日本の天皇 VS 中国の皇帝

いつきのみこ
斎王(いつきのみこ)は、伊勢神宮または賀茂神社に巫女として奉仕した未婚の内親王(親王宣下を受けた天皇の皇女)または女王(親王宣下を受けていない天皇の皇女、あるいは親王の王女)のこと。


戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。

そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。

私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、

客観的に情勢を判断する必要があります。

知っているようで、実はキチンと知らない私たち日本の「国史」。

私たち日本人の祖先が、どのようにして歴史を紡いできたのでしょう。

それでは、この書物を見ていきましょう!




『 日本の天皇【絶対的な権力をふるう中国の皇帝とは違っていました】。大和朝廷から続く豪族たちの力のバランスの上に立って政治を行っていました。【豪族たちに立場を与え力をふるわせることが天皇の政治の力】になったのです。

驚き顔

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国民一人ひとりの幸せを祈ってくれる存在



 かつての中央豪族たちは、このころになると朝廷の役所で高い地位につき、【貴族】と呼ばれるようになっていました。このような【貴族たちの総意によって政治は行われていきました】天皇は政治権力をもつというよりも、このような形で行われる【政治の精神的権威】になっていったのです。

 この体制今日まで続いていることがわかります。これが【日本という国家の形】なのです。

驚き顔

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日本には、独裁者が現れないワケ



伊勢神宮

 天武天皇天照大神を祭った【伊勢神宮】を再建されます。日本という国の成り立ちを強く意識されていたのでしょう。

いつきのみこ

 皇女が斎王(いつきのみこ)となり伊勢神宮に奉仕されるようになりました。二十年ごとに新宮に神霊を移す伊勢神宮の『式年遷宮』は有名ですが、これがはじまったのもこの時代です。

Emperor_Tenmu.jpg
天武天皇

 伊勢神宮だけではありません。天武天皇諸国の神社を修理させ、各地の祭りを行事として行わせるようにもされました。【お正月を祝うのも3月3日や5月5日の節句行事】もこのころにはじまりました

驚き顔

このように見てくると、天武天皇の時代に出来上がった日本の体制がいまに受け継がれ、私たち日本人の生活習慣の隅々に生きていることを感じずにはいられません。』

TenmuJitoTomb.jpg
天武天皇陵(奈良・明日香村)

日の丸

いかがでしょうか?

私たち日本人の今に至る生活習慣は、天武天皇の時代にまで遡ることができますね♥ 

しかも、脈々と続く「万世一系」の、私たちと同じ日本人である天皇が存在し続けています。

私たちの日本は、大東亜戦争による敗戦後も、基本的な日本の形、『国体』は何も変わらなかったんです。

昔からのそのまま、現在も維持されているんです♥

昔も今も、世界に冠たる大国、そして世界最大のお金持ちの国、それが私たち日本人の国『日本』の正確な姿なんです♥

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国の借金1000兆円♥



一方、大陸にある世界最大の発展途上国は、どうでしょう?

中国の歴史は、いくつもの王朝が交代する歴史です。でも、それら王朝と王朝との間には、「連続性」がありませんね♥

ハッキリ言って、断絶しちゃってます♥ 単純に、王朝の名前だけが変わったんではなくて、漢族から鮮卑(せんぴ)へ、モンゴル族へ、満州族へ、という風に、支配者、つまり皇帝の民族が交代する歴史なんです。

そこには戦乱があります。他民族に侵略され、追われて移動し、故郷を失い消滅し、あるいは新たな故郷を求める・・・・

こういったことが、何度も何度も繰り返されて現在に至っているんです。

世界の国々は、ほとんどすべて、こんな風に成り立ってきました。私たち日本人の『日本』のような「連続聖」がなく「断絶」を経験しているんです。

日本って、素晴らしいですね♥
 
続きは次回に♥




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Category: 国史
Published on: Sun,  05 2015 00:14
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