて批判的であり、このことにあわせ、「大東亜戦争は自衛の戦争」と主張する靖国神社にも否定的である。そのため総理大臣の靖国神社参拝にも極めて批判的であり、一般人の靖国神社参拝についても「個人の自由」としながらも、「靖国神社に参拝することは靖国神社の主張を受け入れるということだ」と批判的である。学生時60年安保に反対する学生運動に参加するなど、左翼系の学生であった。しかし、仲間と共に鉄道のストライキを呼びかけた際に鉄道職員から「学生は帰れ!」と野次を飛ばされ、「何か違う」と学生運動に疑問を持ったという。

    あらら、まったく保守ではありませんね♥

    思想がグチャグチャですね~

    こんな作家が書く本は、一切読まなくても構わないでしょう^^
     
    続きは次回に♥




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    Category: 国史
    Published on: Tue,  04 2015 00:11
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